【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ

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第57話  ――理由は、最後まで告げられなかった

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オスカー・グレイヴは、配置変更の通知を読んでも、すぐには意味が理解できなかった。紙は、簡素だった。感情も、含みもない。

業務負担再整理のため
港湾再編第二段階への関与を終了
新規監督補佐業務へ配置転換

(……終了?)

文字を追い直す。読み違いではない。

だが――懲戒ではない。減俸もない。評価の記述も、削られていない。むしろ、丁寧だった。

(これは……降格ではない)

彼は、少しだけ安堵した。

(問題を起こしたわけではない)
(責められていない)

それなのに。胸の奥に、説明のつかない空白が残った。その日、オスカーは、いつも通り港湾管理局に顔を出した。だが、違った。誰も、彼に確認を求めない。議事録の下書きも、回ってこない。

「次の会議は――」

そう切り出しかけて、相手が一瞬、言葉を止める。

「……ああ、その件は、もう調整役の判断で」

その“調整役”の名を、誰も言わなかった。
言う必要がないからだ。オスカーは、微笑を保った。

(気にする必要はない)
(これは一時的な再配置だ)

だが、自分の机に戻ったとき、書類の山が、明らかに減っていることに気づいた。
仕事が、減ったのではない。判断が、来なくなった。数日後。彼は、非公式の席で、第三国側の官僚に声をかけられた。

「……大変でしたね」

労いのような言葉。だが、その目は、
同情でも、警戒でもなかった。もっと別のもの。

(……もう関係ない、という目だ)

「いえ」

オスカーは、すぐに言葉を整える。

「業務整理の一環です」
「円滑に進めるための――」

相手は、頷いた。だが、その頷きは、
同意ではなかった。

「そうですね」
「判断が、早い方がいい場面もありますから」

それ以上、話は続かなかった。オスカーは、初めて“判断”という言葉が、自分に向けられていないことを理解した。夜、私室で一人になったとき。彼は、ようやく考え始めた。

(何が、いけなかった?)

書類は、整っていた。
誰かを批判した覚えもない。
命令違反も、越権行為もない。

むしろ――常に、安全だった。

(……安全すぎた?)

その考えは、すぐに否定する。安全であることは、帝国で最も評価される資質だ。
それが、切られる理由になるはずがない。
だが、もう一つの事実が、頭を離れなかった。

自分が外されたあと、
港湾再編は――止まらなかった。

むしろ、早くなった。

(……彼女か)

エリシア・マルセワ。

調整役。若く、肩書きは軽い。だが、判断を引き受ける人間。

彼女は、「慎重に」とは言わなかった。代わりに、「決めます」と言った。オスカーは、その瞬間を思い出す。会議室で、自分が言葉を整えている間に、彼女が立ち上がった、あの場面。

(……私は)

邪魔をしたわけではない。反対もしていない。ただ、決めなかった。それだけだ。オスカーは、椅子にもたれた。怒りは、湧かなかった。悔しさも、ない。

ただ――理解できなかった。

(なぜ、私だった?)

答えは、最後まで与えられない。

誰も彼を糾弾しない。
誰も責任を問わない。
誰も、「間違いだった」と言わない。

だからこそ、彼は一生、この理由を知らない。判断を引き受けなかった者は、排除されるのではなく、“不要になる”のだということを。

オスカー・グレイヴは、自分が嫌われていないことを、最後まで疑わなかった。

そして――それこそが、彼がこの場所に戻れない理由だった。
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