黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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神様はいじわる?

第1章 7話

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領主様が胡家を去ってすぐ、家職が再び私を呼びに来た。
通されたのは、またも客間だったが、座る位置は変わっていた。
上座には父と義母が座り、義母の隣には弟の文葉ブンヨウが座っている。
私はといえば、両親の前に跪かされ、その口が開かれるのを待っている。
「領主様と長い間話していたようだが、何を話していた?」
父が口火を切った。
「変わったことは特に何も・・・特技や趣味について聞かれました。」
私は目を伏せたまま、嘘を答える。あらかじめ領主様から言われていた。きっと両親はこの後質問してくるだろうと。
その為の答えも領主様が用意してくれた物だ。
「まさか、普段の様子を話したりはしてはいないでしょうね?」
義母の睨むような視線を感じるが、話されると困る事を認識しているのだなと改めて思う。
「いいえ、話してはおりません。病弱なので特技などはなく、趣味は本を読むことぐらいだと、申し上げました。」
「言えない特技は沢山あるのに、惜しい事ね。領主様が使用人を探しているという話であれば、即、ここを追い出してやれた物を。」
そう言ってクスクス笑う義母を、珍しく父が窘める。
春燕シュンエン、よさないか。もし、領主様に気に入って頂ければ、胡家も貴族とのつながりがもっと持てるではないか。そうなれば、商売しやすくなる。」
父は私をかばったわけではなく、結局はお金になると考えたから、義母を窘めただけだ。
「でも、あの方は本当に領主様だったの?大体、そんな大物が親戚筋ごときの縁談をまとめに、ここに来ること自体、おかしな話だわ。」
悪知恵が働くだけあって鋭いが、ここに来た言い訳は苦しいとしても、れっきとした領主様なのは間違いない。
領主様の名で、もし他人がこんなことをすれば即処刑されるだろう。しかも、あの髪色は隠せない。日に当たる領主様の髪が朱色に輝いていたことに、気が付かなかったのか?例え1000歩譲って、偽物だとしても何の被害も出ていない。
まぁそんなことも分からない馬鹿親に、何も期待は出来ない。
「あなた・・・こんな子が領主様の目にとまるなんて、そもそもあり得ないわ。本物だったら、恥をかいたも同然よ。だいたい、領主様がいきなり来るなんて・・・こちらにも都合という物があるでしょう。時間があれば、桜綾オウリンの身代わりくらい用意出来たでしょうに。」
ひどい言い草だ。散々こき使っておいて、こんな状態にしたのは他でもないあんた達ではないか。
「姉さんばっかり領主様と話してずるい。僕も話したかったのに!」
文葉はふくれ面で、文句を言っている。もう成人を迎えようかという歳なのに、まだ子供っぽいところがある。
この国では16歳で男子は元服、つまり成人と見なされる。女性は15歳から嫁に行く事が出来るが、私の記憶にある古代中国という国とは違い、恋愛して結婚することが普通だ。だから20過ぎて結婚することもざらにある。だが、中には家同士で結ぶ結婚もあり、所謂、政略結婚だ。弟は後者で、成人したら1つ下の許嫁と婚姻することになっている。
私の母と父も政略結婚だった。許嫁として幼い頃から結婚を決められ、琳家リンけが出世したことで、この家は更に大きくなった。

文葉が後2,3年で夫として、跡継ぎとして成長するかは分からないが、このままでは相手が苦労しそうだ。
しかし、胡家には膨大な資産がある。金目当てであれば、こんな感じの方が扱いやすいか・・・
「文葉、仕方なかったのよ。ごめんなさいね。本物だったら次来られたときは、母様がちゃんと紹介してあげるから。」
私にはきつい義母も、自分の子になると甘い。悪態をつきたくなるほどの甘ったるい声が耳障りだ。
「桜綾、それで領主様はお前を気に入ったのか?そんな話はしなかったのか?」
父にとって今は文葉の話など、どうでも良いらしい。義母が文葉をなだめる横で、私と領主様との会話の方が重要と判断したのだろう。この様子だと、父は本物だと思っている様だ。
「そのような話は何も。他の方も吟味された後で、後日、連絡があるそうです。」
父は少し肩を落したようだったが、義母はそれ見たことかと、ここぞとばかりに私をこき下ろす。
「ほらね。即決されないあたり、この娘に価値がない証拠。もしくは偽物ね。本物なら残念ながら候補にすらなれなかったというところかしら。きっと届くのは断りの手紙でしょうね。所詮は没落するような家の娘が産んだ子よ。恨むならお前の母を恨めば良い。」
膝に当てた私の拳にギュッと力が入る。歯がギシッと言う程かみしめる。

「母が母なら子も子。結局は何の役にも立たない。お前のような子を残して、さっさとあの世へ言ったのだから。だいたいお前の母親が胡家に嫁いだ事自体、間違っていたのだ。お前の母さえいなければ、私が惨めな思いもしなくて・・・」
ブチっと私の心の中で何かが切れる音がする。と同時に声を発していた。
「今・・・・何かおっしゃいましたか?。私の母を馬鹿に・・・したのですか?」
跪いた状態から一気に立ち上がり、義母の目の前まで顔を近づける。
怒りで震える拳を押さえつけて、その手が義母に伸びない様に必死に耐える。
「な、なに・・・よ?本当のことを言っただけでしょう。この私に、近づかないで!」
私の肩をドンッとついて自分から引き離そうとする。
しかし私はびくともしない。いかに細かろうと、日頃の重労働で鍛えた足腰はそんなもんじゃ動かない。
「もういっぺん言ってみろ・・・・・私の母がなんだって?」
「桜綾(オウリン)、止めないか!」
「姉さん、母上から離れろ!」
立ち上がった父や弟の止める声は耳に入ってはいるが、止める気はない。
「うるさい!黙れ!私は今、この義母様と話してるんだよ!お前らはすっこんどけ!」
私の豹変ぶりに、周りも固まってしまっている。
私自身もこんな汚い言葉を家族に向けて言い放っていることに驚いてはいるが、もう止まらない。
「私をいたぶろうと、罵ろうと好きにすればいい。でも、死んだ人間は、お前らに文句すら言えないんだよ。それを良いことに、好きな事言っていいもんじゃないだろ?仮にも名家の論家ロンけから嫁いできたんだろ?品だの価値だの言うが、義母様にどれだけの価値があるんだろうね?」
勢い余って義母の胸ぐらを掴もうとした寸前で、私の頬に拳が飛んだ。
痛みは感じないが、体は吹っ飛んだ。
一瞬、何が起ったのか分からなかったが、父が見かねて私を殴ったのだ。伸ばされた拳はまだ震えている。
それを見た瞬間、周りの者達が私を取り押さえる。
「離せ!」
抵抗してみるものの、男4人に掴まれては身動きすら取れない。
「なぜ、お前ごときに私が怒鳴られなければならない!お前ごときが、私に近寄るなど・・・・!!!」
義母は顔を真っ赤にして、握りしめた拳を振るわせている。
弟は何も出来ず、ただオロオロするばかり。
「桜綾!母親に向かってなんて言い草をする。それでも胡家の娘か!」
胡家の娘?そんなもん、とうに忘れていたくせに、この父という生き物は、都合の良いときだけその言葉を使うのか。しかもその娘を、平手ではなく拳で殴った事は忘れているのだろう。
本当に娘だと思っているなら、顔に傷や痣が出来るようなことは避けるはずだ。
「こやつを死なない程度まで痛めつけなさい!桜綾、覚悟するが良い。私を怒らせたことをな!」
義母はそう言いつけると、椅子に深く座り直す。弟を小脇に抱え、義母に逆らえない父もそれを黙認する。
領主様が迎えに来るまで、生きていられるかな・・・・
そう思いながらも、母を侮辱される事だけは許せなかった。私ですら知らない母の事を他人の解釈で語られたくない。
男4人がかりで私はもみくちゃに殴られ、蹴られ・・・頭を守る事が精一杯で、後はされるがままだ。
暴行を加えている4人の顔には何の表情もない。言われたままに仕事をしているだけという感じだ。
「謝れば、手を抜いてやらんこともない。」
義母はそう私に笑いかけるが、謝る気はない。
「お前は、母親に良く似ておる。頑固で、融通の利かないところが・・・な。あのような女子がここに嫁げたのは、実家の力があったからこそ。それも無くなれば、何の価値もない。今のお前と何も変わらぬ。」
まだ悪態をつく義母に言い返してやりたいが、口からは血が吐き出るだけだった。
その代わりに、義母や父を睨見つける。
それだけは止めなかった。
そのうち、意識がなくなって水をかけられても、目が覚めなくなったとき、私に平安が訪れた。
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