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四十一
兄は、弟を不憫に思っている
――アレックス・フォン・ヴァンサイトの苦悩
アレックス・フォン・ヴァンサイトは、
王都の片隅にある報告室で、書類を一枚読み終え――静かに、天を仰いだ。
「…………」
言葉が、出ない。
西の公爵家当主代理。
軍務の責任者。
冷静沈着、判断の鬼。
その彼が、今、頭を抱えている。理由は単純だった。
(……カイザス)
弟の名前を、心の中で呼ぶ。報告書には、淡々とこう記されている。
・ハーベルト公爵邸常駐
・庭の安全管理を担当
・王太子と同席する機会、多数
・悪徳商人の心理的抑止に成功
・浮遊クッション周辺警備
「……最後はいらんだろ」
思わず、声が漏れた。浮遊クッション。あの弟が。隣国の精鋭騎士団を壊滅させ、
戦場で一度も背を見せなかった弟が。
(なぜ、庭で仁王立ちしている)
頭痛が、じわじわ来る。アレックスは、弟をよく知っている。
真面目。
融通が利かない。
使命感の塊。
そして――
「守護」と聞いたら、過剰に全力を出す男だ。
(だから言っただろう。“守護者”は便利屋じゃない、と)
だが、カイザスは聞かなかった。
いや、正確には――
理解した上で、引き受けたのだ。
(あの庭を見て“ここは放置したら危険だ”と判断したな)
そこまでは、いい。問題は、その先だ。別紙の追記。
・王太子セドリック殿下
→ 黒騎士に若干怯えている様子
・第二王子パトリック殿下
→ 黒騎士を「最後の良心」と認識
・悪徳勢力
→ 黒騎士を見ただけで自白率上昇
「……治安兵器か」
アレックスは、額を押さえた。
弟は、無自覚だ。
本当に、無自覚だ。
オリビアの庭が異常だということも、自分が“最後の砦”にされていることも、全部、真面目に受け止めている。
(不憫すぎる)
ふと、昔を思い出す。幼い頃。兄弟で剣を振っていた頃。
「兄上、守るとは何ですか?」
あの時の、真っ直ぐな目。
「……守るってのはな、全部受け止めることじゃない」
そう言ったはずだ。
だが、カイザスは――
結局、全部受け止めている。
王家の事情。
神殿の圧。
悪徳貴族の闇。
そして――
昼寝しながら世界を整理する女。
(よりによって、相手が悪すぎる)
アレックスは、深く息を吐いた。
「……会いに行くか」
弟の様子を、この目で確認する必要がある。
正直、怖い。
あの庭に入ったら、自分まで何かに“配置”されそうな気がする。
(だが)
兄として。
当主として。
弟が、過労死する前に――
止めねばならない。
アレックスは、決意を固めた。
「……せめて」
「浮遊クッション担当からは、外してやる」
その決意が、どれほど無謀か。
彼は、まだ知らない。
なぜなら――
配置を決めているのは、弟ではない。オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルトだからだ。
そして彼女は、
すでに次の駒を考えている。
(……次は)
(兄、かしら)
そんな予感が、なぜか脳裏をよぎり。アレックスは、理由も分からないまま、小さく震えた。
「……弟よ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「すまん。お前の配置、たぶん、正解だ」
不憫だが。
――必要なのだ。
この国には、あの庭には、真面目すぎる黒騎士が。
――アレックス・フォン・ヴァンサイトの苦悩
アレックス・フォン・ヴァンサイトは、
王都の片隅にある報告室で、書類を一枚読み終え――静かに、天を仰いだ。
「…………」
言葉が、出ない。
西の公爵家当主代理。
軍務の責任者。
冷静沈着、判断の鬼。
その彼が、今、頭を抱えている。理由は単純だった。
(……カイザス)
弟の名前を、心の中で呼ぶ。報告書には、淡々とこう記されている。
・ハーベルト公爵邸常駐
・庭の安全管理を担当
・王太子と同席する機会、多数
・悪徳商人の心理的抑止に成功
・浮遊クッション周辺警備
「……最後はいらんだろ」
思わず、声が漏れた。浮遊クッション。あの弟が。隣国の精鋭騎士団を壊滅させ、
戦場で一度も背を見せなかった弟が。
(なぜ、庭で仁王立ちしている)
頭痛が、じわじわ来る。アレックスは、弟をよく知っている。
真面目。
融通が利かない。
使命感の塊。
そして――
「守護」と聞いたら、過剰に全力を出す男だ。
(だから言っただろう。“守護者”は便利屋じゃない、と)
だが、カイザスは聞かなかった。
いや、正確には――
理解した上で、引き受けたのだ。
(あの庭を見て“ここは放置したら危険だ”と判断したな)
そこまでは、いい。問題は、その先だ。別紙の追記。
・王太子セドリック殿下
→ 黒騎士に若干怯えている様子
・第二王子パトリック殿下
→ 黒騎士を「最後の良心」と認識
・悪徳勢力
→ 黒騎士を見ただけで自白率上昇
「……治安兵器か」
アレックスは、額を押さえた。
弟は、無自覚だ。
本当に、無自覚だ。
オリビアの庭が異常だということも、自分が“最後の砦”にされていることも、全部、真面目に受け止めている。
(不憫すぎる)
ふと、昔を思い出す。幼い頃。兄弟で剣を振っていた頃。
「兄上、守るとは何ですか?」
あの時の、真っ直ぐな目。
「……守るってのはな、全部受け止めることじゃない」
そう言ったはずだ。
だが、カイザスは――
結局、全部受け止めている。
王家の事情。
神殿の圧。
悪徳貴族の闇。
そして――
昼寝しながら世界を整理する女。
(よりによって、相手が悪すぎる)
アレックスは、深く息を吐いた。
「……会いに行くか」
弟の様子を、この目で確認する必要がある。
正直、怖い。
あの庭に入ったら、自分まで何かに“配置”されそうな気がする。
(だが)
兄として。
当主として。
弟が、過労死する前に――
止めねばならない。
アレックスは、決意を固めた。
「……せめて」
「浮遊クッション担当からは、外してやる」
その決意が、どれほど無謀か。
彼は、まだ知らない。
なぜなら――
配置を決めているのは、弟ではない。オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルトだからだ。
そして彼女は、
すでに次の駒を考えている。
(……次は)
(兄、かしら)
そんな予感が、なぜか脳裏をよぎり。アレックスは、理由も分からないまま、小さく震えた。
「……弟よ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「すまん。お前の配置、たぶん、正解だ」
不憫だが。
――必要なのだ。
この国には、あの庭には、真面目すぎる黒騎士が。
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