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十四
――王太子、腹を抱えて笑う
午後の庭は、今日も平和だった。
オリビアは、浮遊クッションにだらりと寝転び、木漏れ日を全身で浴びている。枝が揺れ、葉が擦れ合い、風は必要な分だけ流れる。
完全に――
管理された怠惰だった。
「相変わらず、いい趣味だね」
境界の外から、呑気な声。
オリビアは、片目だけ開ける。
「あら。今日は堂々と来るんですね。覗き見係はお休みですか?」
「今日は公式じゃないからね」
王太子は、そう言って笑う。その後ろで、側近たちは一歩も前に出ない。
――学習済みだ。
ここから先に行くと、命の危険がある。
王太子は庭を見渡し、ふと思い出したように言った。
「そういえばさ」
にやり。
「この前の“商人”、あれは傑作だった」
オリビアは、目を閉じたまま答える。
「ああ、脱税と横流しと贋帳簿の人ですか?」
「軽く言うね!?」
王太子が噴き出す。
「“軽く”じゃないよ」
「あの人、泣きながら報告書書いてたからね?」
――数日前。
庭の外縁。
木々の境界を越えようとした男がいた。
豪奢な外套。
脂ぎった笑顔。
公爵家の名を盾に、不正な取引を持ちかけてきた悪徳商人。
「話だけでも――」
その瞬間。
地面が、盛り上がった。
根。
枝。
蔓。
一斉に。
「え?」
次の瞬間には、宙吊りだった。足首を絡め取られ、腰を固定され、最後は逆さま。
「ま、待ってくれ!交渉を――!」
返事はない。代わりに。枝が、きゅっと締まる。
――ボトッ。
財布が落ちる。
――ボトッ。
隠し帳簿。
――ボトッ。
偽の証文。
木々は、正直だった。悪徳商人は、荷物だけすべて吐き出され、最後は――
ぽい。
屋敷の門の外に、パンツ一丁で転がされた。
「……あれ、最高だった」
王太子は思い出し笑いをこらえきれない。
「木がね、ちゃんと選別するんだよ」
「悪意だけ、きれいに剥がす」
側近が青ざめている。
「殿下……」
「笑い事では……」
「いや、笑うだろ」
王太子は即答した。
「商人が“自然監査”を受ける世界だぞ?」
オリビアは、くすりと笑う。
「敵意があると、近づけないだけです」
「誠実なら、普通に通れますよ?」
「それが一番怖いって話!」
王太子は腹を抱えた。
「君さ」
「敵か味方か、感情じゃなく“性質”で判断してるだろ」
オリビアは、肩をすくめる。
「効率的ですから」
「ほら、そこ!」
指を差して、笑いながら言う。
「君、怖いよ?」
でも、その声は完全に楽しそうだった。
「悪徳商人を吊るして、義母を洗って、義妹を育成枠に放り込んで」
指を折る。
「全部“最適解”として処理してる」
オリビアは、欠伸を噛み殺す。
「問題あります?」
「ない」
王太子は即答。
「だから余計に怖い」
そして、にやりと笑った。
「しかも君、それを“日光浴のついで”でやるだろ?」
木々が、しゃらりと笑うように葉を揺らす。肯定。オリビアは目を閉じたまま言った。
「だらけるための環境整備です。邪魔は、排除するだけ」
「ほら、やっぱり!」
王太子は完全に腹を抱えた。
「この女、世界を“快適空間”に改造してる!」
側近は、顔面蒼白。
「殿下……」
「この方を敵に回したら……」
「終わりだね」
王太子は楽しそうに断言した。
「でもさ」
少しだけ声を落とす。
「こんな女が、国を壊そうとしないで、昼寝してるだけっていうのが――」
オリビアを見る。
「一番の幸運かもね」
オリビアは、薄く笑った。
「安心してください。今は、遊びですから」
木々が、ざわりと揺れた。
――今は。
王太子は、その含みを理解して、また声を上げて笑った。
「ははは!やっぱり、怖いよ君!」
けれど、その笑いには、恐怖よりも、好奇心と期待が混じっていた。
――この女が本気を出す日。
それを、一番楽しみにしているのは、間違いなく王太子だった。
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