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第44話 ――狙われる覚悟を、自分のものにした瞬間
しおりを挟む最初に違和感を覚えたのは、情報の速度だった。
第三国レグナールの港湾管理局。昼の打ち合わせが終わり、エリシアは仮の執務室で書類をまとめていた。
扉を叩く音。入ってきたのは、現地官僚だった。
「こちら、帝国側からの照会です」
差し出された書簡を見て、エリシアは、ほんの一瞬だけ指を止めた。内容は、丁寧だった。言葉も穏やかだ。
・港湾再編の進捗確認
・判断権限の所在確認
・現地責任者との連携状況
どれも、表向きは正当な確認。
だが――
(……早すぎる)
この照会は、本来なら三日後でも十分だった。帝国は、もう「見ている」。
それも、成果ではなく――自分の立ち位置を。エリシアは、ゆっくりと書簡を畳んだ。
(……そうか)
胸の奥で、何かが静かに落ち着く。守られている理由を、これまで彼女は考えないようにしてきた。偶然だ。必要とされただけだ。仕事の結果だ。そう整理してきた。
だが今は、違う。
帝国は、自分を「調整役」としてではなく、
“変数”として扱い始めている。
切るか。
残すか。
隔離するか。
利用するか。
その判断の対象に、自分が入った。
(……怖い)
正直な感情だった。
再び、切られるかもしれない。何も間違えていなくても。正しく判断した結果として。
同じだ。
理由は告げられず、説明もなく、ただ「不要になった」だけで消される。
喉が、わずかに詰まる。
だが――エリシアは、視線を落とさなかった。
(でも)
今の自分は、あの頃の自分ではない。
守られる位置にいない。誰かの影に隠れてもいない。
自分の名で、判断を出している。自分の責任で、流れを変えている。だからこそ、狙われる。
それは――間違いではない。
エリシアは、書類を引き寄せ、帝国向けの返信案を開いた。文言は、丁寧に。だが、曖昧にはしない。
判断の所在を、明確に。責任の線を、こちらに引く。
(……逃げない)
逃げれば、また「切られる側」に戻る。
守られようとすれば、判断を借りる人間になる。それだけは、もう選ばない。
エリシアは、ペンを走らせた。
震えは、ない。
(狙われるなら)
その覚悟を、誰かに預けるつもりはなかった。自分が立っている場所を、自分で引き受ける。
帝国に。
第三国に。
そして――
アレクシスの隣に立つなら。
同じだけ、
刃が向く場所に立つ。
エリシアは、書簡を書き終え、静かに封をした。
その瞬間、はっきりと理解する。
これは不運ではない。
これは罰でもない。
選んだ結果だ。
そして彼女は、初めて思った。
(……それでも、私はここにいる)
狙われる覚悟を持って立つ場所を、自分で選んだのだと。その夜、港の灯りは相変わらず揺れていた。
だがエリシアの足元だけは、もう、揺れていなかった。
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