黄仁の花灯り

療養

第1章 2－1話

次に目を覚ましたとき、私は馬車の中にいた。
あれから、医者が戻ってきて、骨を３本も接ぎその痛みで気絶してしまったらしい。
ゴトゴト揺れる馬車は、今の体にはきつく正直、痛い。
痛みで目が覚めたようなものだ。
馬車はほんのりと明るいという事は、もう夕方か、はたまた夜か。
目が覚めた私に気がついたのは、領主様だ。
少しずつ意識がはっきりし始めると、今自分がどんな恰好でここに乗っているかに気が付いた。
なんと、領主様が私を膝に抱え、肩に私の首がのけられ、胸と胸がくっつくような形で抱っこされている。
どういう状況でこうなったのかは分からないが、とにかく、これはいけない気がする。
どうにかしようと動いたので、領主様が私の目が覚めたことに気が付いたのだ。
「桜綾オウリン、目が覚めたかい？もう少しかかるから、眠ってて良いよ。」
耳元でささやかれる形になって、痛いのだけれど、恥ずかしい気持ちで一杯になるが、痛みがひどくて動くことも出来ない。
「気にしなくていい。馬車は揺れるから傷に響く。揺れが少しでも響かない為にこうしているだけだから。本当は傷がある程度治ってから連れて行くのが最良だが、あの家に置いておく事は出来ない。それに都に着けば、良い医者も薬もあるからね。」
どうやら私を下ろす気はないらしい。黄泰から黄有の都までは、約５０里。ここでは１里が約５㎞だから２５０㎞位を移動する。馬車の速度は１日20㎞程度で進むので、13，14日はかかる道のりだ。
私は自分がどれくらい眠っていたのか分からない上、まだ話せないので、ここがどの辺りかは分からない。
しかし、本当に都に向かっているのだと思うと、少しほっとしていた。
しばらくして、私はまた眠りに落ち、目が覚めたのは、馬車が止まってからだ。
「宇航ユーハン様！桜綾、目が覚めましたか？」
顔は見えないが、鈴明リンメイの声だ。鈴明も一緒に来ていたのだと、その時に気が付いた。別の馬車に乗っていたのだろう。
「あぁ、目が開いているから、起きているみたいだ。もう宿に着いたのかい？」
私をそっと抱き起こして、目を確認してからまた首を肩に戻す。
「はい。桜綾も体を伸ばした方がいいでしょうし、薬も飲ませなくては。」
そう鈴明に言われた領主様は、私を抱きかかえたまま立ち上がる。
なるべく私に動きが響かないようにそっと体を動かし、馬車を降りる。外は暗い。
宿の周りだけ提灯が付いており、何軒かの宿屋が立ち並んでいるらしき道は、少なからず人の気配がした。
抱えられたまま宿の部屋へ入ると、寝台に寝かされ領主様は去って行った。
その代わり、鈴明と夏月が部屋へ入ってきて、何やら準備を始めていた。
「桜綾、大丈夫？痛い？」
鈴明が心配そうに目を見つめてくる。声を出そうとしてみたが、やはり声が出ない。
「もう少し顔の腫れが引いたら、話せるようになると思うよ。だからそれまでは、瞬きで返事してね。」
そう言われたので、瞬きを１回して答えた。
一体自分はどうなっているのだろう・・・目は前よりも開くようになったが、あまり体を動かせないせいで、状態を詳しく知ることが出来ない。
「これからね、薬を張り替えるから、痛いと思うけど我慢してね。なるべく痛くないようにそっとするからね。」
そう言って鈴明は私の衣をほどく。殴る蹴るされたが、そこに薬を塗るだけで、そんなに痛いのか疑問に思っていたが、実は蹴られた部分が裂け、傷になっている部分が数カ所あった。それが化膿しないために、定期的に薬を張り替えなければならない状態だったのだ。
でも、それを知らない私は、不思議に思いながらも、二人の行動を見ている事しか出来ない。
濡れた手巾が脇腹辺りに当てられ、
「行くよ？」
という鈴明の言葉の後、激痛が走った。思わず顔をしかめ、声にならない声が出る。
多分、薬を塗った布が皮膚にひっついて、剥がすときに痛みが伴うのだろう。
「１枚剥がれたよ。後２枚だから、頑張って。」
鈴明に励まされながら、やっとの思いで３枚の布を取った。机に置かれた布には、赤と黄色の体液がしみこんでいる。
すでに、化膿しているのだろう。
さらに濡れた手巾で流れ出ているであろう体液を綺麗に拭き取った後、軟膏の付いた布で傷を覆う。
「前にね、桜綾が言ってたことが役に立ったよ。傷口に当てる布は綺麗な物を使う。水は煮沸して使うか、お酒を入れる。
お酒は傷にしみそうだから、湧かして冷やした物を使ってるんだ。だから早く良くなって。」
私よりも鈴明の方が何倍も辛そうに見える。私の心よりも鈴明の心が。
（ありがとう。ありがとう。）
何度も心で感謝する。
傷を手当てしてくれてること、私の為に泣いてくれたこと、怒ってくれたこと、こうして今一緒にいてくれてること。
その全てに感謝したかった。
夏月さんにも勿論、同じように感謝している。
今は何も出来ないけれど、この恩だけは絶対に忘れない。
涙を流す私に鈴明が慌てる。
「どうしたの？どこか痛む？」
私は２回瞬きをする。痛くないわけではないが、これは感謝の涙だから。
「そう・・・。３日も寝てたんだよ。あまりに起きないから、心配したけど、目が覚めて良かった。都に着いたら、宇航様が手配したお医者様に見てもらえるし、きっと良くなる。目の腫れも引いたしね。ご飯食べてないからお腹すいたでしょ？お粥の上澄みくらいしか口に入れられないけど、おいしく作ってくるからね。それまで寝てて良いよ。出来たら起こすね。」
作り笑顔で私に笑いかけて、鈴明は部屋を出て行く。
夏月さんは黙々と汚れた布や手巾を片付けてくれていた。
私ただ、天井を眺めることしか出来なかった。