16 / 50
十三
――陰からの報告で、腹を抱えて笑う夜
王城、王太子私室。
夜の帳が下り、暖炉の火だけが部屋を照らしている。書類の山を崩すように椅子に座る王太子の前に、影が一つ、音もなく跪いた。
「――報告です、殿下」
低い声。
王家直轄の密偵だった。
「公爵家、当主代理オリビア様の件ですが……」
王太子は、片眉を上げる。
「続けろ」
「義妹殿下――現在“聖女”とされている方を、本日、強制的に引きずり出しました」
「ほう」
王太子は、楽しそうに口元を歪めた。
「泣き叫び、抵抗しましたが、庭の樹木を用いて拘束」
「現在は、神殿通いを“単独”で命じられています」
沈黙。
次の瞬間。
「――ははっ」
王太子が、吹き出した。
「一人で? 補助なし? 祈りの代打なし?」
「はい」
「……それは、詰んだな」
密偵は、少し言いにくそうに続ける。
「さらに、オリビア様はこう仰ったそうです」
間。
「『結果を出す限り、生活は保証する』」
「『価値が上がれば、高く売れる』と」
一瞬。
王太子は、言葉を失った。
そして。
「……っ、は……っははははは!!」
堪えきれず、腹を抱えて笑い出した。
「だ、だめだ……」
「これは……これは……」
椅子からずり落ちそうになりながら、必死に息を整える。
「この女……復讐じゃない……躾でもない……」
涙を浮かべながら、はっきり言った。
「育成ゲームだ」
側に控えていた側近が、ぎょっとする。
「で、殿下……?」
「分かるか?」
王太子は、笑いながらも目だけは冴えている。
「普通はな。嫌いな相手は潰す。邪魔なら追い出す。だが、オリビアは違う」
指を折る。
「逃げ道を塞ぐ。最低限の安全は確保する成果を条件に、報酬を与える」
「しかも」
くつくつと喉を鳴らす。
「本人に“努力させる”失敗したら、本人の責任、成功したら、利益は自分に返る」
側近が、青ざめた。
「……殿下、それは」
「ああ」
王太子は、楽しそうに頷く。
「完全に、経営者の発想だ。人材育成と投資回収」
そして、決定打。
「しかも、義妹本人に“私は商品です”と理解させた上でやっている」
沈黙。
側近は、思わず呟いた。
「……恐ろしいお方ですね」
「恐ろしい?」
王太子は、にやりと笑った。
「いや、違う」
窓の外、闇に沈む庭園を見やる。
「面白すぎる。しかもな」
声を落とす。
「本人は、悪いことをしている自覚がない。むしろ、“最善”だと思っている」
肩を揺らし、また笑う。
「神殿が嫌うわけだ。そして王家が無視できないわけだ」
王太子は、グラスを手に取り、軽く掲げた。
「これはもう、見守るしかない。手を出したら、負けだ」
影に向かって命じる。
「引き続き、観察を続けろ。余計な介入はするな」
「ただし」
にっこり。
「彼女が“完成”させる瞬間だけは、最前列で見たい」
密偵は、深く頭を下げた。
「――承知」
影が消えた後。王太子は、一人、ぽつりと呟く。
「……育成ゲームか、しかも、難易度地獄、リトライ不可、失敗=人生終了」
楽しそうに、心底楽しそうに。
「最高じゃないか」
その夜、王太子は久しぶりに、腹を抱えて笑い続けたという。
――公爵家で何が起きているのかを、 唯一、正確に理解してしまった男として。
あなたにおすすめの小説
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
婚約破棄? ありがとうございます。やっと本当の人生が始まります
たくわん
恋愛
婚約破棄された令嬢がすべきことといえば、泣くか、喚くか、復讐を誓うか——らしい。
リーナ・フォスター公爵令嬢がしたことは、荷造りだった。
「冷たくて人を愛せない」と王太子に切り捨てられた夜、リーナは一度も振り返らずに王城を出た。向かった先は辺境の荒れ地。目的は薬草の栽培と薬品事業の立ち上げ。前世の記憶から温めてきた、誰にも言えなかった計画の実行だ。
リーナはそこで不器用だが誠実な騎士ヴァルターと出会う。一方、残された王太子とその新しい婚約者は、少しずつ、静かに、取り返しのつかない方向へと歩んでいたーー。
無能と言われた守護聖女、伝説の黒龍を目覚めさせてしまう――今さら「戻ってこい」と言われても、最強の夫が許してくれません!
阿里
恋愛
「浄化もできない無能など、我が家に必要ない!」
聖女の家系に生まれながら、奇跡を起こせないエルザは、婚約者のライナスと家族に捨てられ、魔物の森へと追いやられる。
死を覚悟した彼女が出会ったのは、深手を負った伝説の黒龍――ヴィクトールだった。
エルザの本当の力は、神の獣を癒やし、従える伝説の「守護」だったのだ。
ヴィクトールの最愛の妻として王都へ凱旋したエルザの前に、没落して泥にまみれた元婚約者が現れて……。
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
※不定期更新