喫茶店のマスター黒羽の企業秘密3

天音たかし

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第36話 第9章 遅すぎた再会⑤

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「ごめんなさいね。みっともないところを見せちゃって」
 梅子は、涙を拭うと恥ずかしそうに笑った。
「いえ、とんでもございません」
「あなたには、お礼を言わないといけない。どうもありがとう。おかげで、夫の最後の想いを知ることができました」
 梅子は、一度言葉を切り、遠い目で天井を見た。
「昔のことなんですけどね。夫はチャンプルー料理が大好きだって、言ったんですよ。どうして、他に美味しい料理はあるでしょうって聞くと、首を振って肩をすくめたんです。
 分かってねえな。チャンプルー料理は、ただうめえだけじゃねえよ。色んな食材を混ぜ合わせて、味を作るだろう。これって何だか、人間が目指すべき理想に感じねえか。助け合って、一つのことを成すのは素晴らしいもんだ。でも、現実は難しい。人は争ってばかりで、助け合えないことって多いだろう。スゲーよな、チャンプルー料理は、人ができねえことをあっさり実現しやがる。沢山の食材が喧嘩をせずに、美味い料理になってる。これって、平和な味っていえねえかって。
 何を馬鹿なことをって思うんですけどね、何だかこの料理を食べると、その言葉が染みてくるんです」
 黒羽は、深く頷いた。
「僕にも分かる気がします。山城さんはきっと、平和への想いと梅子さんへの想いを込めたんだと思います。
 様々な国の食材と料理の技法を駆使することで、喧嘩しないでこの料理みたいに仲良くなれよって言ってるような気がしますよ。それに、そう」
 俺ぇは、沢山の経験を得て、料理の腕前がこんなに上がったぜ。どうだ、すげぇだろ。
 そんな言葉をいう山城の顔が、黒羽には見える気がした。
「ええ、黒羽さん。続きの言葉は言わずとも分かります。あの人は、子供っぽいところがありますからね。昔からなんですよ。旅から帰ってくると、新しい調理法を覚えたぜ、どうだすげぇかって。もう、五歳児みたいな顔でいうもんだから、おかしくって」
 梅子は、姿勢を正し、黒羽の目を正面から見つめた。
「それで、黒羽さん。お願いがあります。夫が亡くなった場所まで、私を連れて行ってはもらえませんか」
(やっぱりそうなるよな)
 黒羽は、咳払いをした。
「……その、信じられないかもしれませんが……」
「ええ」
「旦那さんは、異世界でお亡くなりになりました」
「いせかい?」
 大いに戸惑う梅子に、黒羽はなんと言葉をかけて良いのか分からなくなってしまった。
「どういうことでしょう」
「言葉では、ちょっと上手く説明できませんね。そうですね……お時間がある時に、喫茶店アナザーという店にお越しください。
 僕が経営している店で、琉花町にあります。そこに来てくだされば、分かると思います」
「? あなたのお店に行けば分かるんですね。でしたら、今すぐ行きましょう。今日はお店を休みますので」
「そうですか。では、車で来ているので乗ってください」
 黒羽は立ち上がると、外で待っていると言い残して店を出た。
 ――さあ、どうなることやら。
 異世界の存在を伝えているのは、親しい一部の人間だけ。恐れにも似た緊張感を胸に抱きながらも、黒羽は空を見上げ目を細めた。
 ※
 電灯が照らす地下室で、梅子は不安そうに周りを見渡した。
「店の地下に、こんな空間があるなんて、ビックリ」
「ちょっと不気味ですよね。えっと、梅子さん。驚くのは、これからなんです」
「フー、はい。覚悟はできています」
 梅子の目を見て、黒羽は頷くと、青い鍵を取り出し、大きな扉の鍵穴に差し込んだ。
 ――ガチャリ、ギイ。
 地下室に開錠する音が響き、扉はゆっくりと開いていく。
 梅子は、「アッ!}と驚きの声を上げる。
 扉の先は、青々と生い茂った草原が広がる世界だ。梅子は、地下室では考えられない光景に、呆然と立ちすくむ。
「黒羽さん、ここは?」
「ここは異世界トゥルー。僕達の世界とは異なる世界です。映画やアニメみたいに、魔法を当たり前に使う人々がいます」
「……そんな御伽噺みたいな世界が、この目の前にある世界なんでしょうか」
「はい。信じられないのは、無理もありません。ただ、山城さんはこの世界にあるウトバルク王国にて命を落としました」
 梅子は、戸惑いを感じた顔で目の前の世界をまじまじと見た。
「……わかりました。夫が亡くなった場所まで案内してください」
 戸惑いよりも、夫が亡くなった場所に行きたい、その想いが強かったのだろう。
 彼女は率先して扉をくぐった。
 ※
「なんて広い町」
「はぐれないように注意してください」
 黒羽は梅子を、ウトバルク王国へと案内した。
 高床式の建物が並ぶ景色、風に運ばれ来る町のニオイ。それらの情報は、自分が住む世界との違いを浮き彫りにする。
「こっちです」
 商店が立ち並ぶ大通りを、人波をかき分けるように進むと、大きな階段が見えてくる。
「なんて大きな階段」
「この町は第一階層から第四階層で構成されています。ここは第三階層で、階段を昇ると第二階層に続いてます」
「まあ、移動が大変そう」
「ですね」
 黒羽は後ろを振り返り微笑んだ。
「目的地はあと少しで到着します。……疲れたんじゃありませんか? ちょっと休憩してからでも」
「黒羽さん。お心遣い感謝します。でも、大丈夫。夫がどこで亡くなったか教えてください」
 黒羽は、硬い表情で頷いた。胸の鼓動は、濁流の如く早く高鳴っている。ここに来ることは、梅子が望んだことだ。だが、傷つけてしまうだけでは、と思うと汗が溢れて服を濡らした。
「梅子さん。ここです」
 階段を上り、辿り着いた場所は、第二階層へと通じる門の前だ。戦いの傷跡は地面にくっきりと残っている。……山城の血もその中には含まれている。
「ここで山城さんは、この国の女王であるソフィア陛下を守ってお亡くなりになりました」
 梅子は、血の跡に指で触れると、そのままへたり込んでしまった。
「女王のことを、娘さんのように思っていたようです」
「……そうですか。私達、夫婦には子供はいません。若い頃はよく女の子が良いって、話し合ってましたけど、仕方のない人」
 梅子は呆然と地面を眺めた。
 黒羽は、心を整理する時間が必要だろう、と少し離れた位置で待つことにした。すると、
「黒羽様」
 聞き覚えのある声が、真後ろから聞こえた。
「ん? あ、なぜこんなところに」
 見れば、ソフィアがキースと共に階段を昇ってきていた。
「町の様子を確認していたのですわ。やはり、まだ普段通りとはいかないようで困りました。
 アラ? そちらの女性は?」
 ソフィアの視線に気付いた梅子は、気持ちを奮い立たせるようにゆっくりと立ち上がった。ジッと、ソフィアの瞳を見てから、言葉を発する。
「あなたは?」
「ワタクシは、ソフィア・アリスィース・ウト・バルク。この国の女王をしています」
 梅子は、息を呑む。
「あなたが、誠が守った女王様」
「誠? なぜその名を。……もしやあなたは」
「私は山城梅子と言います。山城誠の妻です」
 ソフィアは、アッとした顔で顔を覆った。
「あ、あなたが。……キース、黒羽様。申し訳ございませんが、二人っきりにしてくれませんか」
 黒羽は梅子を見た。彼女は頷くと、ソフィアの近くまで歩いて行った。
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