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朱有と系譜の儀式
第1章 4-3
しおりを挟む宇航様に連れて行かれたのは、本殿から見て北西側の建物だった。
そこには大きな部屋と解放された空間があり、周りに5つの部屋があった。
見るからに、工房と私達の部屋だろう。もう一つは、倉庫だろうか・・・。
その1室、工房の左側の部屋を一番に見せてくれた。
「ここは桜綾の本家での部屋だ。内装は任せたから、気に入らなければ変えよう。」
実家の家と変わらず、豪華な部屋だ。唯一違うのは、大きな机と沢山の書物の入った棚。それに紙や墨まで、仕事に必要な物が全て詰め込まれている。
思わず宇航様の顔を見て、
「これ、本当に私が使っていいの?すごく嬉しい!」
そう言って抱きついてしまった。
はっと気がついた時にはもう遅く、慌てて離れて
「申し訳ありません」
と、頭を下げられるだけ下げた。
「別にそんなに離れなくても、驚きはしたけど、そんなに謝るほどのことじゃないよ。」
(いやいや、宇航様は良くても、領主様に抱きつくとか駄目でしょ!普通に。)
「嬉しすぎてつい。こんな立派な机があるとは思っていなくて。」
「図面を書くなら必要だと思ってね。それに、凹凸があると書きづらいだろうから、この机にした。私も愛用している物だから、いい品なのは保証する。」
それを聞きながら机に触れてみる。確かになめらかで、さわり心地が良い。
椅子にも座ってみるが、これもまた座り心地が良く、高さも丁度に作られている。
そこから見る部屋の中も落ち着いていて、これなら集中できそうだ。
無駄な物がなく、壁の色も落ち着いた鴇浅黄(ときあさぎ)色。部屋が広いので、大きな図面でも広げられそうだ。
自分の部屋を堪能した所で、工房へと向かう。
そこでも驚かされる。工房の中には、木細工に必要な道具が一揃え、木を載せる台や細かい作業に必要な机も用意され、師匠の家に少し似ているが、物は全て良い物だろう。
隣の開けた空間には、大きな材料を置ける場所や、物を干したりする時に使う道具も揃っている。
至れり尽くせりとはこのことではなかろうか。
ここから私の新しい人生が始まるのだ。
その土台は全て、宇航様が用意してくれた物だ。
「宇航様、再度、お礼を申し上げます。私を救い、良い両親を見つけてくださり、私の希望を全て叶えてくださいました。これからは私が宇航様に、恩をお返しする番でございます。武器は作らなくとも、この朱有の益になる物を作り出して見せます。私の命がある限り、恩をお返ししたく存じます。」
私は上手く曲がらぬ足を手で折り、手と頭をついて宇航様にお礼を言う。こうでもしないと、思いが伝わらないきがしたのだ。
宇航様はすぐに私に手を伸ばし、立たせると、衣の土を叩いてくれた。
「桜綾。君を縛るためにここへ連れてきたのではない。私は君を恩と言う言葉で縛りたくはない。ただ、自由に君の知識を活かして幸せに生きて欲しいだけだ。だから、私にそんな言葉を言わないで欲しい。自分でもよく分からないが、何だか悲しくなるのだ。だから、君は朱家に縛られず、行きたいところへ行ってもかまわない。でもここを故郷にしてもらえたら、私も嬉しい。」
そう言うと私の両手を握る。
「この手で作り出す物が、きっとこの国を豊かにする。だがそれは危険な事であることも重々承知している。だから、君を守れる存在が現れるまで、私に君を守らせて欲しい。」
なんだか照れくさい言葉だが、この人の元でなら、安心だと今は思える。
この人になら・・・・
そう思って言葉を発しかけたとき、後ろから鈴明に抱きつかれた。
「二人で何話してるんですか?私達には言えない話しですか?」
「ち・・・違うわよ。こんな場所をくださった宇航様にお礼を言っていたの。」
「怪しい・・・」
「怪しくない!それは自分の目でここを確かめたら分かるよ。宇航様に跪きたくなるから!」
鈴明は、ふ~んと鼻で言いながら、
「私と炎珠の部屋はどこですか?」
と、宇航様に聞いている。宇航様は右の建物の端を指で挿し、早速、鈴明は駆けていった。
そして扉を開けた瞬間に、大声で叫ぶ。
「桜綾!ここ本当に私達の部屋なの?大きな寝台が2つもあるよ!それに、鏡も衣もある!何この部屋!」
そう言いながら、戻ってきて、早速宇航様にひれ伏した。
「宇航様!おありがとうございますです。」
私と宇航様はその様子がおかしくて、クスクス笑っていると、師匠と炎珠がやってきた。
「鈴明、何してるんだ?お前、どうかしたのか?」
心配しているのか、からかっているのか分からないが、
「師匠達も、部屋と工房を見てきたら、鈴明の気持ちが分かると思うよ。」
私がそういうと二人も各自の部屋と工房を見に行って、宇航様に跪く羽目になった。
「皆、大げさ過ぎる。これからここで発明をしてしっかり働いてもらわねば、採算が合わないからね。私がお金をかけた分、しっかり頼む。」
その後、宇航様と師匠は話があると行って消えていったので、女三人でもう一度全ての部屋を見て回った。
師匠の部屋には、今までの図面やら書物を収める棚が設置してあり、そこに、大きな掲示板のような板も付けられている。
図面をここに貼って見ることが出来る。後は食事をここでも出来るように、小さな机と大きな寝台。
鈴明達の部屋は、薄い朱色の壁になっていて、そこに化粧道具や鏡なども用意されていた。
しかも、大きな箪笥の中には、二人分の普段着と外出様の衣、さらには正装まで用意されている。
(そりゃ、叫びたくもなるよね・・・)
工房を見た後、私の部屋を見る。
私の部屋にもちゃんと鏡や衣が用意されている。しかも作業しやすいよう、短い袖の物も数着あった。
抜け目のない人だ。
一通り見終わった後は、私の部屋でお茶にすることにした。
炎珠が持ってきたお菓子と共に、話は弾んだ。
桜綾達が工房で騒いでいる頃、宇航と憂炎はこれからの話をしていた。
物を作るにしても、まず材料に手配がいるし、出来上がった商品を卸す場所も必要になる。
それを確保したのも宇航である。
「あそこは裏口がある。勿論、門番は立っているが、お前達は自由に出入りできるように手配してある。ただし、桜綾を連れ出すときには、必ず報告が欲しい。まだ詳しくは話せないが、桜綾の安全は絶対に守らなければならない。」
「何かあるんだな。分かった、今は聞かずに報告だけは上げるようにしよう。だが、裏口から出なくとも、表からでればよいだろう?」
「表からでもかまわないが、裏口は色々な工房や問屋の並ぶ場所に出られるようになっている。
工房には、鋳型、鉄鋼、鍛冶屋など様々な職種が列挙しているし、材料を仕入れる問屋も数多く並んでいる。そこから出れば、欲しいものの大半が手に入るだろう。それに、そこを束ねているのは、あの然周だ。」
宇航は全て計算づくで、あの場所に工房を建てたのだ。裏口を通ることで、即座に材料を手配できるように。
しかし、そこの統括が然周とは・・・驚いた。
「然周はいつから統括になった?俺が来る事は承知なのか?」
然周は憂炎の元同僚というか、悪友だ。憂炎は木細工が得意だが、然周は鉄などの加工を得意としていた。
「5年ほど前だ。勿論、憂炎が来る事は承知しているし、また一緒に仕事が出来るのを楽しみにしている様子だった。」
まぁ然周(ゼンシュウ)なら、任せても大丈夫だろう。時間が出来たら会いにでも行ってみるか。
「しかし、ここでは手に入らない物はどうする?」
「それについても、然周の手配で問屋の何件かと契約を取り付けてある。時間はかかるだろうが、よほど貴重な物でもなければ、入手は可能だろう。」
「なら、それにかかるお金はどうする?予算は決めておかないとまずいだろう。」
「それは、憂炎達に任せると大変なことになりそうだから、鈴明に頼んである。帳簿も彼女の担当だ。」
ここまで用意周到だと少し怖くなるのが人情だ。
「宇航、何か企んでる?」
「何も。企んだ所で、私に何が出来る?帳簿も仕事も全て任せるのに、私には何も出来ないだろう?」
確かにそうなのだが・・・。なんか腑に落ちない。
「作司の役人としての給金はこちらで出そう。ただし、利益については分配してもらう。桜綾の取り分が2割、憂炎が3割、私が5割。炎珠と鈴明には朱家から給金を出すが、鈴明には別で、桜綾と憂炎の二人が利益を分ける。これでどうだ?」
どうだと言われても、利益が出れば良いが、出ない場合が困る。その場合、宇航の負担が増えるだけで、憂炎達は痛くも痒くない。それは公平ではない気がする。
「失敗したとしても、どれかが売れれば、損失はいつか追いつく。それに、信じているからな。君たちを。」
そんなことを言われたら、何も言えなくなる。
「俺に責任は取れないぞ。桜綾の考える物は突拍子もないからな。確かに便利な物が多いが、大衆に受けるかは分からん。
それでも後悔しないのか?それから、俺は二度と武器は作らんからな!」
「承知している。桜綾にもそれは言われた。便利な物は時として危険な使い方も出来るが、そんな物は作らない、作れと言われたら、国を出るか自害するとまで言われたよ。」
桜綾は憂炎が思っているほど、子供ではないのかもしれない。発明の先にある危険性にきちんと気が付いているのだから。
目の前の茶をすすりながら、もう一つの疑問を宇航にぶつける。
「もし、商品が出来たとして、それはどこに卸すつもりなんだ?それによっては利益が大きく変わるぞ。」
「それも手配済みだ。ここで発明された物は、朱家が営んでいる問屋へ直に卸す。だから、利益はちゃんと取れるようにしてある。問屋は更にそれを他の商人に売る。大量生産が必要な時には新しく専用の工房を作り、人を雇えば良い。」
宇航の頭の中を覗いてみたい。どれだけ用意周到にこの計画を練ったのだか。しかも、憂炎達がここへ来るかも分からない内から用意されていたと思うと、もう予言者ではないかとすら思う。
「まぁ礼は言うよ。桜綾を救ってくれた事には、本当に感謝する。が、二度と桜綾に危害が及ばない様に頼む。」
そう言って憂炎は宇航に頭を下げる。
「私ももうあんな思いはしたくないからね。これから先、桜綾を守ると誓う。勿論、君たちも。だから、安心して発明に励んでくれ!」
ここに酒はないので、お茶で乾杯をして、二人一気に飲み干した。
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