黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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神様はいじわる?

第1章 10話

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全てに決着が付いた後、宇航ユーハンは急いで桜綾オウリンの元へ戻った。
医者はすでに処置を終えており、桜綾は眠っている様だった。
「出来る限りの事は、させて頂きました。あの子供は使用人なのでしょうか?それにしてもあの痩せ具合は・・・」
医者は訝しげに質問を投げかける。
「彼女は16だ。子供ではない。それに使用人でもない。」
宇航のその言葉に驚いた様子ではあったが、医者は言葉を続けた。
「正直、このままだと回復は難しいでしょう。16にしては何もかもが小さすぎるのです。背丈も体の重さも。あれではいくら薬を処方した所で、体力が持たない。先ほども言いましたが、せめてもっと良い薬を手に入れるか、伝を使って待医様にでも見てもらえれば、希望はあるかもしれません。」
それを側で聞いていた鈴明リンメイは泣き崩れた。憂炎ユウエンはその背中を支え、椅子に座らせる。
「だから、あれほど言っておいただろう。桜綾に飛び火しないようにしろと。なぜこんなことになった!」
憂炎が宇航に向かって怒りを露わにする。
宇航が手を下したわけではないし、よかれと思ってやったことであることも理解している。だからこそ、憂炎もそこまで止めることはしなかった。
憂炎にも責任はある。しかし、宇航に怒りをぶつけずにはいられなかった。
「申し訳ない。私の思慮が足りなかった。まさか私が訪ねたその日に、桜綾に被害が及ぶとは思わなかった。きちんと策は練って行動したつもりだったが、私が思い上がっていたようだ。あんなにも話が通じない親だとは想像していなかった・・・。」

宇航も今回のことはさすがに予想出来なかった。
昨日の朝から、何件かの年頃の娘がいる商家を訪ねた。それは、本当に宇航が親戚の嫁を探していると思わせるための芝居であった。それに、領主の自分が出向けば、宇航が桜綾を連れ出すまでは丁寧に扱うだろうという甘い考えがあった。
しかし、それは通じなかった。結果はこの通りである。
「もし、待医も薬も用意出来るとしたら、希望はあるのだな?」
宇航は静かに医者に尋ねる。
「はい。私は医者とはいえ、しがない町医者です。待医様なら私より遙かに知識を持っておられるでしょう。それに、貴重な薬は高く、おまけにこちらの薬問屋では扱っていない物も多くあります。それらを使うことが出来れば、可能性はあるかと。」
「では、桜綾をここから動かす事は可能か?」
「動かすなんて・・・どうするおつもりです?安静が必要な状態なのですよ?それを動かすとは・・・」
「都まで行くには距離がありすぎる。かといって、ここにいても治療は出来ない。待医を呼ぶにしてもやはり距離がある。ならば、途中の朱義まで私達が行き、そこへ待医を来させれば時間を短縮できる。」
「確かにそうですが・・・しかし、馬車での移動は、体に負担がかかりすぎます。何より馬車の揺れは傷にさわるでしょう。」
「このままにしておけば危険なのだろう?ならば助かる見込みがある方を選ぶ。馬車の揺れが問題ならば、私が抱えていこう。それならば少しは傷にさわるのを抑えられるだろう。」
「本当に行く気なのですね・・・・ならば、もう止めません。こちらも用意出来るだけの薬を渡しましょう。それから、傷の手当ての仕方を、あのお嬢さんにお教えします。ですが、どちらにしても危険であることに変わりないことは、承知しておいてください。」
医者に夏月から金が渡される。中を確認したわけではないが、相当の金額を渡したはずだ。
医者との言い合いをずっと聞いていた憂炎も、宇航の意見に反対はしなかった。
宇航が本気で桜綾を助けようとしているこが伝わってきたからだ。憂炎が同じ立場でも、このままここにいても助からないのなら、少しでも助かる道を選ぶ。

「憂炎、本当に申し訳なかった。しかし、この責任は桜綾を助けることで償う。」
宇航は憂炎に向いて謝罪する。その表情からは強い意志が伝わってくる。
「俺に謝っても仕方ない。桜綾が治ったら、本人に言ってやってくれ。」
宇航はその言葉に頷くと、夏月に指示を出す。
「朝一で出発する。夏月は馬車の用意を急げ。なるべく大きい方がいい。それから、誰か鈴明と一緒に医者の所へ行って薬と手当の仕方を聞いてこい。」
夏月と護衛の一人が返事をして、それぞれが動き始める。まだ泣いている鈴明を護衛が連れて出て行く。
「憂炎。頼みがある。」
「なんだ?俺に出来ることなら何でも言ってくれ。」
「この牌を憂炎に預ける。」
そう言って差し出したのは、朱家の牌だった。木牌ではあるが、精巧な朱雀が掘られたその牌は、領主の直属と言うことを意味する。朱家の人間でも、限られた者しか持ってはいない。
「で、これで何をすればいい?」
憂炎は驚きもせず、その牌を手に取る。
「大理司の役所に行って、胡家の罪状と私の独断で裁いたことを伝えて欲しい。それから、都の大役司の菅氏を訪ねて、桜綾の身分を朱家に移してくれ。こちらから本家に伝書を飛ばして、桜綾の受け入れ先を決めたら、知らせる。早急に頼む。」
ここから都までは道沿いに行けば600㎞ほどある。馬を全速力で走らせても、12日近くはかかる。
大役司に直接身分の変更を依頼するのも、桜綾にこれ以上危害が及ばない様にするためだろう。
胡家は没落したのだ。春燕の実家、論家がどう出るかは予想がつかない。
なるべく早く桜綾を朱家の者とすることで、守るつもりなのだろう。
道中も宇航と一緒なら、何の心配もないとは思うが、打てる手は打っておこうという算段か。
「それなら、これがないと無理だな。都での事が終わったら、俺も朱義に向かう。それまで桜綾を頼む。」
手にした牌を懐にしまうと、宇航に頭を下げた。
「よしてくれ。元はといえば、私がまいた種だ。桜綾は任せてくれ。必ず助ける。」
宇航のその言葉に頷くと、憂炎は護衛に馬を用意させ明朝、黄泰を発った。
宇航も本家へ伝書を飛ばし、全ての手配を終えた。
「桜綾。少しきついかもしれないが、頑張ってくれ。必ず約束を果たす。だから、ここから出よう。」
意識のない桜綾に話しかける。腫れた顔をそっと撫でるが、何の反応もない。
宇航はそんな桜綾の体をそっと抱き抱えると、馬車へと歩みを進めた。
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