黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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朱有と系譜の儀式

第1章 4-1

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馬車に揺られること24日。当初予定していた日程より、少しずれたのは、途中で大雨に見舞われたからだ。
しかし、予定からずれたとはいえ、2日遅れで到着できたのは、御者の腕が良かったからだ。
朱有の門まで後数理という所まで来た所で、夏月さん達に出迎えられた。
そこで馬車を乗り換えさせられる。
(いや、乗り換えるのはいいんだけど・・・この派手さは・・・ないよねぇ)
外装が豪華過ぎる上、日本の御神輿を思い起こさせて、飲んだお茶を吹き出すほどだった。
屋根は茶色の方形造りで、その天辺に小さな朱雀神が乗っている。
外装は朱色と銀で装飾され、細かな彫りと飾りがそれを一際目立たせる。
内装もしっかり朱色だが、無駄な物はなく、外装に比べるとすっきりして見える。
これなら遠くからでも朱家の馬車だと確認できるだろう。
私達は、そんな豪華な馬車に乗せられ、夏月さん達(護衛の複数も含めて)と合流し、大人数で門をくぐることになった。
今まで見てきた、どの街の門より大きく、警備兵の数も多い。
歩いている人も、馬車の数も比べものにはならないほどだった。
馬車が門前の大通りへ入った瞬間、他の馬車や通行人は場所を空ける。窓に掛けてある布の隙間から覗いていたが、歩いていた人と目が合ってしまったので、慌てて布を閉めた。
馬車が注目を集めていると思うと、外から中は見えないのだが、何だか恥ずかしくなった。
母は慣れているのか涼しい顔をしているし、鈴明リンメイと師匠は別の馬車だから、この場にはいない。
炎珠は私達の馬車の横を歩き、夏月さんは馬車の先頭を馬で先導している。
まるで記憶の中にある中国の史劇ドラマの様な光景を今、この目で見て体験しているのだ。
桜はこの光景が好きだったようだが、体験している私は身が縮む思いだ。これ以上縮むと困るのだが・・・
一瞬、馬車が止まる。どうやら門に着いた様だが、またすぐに動き出した。
馬車内が暗くなる。もう門をくぐっているのだろう。
すぐに光が戻り、ガヤガヤと外が賑やかになる。
街の中に入ったのだ。覗いて見たいが、また通行人と目が合うのが恥ずかしくて、止めた。
門をくぐってからも相当の距離を進んだと思う。まぁゆっくり進んでいるので、そう思ってしまったのかもしれないが。
やっと馬車が完全に止まり、夏月さんが外から声を掛けてくれる。
「到着いたしました、藍珠ランジュ様、桜綾オウリン様。」
その言葉を合図に母が立ち上がったので、私も後に続く。
外では一緒に来た護衛達に加え、この屋敷の護衛と使用人達が頭を下げて並び、その真ん中に父の姿があった。
この光景は前にも見た・・・
父は母が馬車から降りる際には手を差し延べて、優しく微笑む。
そして私が降りる時は、母と父が左右に手を差し伸べ、二人に支えられて降りた。
私の足は、ここに来るまでに、まだ右足を引きずってはいるが、杖が必要なくなっていた。
「お帰りなさいませ、藍珠様、桜綾様。」
私と両親以外の全ての人が、最拝礼する中を私達は屋敷の中へと入っていく。
「ここが桜綾の実家だ。もう部屋の準備も整っている。使用人には、後で挨拶に行かせよう。」
門を入ってすぐに、石畳の引かれた広場があり、脇には池がある。
睡蓮の花も咲いていて、中には鯉らしき魚の姿も見える。
奥には竹が生えている林も見えるし、屋敷も見えるだけで離れが4つもある。
しかもこの屋敷が私の実家になるのかと思うと、また身が縮む思いだ。
以前の家もそれなりにはでかかったが、これは、迷子になりそうだ。
「桜綾?大丈夫かい?やっと娘に会えたのだ。母とばかり仲良くせず、父とも話して欲しいのだが?」
驚きで我を忘れかけていた私を、父が抱え上げたので、今度はそちらに驚く。
「おっ!前より少し重くなったなぁ。顔色もいいようだ。」
その様子に母は笑いを堪えているが、どうして朱家の男の人はすぐ私を抱えるのだろう。
こうなれば諦めて、父の腕に甘えることにした。
「ここまで大変であったろう。足も無事に回復しているようで安心した。私も珠璃へ行きたかったのだが、仕事が片づかず、行く事がかなわなかった。その分、ここでは存分に甘えていいぞ!」
笑い方も豪快な父だが、私の身を案じてくれていたのかと思うと、嬉しかった。
廊下を何度か曲がった先に、両親が用意してくれた私の部屋があった。
桃色の生地で作られた天蓋や寝台、かわいらしい置物、鏡や化粧道具、衣や装飾品まで、細かく用意され、磨かれていた。
(ここが本当に、私の部屋・・・)
部屋の真ん中に父が下ろしてくれたが、部屋を見回しただけで、両親の心遣いを感じ入ることが出来た。
胸が熱くなる。
「桜綾、どうした?どこか痛いのかい?」
どうしてかは分からないが、涙が溢れて口から嗚咽が漏れる。
いろんな感情が湧き出てきて、それが整理できない。初めての感覚だった。
「いた・・い・・わけでは・・・ないの・・です。」
両親が顔を見合わせ、私の方を心配そうな表情で見ている。
私は思いきって二人に抱きつき、声を上げて泣いた。
今まで押さえ込んでいた、全ての涙を絞り出すかの様に。
そんな私を両親は抱きしめ、一緒に泣いてくれたのだった。



「落ち着いたか?」
私が泣き終えてから少しして、両親とお茶を飲んでいる。
落ち着いたら自分の失態に恥ずかしくなってしまった。
「はい。申し訳ございません。取り乱してしまいました。」
「何か気に入らなかったの?それともなにか傷つけてしまったかしら?」
母は少々、焦った様子だが、父はどっしりと構えている。
「いえ。その逆です。あまりにも以前の私には縁のない物ばかりで。この部屋を見た時、以前の自分の記憶がよみがえってしまいました。こんな豪華な部屋を用意して頂いたことに、感動と感謝で胸が一杯になってしまいました。私は自分の幸運を全て使ってしまったのではないかと思うほど、嬉しかったのです。」
母はそれを聞いて無言で私の手を握りしめる。
「何を言っている。こんなのは序の口だ。これからもっと桜綾は幸せになるぞ。いやしてみせる。父に任せよ。」
父が胸を張ってボンっと叩いたが、力加減を間違えたのか、ゴホゴホと咳をし始める。
その様子がおかしくて、笑ってしまった。
両親は安心したように、私の肩に手をおいて各々撫でる。
一時して、私につく使用人3名を紹介してくれた。私がここにいる間の洗濯や、毎日の掃除をしてくれるらしい。
私がいないときは、他の所へ回されるらしいが、使用人とはいえ、綺麗な身なりで、痩せた物もおらず、顔色もいい。
大切にされているのだろう。
3人は私に挨拶をすると、すぐに部屋を出て行った。
「それで桜綾、早速で悪いのだが明日の午前、本家、つまり宇航ユーハン様のお屋敷に挨拶に行かねばならない。そこには、宇航様の母上様と、宇航様の兄弟や朱家の親戚筋の者が何人か待っているはずだ。だが、儀式ではなく、一種の顔合わせだから、そこまで緊張しなくていいし、私も母も一緒だから、心配はいらない。それに午後からは、宇航様から仕事場の案内をされるだろう。憂炎と鈴明も一緒に行く事になっている。」
父は真剣なまなざしでこちらを見る。
そうだ。私には大仕事が残っていた。儀式もそうだが、これはその予行演習と思ってもいいだろう。両親の子として、恥をかかさないようにしなければならない。
両親は私にとって恩人でもある。ここからは身を引き締めねば!
「まぁそう固く考えなくてもいい。身内だからな。儀式の時の方が大変だが、それも私達に任せればいい。」
父も私を安心させる為に、言葉を選んで話している。
「はい。全てお任せします。」
それを聞くと両親は用事があるからと、笑顔で私の部屋から出て行った。
その後、少しして部屋の装飾や寝台を見ていると、炎珠が入ってきた。
「桜綾様、藍珠様が明日の衣を確認しておくようにと言づてがありました。もう見られましたか?」
私が頭を振ると、箪笥の中から一番豪華そうな衣を出した。今までよりも濃い朱色、銀糸で縁取られ、花と鳥の刺繍が彩り豊かに縫い込まれている。
それが私と師匠が作った衣掛けにかかっていた。
もうこんな所まで広まっている・・・
そう思うと変な感じがしたが嫌な気分ではなかった。
「こちらです。明日は早起きして化粧と、髪を整えましょう。もしかして緊張してます?」
「緊張しない方が変でしょ!正直、今から何かやらかさないか、心配で仕方ない。お辞儀の仕方とかお茶の飲み方とか・・・
あああああ!考えただけでも胃が痛い。」
「い?とは?どこが痛いのです?医者を呼びますか?」
炎珠エンジュが大げさに騒ぐ。
「胃はここよ!それにお医者様は呼ばなくていいから。緊張してるだけよ。」
そう言って鳩尾辺りを押さえて胃の位置を教える。
「ここってお腹ですか?緊張すると痛くなるんですか?」
炎珠には心臓に毛が生えているんじゃないかとたまに思うが、それも炎珠の良いところなのでいいとしよう。
おかげで少し気も緩んだ。
炎珠は衣を着るように私に促し、着終わると簪選びに取りかかる。
「明日は早いですから、今のうちに選んでおきましょう。それが終わったら、沐浴をして・・・あっ夕食が先ですね。」
一人でよく喋る。が気は紛れるし、自分ではどれがいいか分からないので、炎珠がいてくれて助かる。
「明日は桜綾様が主役ですからね。私が腕によりを掛けて磨きに磨きを掛けます!」
主役とか言わないで欲しい・・・また胃が痛くなる。しかも何故に炎珠はこんなに張り切っているのだろう。
どんなに頑張った所で、土台が土台なのだから、多少は良くなったにしても、どうにもならない事だってある。
それは前にも炎珠に言ったはずなのだが・・・
「桜綾様は自分を卑下しすぎです。桜綾様は十分にお綺麗ですよ。自分をよく知らないだけです。もう少し体が大きくなれば、きっと誰もが振り返る美人になります。私が保証いたします!」
卑下しすぎ・・・か。そんなことを言われたのは初めてだ。
私が生きてきた16年の内、10年は自分の価値などないに等しく生きてきた。
いかに自分を生かすかだけ考えて生きてきた。
だからこそ今のこの状況も、夢ではないかと思う。義母に殴られた時に私は昏睡してしまって、これはその中で起きていることなのではないかと。
そう思うほどこの環境の居心地が良すぎて、今になれてしまうことが怖い。
それでも、今周りにいる人達がこれは現実だと教えてくれる。夢ではないと。
「桜綾様、明日はこの簪にしましょう。数珠なりになった玉が派手でもなく、控えめでもなく、良いと思います。桜綾様はどう思いますか?他に気に入った物があれば、そちらも挿して見ては?」
「私には簪の善し悪しは分からないし、それでいいよ。」
「善し悪しではなく、好きか嫌いかで選ばれたらいいのでは?場違いだと思えば、私がそう言います。桜綾様は何色が好きで、何の花が好きで、どんな模様が好きなのか、それを素直に出せばいいのです。形式など後からでも身につくのですから。」
炎珠に促されて、沢山並んだ簪に目を向ける。一つ一つ丁寧な作りで、玉が付いていなくても、彫り一つで豪華に見える。
この中のどれが好きか・・・
私の目を引いたのは、紫色の小さな玉の付いた簪。それ以外に目立った特徴はないが、何故かその色が気になる。
炎珠にそのままを伝えると、
「桜綾様、いいと思いますよ。その色の玉は大変珍しい物ですし、かといって派手さもなく桜綾様にもお似合いです。ほら、選べるじゃないですか。では明日はこの二つを使いましょう。」
そう言いながら炎珠が鏡の横の箱にそれを収める。
衣を脱ぎ、いつもの軽い物に着替えると、炎珠が夕食に行きましょうと言うので、それに従った。
また廊下を何回か曲がり、食卓へたどり着けた物の、もう帰り道は分からない。
机には沢山の魚介が並んでいる。
名前の分からない魚もあったが、アワビやウニまで用意されていた。
日本でも高級食材で桜もあまり口にした覚えはないようだが、こちらでは朱有だからこそ出せる物だろう。
黄泰まで運ぶ間に傷んでしまう。あったとしても干したアワビくらいで、生は初めて見た。
父と母の間に挟まれて、食事を取る。
どれも新鮮でおいしい。魚も生臭くなく、川魚のような泥臭さはない。ウニは甘くとろける様な食感。気づけば、母達が取ってくれた物を全部平らげていた。
あまりの勢いに、父も母も目を丸くしていたが、食欲のある私に満足そうだった。
「桜綾にこちらの料理が合うか心配だったが、杞憂だったな。魚は好きか?」
「はい。おいしいです。何のお魚かは分かりませんが、おいしいことだけは分かります。」
その答えに父は豪快に笑いながら、酒を所望した。
母が明日は大事な日だからと窘めたが、桜綾が戻ってきた祝いだから、1杯ずつ飲もうと母を説得する。
酒が運ばれてくると、3人分の杯が配られ、それを乾杯して、飲み干す。
今まで飲んだお酒の中で、一番キツく感じる。口の中が燃えるようだった。
だが飲んだ後、清涼感とほのかな甘味が口に残る。その味は癖になるおいしさだった。
お腹が満たされた所で、炎珠が迎えに来て、沐浴を促す。
連れて行かれた浴室にはすでに湯が満たされており、そこにバラの花びらが浮いている。
湯気に紛れて漂うその甘い香りは、体だけでなく、髪にも香りを付けていく。
優雅なお風呂だ。滅多に見ないバラがこんなにも浮かんでいるとは。
湯で体を洗い流し、身を清める。石鹸を使いたかったが、今はまだ干し具合の調整中で、使える物は残っていない。
仕方なく体を拭き、湯から上がる。
渇いた衣を着せられ、髪を梳く。髪の水気が取れた所で、やっと自室へ戻り、静寂が訪れた。
しかし、緊張で眠れそうにない。
仕方なく、窓辺から外を眺め、空に広がる星を眺めていた。
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