金盞花の光

鳥崎蒼生

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沢村静佳

訪れる

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半信半疑だった。
ネットで騒がれていたり、実際に行ってみたりした動画が公開されたりしていたが、どれも嘘くさく、静佳はただその特集を見ては、くだらないと思っていた。
本当になくした物を取り戻せるなら、苦労しないのにと思いながらも、心のどこかでは、もし本当にそんな場所があるならば、行ってみたいとも思っていた。
そこに至るには条件があるという。
大切なものをなくした人でないと行けない。これは必須条件らしい。
だが、他の条件は全く不明で、どのみち、謎ばかりでそこへたどり着けるかは、運なのかもしれない。
そんな場所に、静佳は今、立っている。
森の奥の小さなカフェ。
きっかけは、些細なことで、家からその場所が近かったことと、なんとなくドライブがてら行ってみようかなと思っただけで、たどり着けるとは、思ってもみなかったが、目の前にはカフェが建っている。
昼なのに薄暗い森の中に、突然現れたその建物は、いろいろな植物に囲まれ、良い香りのする中に小さな明かりが見え隠れするような、そんな佇まいだ。
まるで狐にでも化かされている気分になる。
後ろを振り向くと、今まで歩いてきた道は霧に覆われ、見ることが出来ない。
しかし、カフェへと続くであろう石畳の道だけは、はっきりと見えている。
静佳は一歩、その石畳に足を踏み出す。
しっかりとした石の感覚が足の裏に伝わってくる。
均等な間隔で並べられたその石畳をたどって、建物のすぐ前までたどり着く。
「cafe GINGKGO」
店先に小さな木の看板らしき物がぶら下がっている。
ギンコウ・・・と読むのだろうか。このカフェの名前だろうか?
銀行?銀鉱?どういう意味かは分からない。
ガラス窓はあるが、中の様子は分からず、何だか不気味だ。
本当にカフェなのかと疑いたくなるようなその建物に入るかどうか迷ったが、来た道は霧で隠れて見えなくなってしまっている。
引き返すのも危険な状況に、仕方なく、その建物の入り口らしき扉を開けた。
「わぁ」
中は思ったよりも広く、明るい。しかも清潔感のある現代風の白い壁紙の作り。
その中に沢山の植物が彩りを加えている。
今まで行ったどのカフェよりも素敵だった。
改めて周りを見渡すと、お客は誰もおらず、コポコポという音と、良い香りが漂っているだけで、他に気配はない。
(入っていいのかしら)
と思いながらも中に数歩進んだとき、背後から急に
「いらっしゃいませ。沢村静佳様」
と声をかけられ、心臓が止まるほどビックリして、勢いよく振り向いた。
そこには、またこのカフェには不釣り合いなような、着物を着た女性が、エプロンを着けた姿でお辞儀をしている。
(・・・・ここの従業員だろうか?)
あまりにビックリしすぎて声が出なかった。
「こちらのお席へどうぞ。すぐに主が参ります。」
そう言ってその女性に案内されたのは、カフェの真ん中辺りの窓際の席だった。
外からはカフェの様子が見えなかったが、ここからは外の様子が、はっきりと見える。
しかし、外からみた時はこんな大きな窓あったっけ?と疑問に思うほど、大きな1枚ガラスの窓だった。
もしかしたら、見えた窓とは違う物かもしれないと思いつつ、言われるままに席に着く。
(あれ?あの人、私の名前、呼ばなかったっけ?)
心臓の鼓動も落ち着いた頃、あの女性が、最初に自分の名前を呼んだような気がしたが、ビックリしたせいでよく聞こえていなかった。
案内された席には、メニュー表らしきものはなく、一本の花がさしてある。
1つの茎から沢山の小さな花が分かれて咲いている。
花には詳しくないので、それが何の花かは分からないが、テーブルによって置かれている花は違うようだ。
「その花はカランコエ、別名、琉球弁慶と申します。」
またしても突然話しかけられ、前をむくと、いつ座ったのか、濃い紫色の着物をまとった上品な女性が妖艶な笑みを浮かべている。
髪は漆黒で、綺麗なストレートヘアの女性はまるで、二次元の世界から飛び出てきたような、完璧な容姿を携えている。
「改めまして、いらっしゃいませ。沢村静佳様。私はここの店主の桔梗と申します。」
深々と頭をさげるが、その姿さえ美しい。
「あの、なぜ私の名前を?」
先ほどの女性もやはり自分の名前を知っていたのだと確信した。
「ここは、限られた方しか扉を開くことは出来ません。つまり、沢村様はこの建物に選ばれたお方。その方の名前さえ知らないのは、失礼というもの。」
突っ込み所は満載だが、まず、何の応えにもなっていない。
「やはりここは、都市伝説のカフェなんですね・・・」
「都市伝説とはまた、可笑しな。ここは存在しますが、選ばれなければ見えないだけです。人間は、見たい物しか見ない生き物ですから。」
ふふふっと笑う桔梗の言葉は、丁寧だが意味は不明で理解も追いつかない。
「でも、皆ここへ来たいと騒いでいますよ。そういう人はここが見たいのでは?」
「ここは本当に見たいと思う人だけ、見える・・・とでも申しましょうか。見たいの意味が違うのでございます。」
見たいの意味?またも理解出来ない。
「沢村様、僭越ではございますが、こちらでお飲み物をご用意させて頂きました。」
桔梗がそういうと、先ほどの女性が盆にカップを載せてテーブルの上に置いていく。
(ここに入ったときの良い香りはこの香りだったのか)
色は薄い黄緑色の飲み物は、ハーブティーの類いなのか、今までに嗅いだことのない香りがする。
なんだかほっとするような、それでいて頭がさえるような不思議な香り。
「そちらは当店のオリジナルブレンドでございます。体に害はありませんので、ご心配なく。」
桔梗がじっとこちらを見ているので、飲まないのは失礼かと思い、湯気の上がるその飲み物を一口、口に含んだ。
「甘い・・・」
香りや色からは想像できないほど、甘い味が口に広がるが、嫌な甘さでも、しつこい感じでもない。
「で、沢村様は何をなくされたのですか?」
唐突に桔梗は質問を投げかけてきた。
「なくした物・・・とは?」
「それを聞いているのです。」
・・・・・・・・・・・・・・
一瞬、沈黙が流れる。
なくした物?最近、何かなくしただろうか・・・・
お気に入りの傘か?それともいつの間にかなくなっていたキーホルダーか?
「いいえ、その物ではありません。者です。亡くした者」
私の考えていることを見透かしているかのように、桔梗が答える。ギョッとしながら、今し方桔梗が行った言葉の意味を考える。
「漢字が間違っているのです。正しくは沢村様の大事な亡くし者です。」
そう言いながら、どこからともなく出した紙に、漢字を書いた。
静佳はやっと理解した。失った物ではなく、亡くした者だったのか・・・
亡くし者・・・・最近亡くした者はいない。私の大事な亡くし者があれの事を言っているのなら・・・
「それはどなたですか?」
(大事・・・なのだろうか。私にとって、あの人は、大事な人だったのか?)
静佳は沈黙したまま、頭の中で自分と会話していた。
しかし、身近で自分に影響を及ぼした人はあの人しかいない。
しかし亡くなったのは、もう十年以上も前の話だ。
「時間など、何の意味もありません。沢村様が今、その方に会える準備が出来ただけのこと。だからこそ、あなたはここへ導かれ、ここにお座りになっているのですから。記憶や思い出に時間の概念はございませんでしょう。思い出せば、その情景をその時のまま、思い出せるのですから。」
また見透かされた・・・・
「もしかして、母でしょうか?私の亡くした者って。」
「沢村様、あなたはお母様に聞きたいこと、言いたいことがあるのではありませんか?」
・・・聞きたいこと、言いたい事・・・・
確かに、ある。
ずっと胸の中に澱のように溜ったままの思いが。
伝えられず、聞く事も出来なかった思いが。
でも、大事な人かと言われると、それを否定したい自分もいる。
「なぜ、認められないのでしょう。それは、沢村様が伝えられない事や、聞きたい事がお母様に伝えられないから、そういう思いになってしまっているのではありませんか?」
「そうかも、しれません。」
桔梗は突然立ち上がると、静佳に背を向ける。
「では、参りましょう。沢村様の亡くし者を探しに・・・」
桔梗が振り向き、口角を目一杯あげた表情をみた瞬間、静佳はそこに昏倒した。

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