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十三
しおりを挟む――陰からの報告で、腹を抱えて笑う夜
王城、王太子私室。
夜の帳が下り、暖炉の火だけが部屋を照らしている。書類の山を崩すように椅子に座る王太子の前に、影が一つ、音もなく跪いた。
「――報告です、殿下」
低い声。
王家直轄の密偵だった。
「公爵家、当主代理オリビア様の件ですが……」
王太子は、片眉を上げる。
「続けろ」
「義妹殿下――現在“聖女”とされている方を、本日、強制的に引きずり出しました」
「ほう」
王太子は、楽しそうに口元を歪めた。
「泣き叫び、抵抗しましたが、庭の樹木を用いて拘束」
「現在は、神殿通いを“単独”で命じられています」
沈黙。
次の瞬間。
「――ははっ」
王太子が、吹き出した。
「一人で? 補助なし? 祈りの代打なし?」
「はい」
「……それは、詰んだな」
密偵は、少し言いにくそうに続ける。
「さらに、オリビア様はこう仰ったそうです」
間。
「『結果を出す限り、生活は保証する』」
「『価値が上がれば、高く売れる』と」
一瞬。
王太子は、言葉を失った。
そして。
「……っ、は……っははははは!!」
堪えきれず、腹を抱えて笑い出した。
「だ、だめだ……」
「これは……これは……」
椅子からずり落ちそうになりながら、必死に息を整える。
「この女……復讐じゃない……躾でもない……」
涙を浮かべながら、はっきり言った。
「育成ゲームだ」
側に控えていた側近が、ぎょっとする。
「で、殿下……?」
「分かるか?」
王太子は、笑いながらも目だけは冴えている。
「普通はな。嫌いな相手は潰す。邪魔なら追い出す。だが、オリビアは違う」
指を折る。
「逃げ道を塞ぐ。最低限の安全は確保する成果を条件に、報酬を与える」
「しかも」
くつくつと喉を鳴らす。
「本人に“努力させる”失敗したら、本人の責任、成功したら、利益は自分に返る」
側近が、青ざめた。
「……殿下、それは」
「ああ」
王太子は、楽しそうに頷く。
「完全に、経営者の発想だ。人材育成と投資回収」
そして、決定打。
「しかも、義妹本人に“私は商品です”と理解させた上でやっている」
沈黙。
側近は、思わず呟いた。
「……恐ろしいお方ですね」
「恐ろしい?」
王太子は、にやりと笑った。
「いや、違う」
窓の外、闇に沈む庭園を見やる。
「面白すぎる。しかもな」
声を落とす。
「本人は、悪いことをしている自覚がない。むしろ、“最善”だと思っている」
肩を揺らし、また笑う。
「神殿が嫌うわけだ。そして王家が無視できないわけだ」
王太子は、グラスを手に取り、軽く掲げた。
「これはもう、見守るしかない。手を出したら、負けだ」
影に向かって命じる。
「引き続き、観察を続けろ。余計な介入はするな」
「ただし」
にっこり。
「彼女が“完成”させる瞬間だけは、最前列で見たい」
密偵は、深く頭を下げた。
「――承知」
影が消えた後。王太子は、一人、ぽつりと呟く。
「……育成ゲームか、しかも、難易度地獄、リトライ不可、失敗=人生終了」
楽しそうに、心底楽しそうに。
「最高じゃないか」
その夜、王太子は久しぶりに、腹を抱えて笑い続けたという。
――公爵家で何が起きているのかを、 唯一、正確に理解してしまった男として。
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