黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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温泉

第1章 3-7

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私達が温泉から上がると、今度は鈴明リンメイ炎珠エンジュ、夏月さんが温泉へ入る。
茶の間には先に上がった宇航ユーハン様と師匠が、お茶を飲んでいた。
「随分ゆっくり入っていたね。ここは怪我や打ち身にも効能がある。桜綾の足にも効果があると良いのだが。」
「ありがとうございます。母と楽しませて頂きました。」
師匠の前の席に座り、宇航様に礼を言うと、
「いや、桜綾オウリンの作った石鹸のおかげで、こちらも清々しい気分だ。あれは、この前言っていた改良版のほうかい?」
「はい。元は固形・・・つまり固まった形の物を削ってお湯で溶かし、泡活草で泡が出るようにした物です。でももっと改良したいのですが。」
「これでも十分だと思うが・・・まだ改良するのか?」
「固形の状態でも、使うときに泡立つようにしたいのです。今は使用前に振ることで無理矢理、泡立てているような物なので、それに、固形にしてもまだ柔らかく、体や顔などに使う分にはいいですが、洗濯には向いておりません。」
結局、石鹸の話になる。
「固さが足りないので、油と灰汁のバランスや、出来た石鹸を干す日にちなどを変えながら、作って見るつもりでございます。石鹸として作用することは分かりましたので。」
いくら記憶の中にあっても、実際に作り出すことは難しい。記憶は記憶であって体験ではないのだから。
桜が経験していたことは、詳細にまねが出来るが、記憶は朧気なものもある。
それを活かして作り出すのは、私と師匠なのだから。
桜が得意なことは、書物を読み知識を得ること。それから編み物や裁縫、絵を描くこと。それくらいだ。
絵が得意なだけあって、図を書くことは簡単だ。鞄を作ることも。だが、記憶にある知識の方が遙かに役に立っている。
これから作る物も、きっと試行錯誤をしながら作ることだろう。
「所で憂炎、何か新しい物を作っていると鈴明に聞いたが、できたのか?」
お茶をがぶ飲みしていた師匠は、急に話を振られて、驚いたのか咽せる。
「急に・・・ゴホっ話を振るなよ。桜綾に頼まれたやつだろ?柄の部分は出来たんだが、その後が詰まっている。布を取り外せるようにするには、部品を付けたり外したり出来なければいけないんだが・・・。桜綾、何か出来ないか?」
つまり、雑巾を挟む部分に苦労しているのだろう。
「柄は図通りに出来たのよね?竹で作ったんでしょうね?」
「言われた通り竹で作った。」
「なら、その両端に穴を開けて押さえ棒の方の両端をそこの穴に通るくらいに削って、竹の反発力を利用して。取り外しが出来るようにしたらいいんじゃない?」
「すまん。お前の言っている事の半分も理解出来ん。いつものように図で説明してくれ。」
仕方なく近くにあった机から墨と筆を拝借し、紙に簡単な図を書いて説明する。
風呂上がりに墨など使いたくないが、確かに言葉だけで理解してもらうには難しい。
その様子を宇航と母は見聞きしている。
一通り説明し終わると、師匠はやっと納得してくれた。
「こうやって物が出来ていくのね。で、これは何を作ろうとしているのかしら?」
図を見ても未知の物なのだから分からなくて当然。母にその使い方を説明する。
「それはいいわね。うちの侍女達も毎日大変そうだもの。完成したら、うちでも使いましょう!」
「そうだね。廊下などは砂もすごいから、これがあれば、誰でも掃除出来そうだ。」
二人ともノリノリだが、まだ完成していないし、まだ改良も必要になる。
きっと師匠のことだ。ここから帰ったらすぐに作業を始めるはず。そうなれば、近々試作品ができあがるだろう。
そこから使用してみて改良すれば、珠璃にいる間には出来上がるはず。
「完成したらお見せします。もしかしたら、思ったようにはいかない可能性もありますので。あまり期待せずにお待ちください。」
「桜綾、俺が作れないと思っているのか!それはちょっとひどいじゃないか!」
「師匠・・・だれも師匠が作れないなんて言ってないでしょ。私の図が間違っている可能性もあるって言いたいの。もう。一人で何怒ってんの。」
いつものように師匠と言い合いをしている所へ、鈴明達が帰ってきた。
「また喧嘩してるの?せっかくいい気持ちで出てきたのに。全く。」
鈴明が私と師匠の喧嘩を窘める。師匠も私も鈴明には何故か逆らえない。
「領主様、夕食はどうなさいますか?こちらで召し上がるのなら、ご用意いたしますが。」
夏月さんが宇航様に確認を取る。
「いや、私は予定通り、もう少ししたら朱有へ向かう。他の物の食事の手配は済ませてあるから、桜綾達はゆっくり療養したらいい。」
来るときも去るときも、急に知らされる。
せっかくここで疲れを取ったのに、また疲れる帰路につくのかと思うと、心配にもなる。
夏月さんは頷いて、領主様の後ろの席に炎珠と共に座り、お茶を飲み始めた。
姉妹で並ぶと、どちらも美しいと再確認させられる。夏月さんは冷静で凜とした美しさを、炎珠は勝ち気で華やかな美しさを持っている。私なんかより、よっぽどお嬢様にふさわしい。きっと私と衣を交換したら、2人に求婚してくる男性は両手でも足りない数になるだろう。宇航様と並ぶにふさわしい。
(そういえば、宇航様は結婚しないのかな?領主なら選び放題だろうに。私的には夏月さんが一番いいと思うけど。
夏月さんが朱色の衣を着たら似合うだろうな・・・)
なんて勝手なことを考えながら、2人の姿に見入っていた。
「どうした?あの姉妹がきになるのかい?」
私が勝手な妄想を巡らせて楽しんでいたら、急に宇航様に現実へと引き戻される。
「へっ?あっああ。いやあの、2人とも仲いいなと思いまして。その、私にも弟がいましたが、あんな風に仲良くはなかったので・・・しかもお二人とも綺麗だなと。羨ましく思っておりました。」
あまりに大きな声でしどろもどろに答えたので、夏月さんと炎珠は照れたのか、顔を赤くして下を向いている。
慌てて私も口を押さえたが、もう後の祭り。その場にいた夏月さんと炎珠以外の全員が笑っている。
扉の外の護衛さんまで肩をふるわせているのが分かる。
今度は私が赤くなる番だ。耳まで燃えるように熱い。いくら妄想を知られない為だからとはいえ、何てことを口走ったんだか。
「あはははは。夏月、炎珠。桜綾はお前達が憧れらしい。確かに二人とも綺麗だもんなぁ宇航?」
師匠がまた軽口を叩く。
「夏月も炎珠も私の家臣だ。他意はない。姉妹の仲がいいことは認めるがな。」
(もう、この話題から離れてよ・・・・)
「領主様、そろそろ出立のお時間かと・・・」
(助かった・・・ありがとう、夏月さん!)
まだ赤い顔をしてはいるが、夏月さんが宇航様に出立を促す。
促してくれたのは助かったものの、もう宇航様が帰られるのかと思うと何故か胸の辺りがチクッとする。
それでもそれは一瞬で治まる。
「桜綾、次は朱有で会おう。」
「はい。領主様も道中お気を付けてお戻りください。」
その会話の後すぐに、宇航様と夏月さんは去って行った。
最敬礼で見送り顔を上げると、そこに炎珠が立っていた。
「桜綾様、何てことをおっしゃるのですか。仲がいいのはいいとしても、護衛に綺麗なんて言ってはいけません!」
「何故?綺麗な物は綺麗でしょ?褒めたのに怒られるなんて、おかしいじゃない。」
確かに大声で叫んだのは、はしたないが、頭で妄想していたことの方がもっと不敬だ。
「恥ずかしいじゃないですか。私の顔から火が噴きそうでしたよ。しかも、領主様の御前で褒めるなんて。」
(つまり恥ずかしすぎて、怒ってる?)
炎珠は普段からそそっかしい所があるが、仕事に対して妥協をせず、きちんとこなす。他の下働きや護衛の人達からも信頼されている。
きっと炎珠の魅力に気づいている男性も多いだろう。
それを誰も素直に口にしないだけだ。
「炎珠は綺麗だし、鈴明は可愛い。お母様は美しいし、お父様は凜々しい。師匠は・・・うん、賢い。」
「なんで俺だけ、詰まった上に外見じゃないんだ?俺だって十分にいい男だ!」
師匠はまたもむくれているが、ちゃんと褒めたじゃない!取りあえず放っておこう。鈴明は嬉しそうにしているし、皆を褒めたことで、炎珠の顔色は戻っている。ほっと胸をなで下ろしていると、
「では、宇航様は?」
母が私の話に乗ってくる。
「領主様は・・・正直、表現出来ません。それでも敢えて言うなら、神々しいですかね?」
その答えに母は微笑みながら、
「宇航様はきっと、桜綾にそんな風に見て欲しいとは思っていないでしょうね。気の毒に・・・」
そう言われたが、今の答えのどこが気の毒なのか、全く分からない。それとも失礼ということか?
「私、何か失礼になるようなことを言ってしまいましたか?」
恐る恐る聞くと、母はあきらめ顔で
「いいえ。何も。桜綾は素直なのね。良くあの環境の中、こんなに素直に・・・」
(あっこれ、また泣くな・・・)
「お母様、それより食事にしませんか?私、なんだかお腹がすきました。」
慌てて話を変えると、母はそうねと返事をして、炎珠達に食事を運ぶように言う。
自分が泣くより、自分の痛みで人が泣く方が何倍も辛い。
だから、私の周りの人には笑っていて欲しい。
いつの間にか用意されていた料理が机に並ぶ。5人しかいないので、この際仕来りはなしにして、皆で食事をすることにする。
貴族様と食事をすることは、不敬にあたることと承知の上だが、母は私がそうしたいといえば、してくれる。
公の場では出来ない事は私も承知している。なので、皆から離れているときだけ、こうして皆でご飯を食べる。
お酒が飲めるようになった私は、師匠に付き合って、少しだけお酒を飲む。さすがに、母の前で炎珠は飲むことはしない。
後で少し持って行かせようと一瓶取ってある。
こんななりでも、どうやらお酒には強いらしく、師匠の方が先に酔ってしまう。
酔った師匠を早々に部屋へ送り、母と父のなれそめを聞いたり、鈴明のお気に入りの護衛さんの話を聞いたりと、女4人で話を楽しんだ。
夜も更けた頃、そろそろ各部屋へ戻るときに、そっと炎珠に酒瓶を渡す。
思った以上に喜んでいたが、明日、体調を崩さないでねと釘はさしておいた。
今日も月が綺麗に浮かんでいる。
私も部屋へ入ると、柔らかな布団に包まれて、眠りに付いた。
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