40 / 40
最終話
しおりを挟む
未来へ
春の終わりだった。王城の中庭ではなく、
屋敷の庭でもなく、どこかの境界でもない場所。
エレノアは、一人で馬車に乗っていた。
行き先は決まっている。だが、「どこへ行くか」よりも、「どこへ戻らないか」がはっきりしていた。
書類はすべて整っている。
離縁成立の記録。
第三王女教育の正式任命。
領地運営の委任継続。
どれも、彼女の名で残された。誰かの妻としてでも、誰かの庇護下としてでもない。
一人の人間としての履歴だ。
馬車の揺れの中で、エレノアはふと考える。
自分は、幸せになろうとしているのだろうか。
答えは、すぐに出た。
――いいえ。
自分で選ぶことを、やめないだけだ。
第三王女の声が、脳裏をよぎる。
「先生は、待ってくれるのに」
あの言葉は、引き止めではなかった。
期待でも、依存でもない。尊重された記憶だった。
だから、背中を押した。
エレノアは、何かを得たわけではない。
愛を取り戻したわけでも、
勝利したわけでもない。
ただ、失わずに済んだものがある。
それは――自分を小さくしなくていい未来。
もう、「控えめな人」ではない。
「扱いやすい存在」でもない。
「身を引くのが上手な女」でもない。
それらはすべて、他人が安心するための呼び名だった。
彼女は、それを選ばなかった。
だから、今がある。
遠くで、鐘の音が鳴った。
王城のものか、町のものかは分からない。
だが、それでいい。
これから先、彼女の時間は誰かの合図で動かない。
馬車が止まる。御者が扉を開ける。
「……着きました」
エレノアは頷き、静かに降り立った。
風が、髪を揺らす。
重くない。
怖くない。
ただ――広い。
彼女は一度も、振り返らなかった。
それは、何かを捨てたからではない。
前にしか、選択肢がないと知っているからだ。
未来は、約束されていない。
だが、管理されてもいない。
期待も、
役割も、
評価もない場所。
そこに、彼女は立っている。
エレノアは、小さく息を吸い、一歩踏み出した。
誰の妻でもなく。
誰の罪でもなく。
誰の許可も要らない。
自分の人生として。
それが、この物語の結末であり、同時に――
彼女自身の、始まりだった。
春の終わりだった。王城の中庭ではなく、
屋敷の庭でもなく、どこかの境界でもない場所。
エレノアは、一人で馬車に乗っていた。
行き先は決まっている。だが、「どこへ行くか」よりも、「どこへ戻らないか」がはっきりしていた。
書類はすべて整っている。
離縁成立の記録。
第三王女教育の正式任命。
領地運営の委任継続。
どれも、彼女の名で残された。誰かの妻としてでも、誰かの庇護下としてでもない。
一人の人間としての履歴だ。
馬車の揺れの中で、エレノアはふと考える。
自分は、幸せになろうとしているのだろうか。
答えは、すぐに出た。
――いいえ。
自分で選ぶことを、やめないだけだ。
第三王女の声が、脳裏をよぎる。
「先生は、待ってくれるのに」
あの言葉は、引き止めではなかった。
期待でも、依存でもない。尊重された記憶だった。
だから、背中を押した。
エレノアは、何かを得たわけではない。
愛を取り戻したわけでも、
勝利したわけでもない。
ただ、失わずに済んだものがある。
それは――自分を小さくしなくていい未来。
もう、「控えめな人」ではない。
「扱いやすい存在」でもない。
「身を引くのが上手な女」でもない。
それらはすべて、他人が安心するための呼び名だった。
彼女は、それを選ばなかった。
だから、今がある。
遠くで、鐘の音が鳴った。
王城のものか、町のものかは分からない。
だが、それでいい。
これから先、彼女の時間は誰かの合図で動かない。
馬車が止まる。御者が扉を開ける。
「……着きました」
エレノアは頷き、静かに降り立った。
風が、髪を揺らす。
重くない。
怖くない。
ただ――広い。
彼女は一度も、振り返らなかった。
それは、何かを捨てたからではない。
前にしか、選択肢がないと知っているからだ。
未来は、約束されていない。
だが、管理されてもいない。
期待も、
役割も、
評価もない場所。
そこに、彼女は立っている。
エレノアは、小さく息を吸い、一歩踏み出した。
誰の妻でもなく。
誰の罪でもなく。
誰の許可も要らない。
自分の人生として。
それが、この物語の結末であり、同時に――
彼女自身の、始まりだった。
1,428
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません
しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」
――それは私を縛る呪いの言葉だった。
家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。
痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。
でも、、そんな私、私じゃない!!
―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。
「私の人生に、おかえりなさい。」
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~
水上
恋愛
夫と白い結婚をして、傾いた領地を努力と苦労の末に立て直した伯爵令嬢ヴィクトリア。
夫との関係も良好……、のように見えていた。
だが夫は「君は強いから」と、めそめそ泣く元恋人を優先し、ヴィクトリアの献身を踏みにじった。
その瞬間、彼女の恋心は錆び付き始めた。
「私が去ったら、この領地は終わりですが?」
愛想を尽かした彼女は、完璧な微笑みの裏で淡々と離縁の準備を始める。
これは、有能な妻が去り、無能な夫が泥沼に沈むまでを描く、冷徹な断罪劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる