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第6話 迷い込んだ令嬢
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その茶会は、エレノアにとって義務のようなものだった。見栄の張り合いめいた貴族特有の言い回しには、いまだに慣れない。
けれど、隙を見せれば、あっという間に足元をすくわれる世界でもある。
伯爵夫人として招かれた以上、顔を出さないわけにはいかなかった。
そう割り切って訪れた屋敷は、白い回廊と、手入れの行き届いた庭園が美しい場所だった。けれど、人の輪の中にいても、
エレノアはどこか居心地の悪さを感じていた。
少しだけ風に当たろうと、彼女は庭園へ続く小道へ足を向ける。
その時だった。
小さな影が、植え込みの陰から、ひょっこりと現れた。
淡い色のドレスに身を包んだ、
まだ幼い令嬢。
年の頃は――五歳ほどだろうか。
きょろきょろと周囲を見回し、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「……どうしましたか?」
エレノアが声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。
「……おうちが、わからなくなりました」
糸のように細い声だった。エレノアは自然と膝を折り、少女と目線を合わせる。
「大丈夫ですよ。ここはとても広いから、迷ってしまいますよね」
少女は、ぎゅっとドレスの裾を握りしめていた。
「お名前、教えてもらえますか?」
「……リリアです」
「リリア様。
私はエレノアと申します」
そう名乗ると、少女の表情が、わずかに緩んだ。人を探すにも、むやみに歩き回るのはよくない。
エレノアは近くのベンチに腰を下ろし、リリアの手をそっと取った。
「お母様は、どんな方ですか?」
「……きれいで、いっぱいおしゃべりします」
その答えに、エレノアは思わず微笑む。
「それなら、すぐ見つかりますね」
そう言いながら、少女の不安を紛らわせるように、エレノアは小さな遊びを提案した。
「ここに書いてある文字、読めますか?」
そう言って示したのは、庭園の案内札だった。リリアは、小さく首を横に振る。
「……むずかしい」
「では、一緒に読んでみましょう」
エレノアは指先で文字をなぞり、ゆっくりと音に出す。
「“ば・ら・えん”。お花がたくさん咲いている場所、という意味ですよ」
少女は目を丸くした。
「……きれい?」
「ええ。だから、ここに来たの」
理解した瞬間、リリアの顔がぱっと明るくなる。
「わかった……!」
その声に、エレノアの胸が、ふっと温かくなった。教えようとしたわけではない。
ただ、不安な心を落ち着かせたかっただけだった。
「リリア様!」
少し離れた場所から、切羽詰まった声が響く。
振り返ると、慌てた様子の侍女が駆け寄ってきた。
「申し訳ありません……リリア様、良かったです。目を離した隙に、いなくなってしまって」
「こちらに迷い込まれていました。
もう大丈夫ですよ」
エレノアがそう告げると、侍女はほっと息をつき、リリアを抱き寄せた。
「……まあ」
その視線が、エレノアの手元――
文字をなぞった案内札へ向けられる。
「リリア様は、こんなに落ち着いて話を聞くことは滅多にないのです」
リリアは誇らしげに言った。
「えれのあさまが、おしえてくれたの」
その言葉に、侍女は驚いたように目を見開く。
「……夫人は、とてもお上手なのですね」
何気ない一言だった。
けれど、その言葉はエレノアの胸に、静かに残った。
屋敷へ戻る馬車の中。
エレノアは、自分の手を見つめていた。
迷子の小さな令嬢。
不安そうな瞳。
理解した瞬間の、あの笑顔。
――教える、ということ。
それは、誰かの役に立ち、安心を与えること。
気づけば、胸の奥で、ある考えがはっきりと形を持っていた。
「……家庭教師」
その言葉は、もう偶然ではなかった。
けれど、隙を見せれば、あっという間に足元をすくわれる世界でもある。
伯爵夫人として招かれた以上、顔を出さないわけにはいかなかった。
そう割り切って訪れた屋敷は、白い回廊と、手入れの行き届いた庭園が美しい場所だった。けれど、人の輪の中にいても、
エレノアはどこか居心地の悪さを感じていた。
少しだけ風に当たろうと、彼女は庭園へ続く小道へ足を向ける。
その時だった。
小さな影が、植え込みの陰から、ひょっこりと現れた。
淡い色のドレスに身を包んだ、
まだ幼い令嬢。
年の頃は――五歳ほどだろうか。
きょろきょろと周囲を見回し、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「……どうしましたか?」
エレノアが声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。
「……おうちが、わからなくなりました」
糸のように細い声だった。エレノアは自然と膝を折り、少女と目線を合わせる。
「大丈夫ですよ。ここはとても広いから、迷ってしまいますよね」
少女は、ぎゅっとドレスの裾を握りしめていた。
「お名前、教えてもらえますか?」
「……リリアです」
「リリア様。
私はエレノアと申します」
そう名乗ると、少女の表情が、わずかに緩んだ。人を探すにも、むやみに歩き回るのはよくない。
エレノアは近くのベンチに腰を下ろし、リリアの手をそっと取った。
「お母様は、どんな方ですか?」
「……きれいで、いっぱいおしゃべりします」
その答えに、エレノアは思わず微笑む。
「それなら、すぐ見つかりますね」
そう言いながら、少女の不安を紛らわせるように、エレノアは小さな遊びを提案した。
「ここに書いてある文字、読めますか?」
そう言って示したのは、庭園の案内札だった。リリアは、小さく首を横に振る。
「……むずかしい」
「では、一緒に読んでみましょう」
エレノアは指先で文字をなぞり、ゆっくりと音に出す。
「“ば・ら・えん”。お花がたくさん咲いている場所、という意味ですよ」
少女は目を丸くした。
「……きれい?」
「ええ。だから、ここに来たの」
理解した瞬間、リリアの顔がぱっと明るくなる。
「わかった……!」
その声に、エレノアの胸が、ふっと温かくなった。教えようとしたわけではない。
ただ、不安な心を落ち着かせたかっただけだった。
「リリア様!」
少し離れた場所から、切羽詰まった声が響く。
振り返ると、慌てた様子の侍女が駆け寄ってきた。
「申し訳ありません……リリア様、良かったです。目を離した隙に、いなくなってしまって」
「こちらに迷い込まれていました。
もう大丈夫ですよ」
エレノアがそう告げると、侍女はほっと息をつき、リリアを抱き寄せた。
「……まあ」
その視線が、エレノアの手元――
文字をなぞった案内札へ向けられる。
「リリア様は、こんなに落ち着いて話を聞くことは滅多にないのです」
リリアは誇らしげに言った。
「えれのあさまが、おしえてくれたの」
その言葉に、侍女は驚いたように目を見開く。
「……夫人は、とてもお上手なのですね」
何気ない一言だった。
けれど、その言葉はエレノアの胸に、静かに残った。
屋敷へ戻る馬車の中。
エレノアは、自分の手を見つめていた。
迷子の小さな令嬢。
不安そうな瞳。
理解した瞬間の、あの笑顔。
――教える、ということ。
それは、誰かの役に立ち、安心を与えること。
気づけば、胸の奥で、ある考えがはっきりと形を持っていた。
「……家庭教師」
その言葉は、もう偶然ではなかった。
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