皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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四十ニ

兄アレックス、庭に来て即「帰りたい」回

――常識人、異界に足を踏み入れる

 アレックス・フォン・ヴァンサイトは、門をくぐった瞬間に悟った。

(……ここ、帰りたい)

 いや、正確には――
 来てはいけない場所に来た。

 庭だ。

 ただの庭のはずだった。
 公爵家の、少し手入れが行き届いた庭。

 だが。

 空気が、違う。

 騒がしくない。
 静かすぎる。

 風は吹いているのに、音が整理されている。
 木々は揺れているのに、無駄がない。

 まるで――
 意思を持って配置された世界。

「……」

 思わず、足を止める。

 軍人としての勘が、全力で警鐘を鳴らしていた。

(戦場でも、ここまで整った気配は感じたことがない)

 横を見る。

 弟、カイザス・フォン・ヴァンサイトが立っている。

 いつも通り、黒鎧。
 いつも通り、無表情。

 ただし。

 立ち位置が、明らかにおかしい。

 浮遊クッションの斜め後ろ。
 半歩下がった位置。
 視界は庭全体。

(……護衛の立ち位置だな)

 問題は。

 誰を護衛しているかだ。



 視線の先。

 浮遊クッションの上で、
 完全に力を抜いて寝転がっている少女がいた。

 オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト。

 金髪は無造作。
 片脚は投げ出され、片腕はクッションの縁からだらり。

 ――だらしない。

 だが。

(……隙が、ない)

 アレックスは、ぞっとした。

 軍人として、何度も見てきた。
 本物の強者が持つ、緩み。

 油断ではない。
 自分が中心だと理解している者の姿勢。

 そして。

 オリビアが、目を開けた。

「……あら」

 半目。
 欠伸混じり。

 なのに。

 その瞬間、庭の空気が一段、澄む。

「新しい人ね」

 視線が、アレックスに向く。

 ――同時に。

 背後の木々が、わずかにざわりと揺れた。

(待て)

(俺、まだ何もしてない)

 敵意もない。
 武器にも触れていない。

 それでも。

 “評価”された感覚が、背骨を走る。

「……西の公爵家当主代理、アレックス・フォン・ヴァンサイトです」

 一礼。

 完璧な礼。

 王家相手でも通じる所作。

 だが。

「ふぅん」

 それだけ。

 オリビアは、興味なさそうに言った。

「弟さん、真面目よね」
「よく立ってる」

「……恐縮です」

(評価そこか!?)

 内心で叫びつつ、冷静を保つ。

 アレックスは、ちらりと弟を見る。

 カイザスは、いつも通りだ。

 だが。

 庭に溶け込んでいる。

(……あ)

(もう配置されてる)



 オリビアは、くるりと寝返りを打った。

 それだけで、
 枝の影が微妙に動き、日差しが調整される。

 自然すぎて、気づくのが遅れるほど。

「兄弟で来ると」
「空気、重くなるわね」

 アレックスの肩が、ぴくりと動いた。

(……感じ取られている)

 軍務の緊張。
 責任。
 判断の癖。

 全部。

「……今日は、ご挨拶に」

 そう言いかけた瞬間。

「帰りたい?」

 即座に、被せられた。

「……」

 沈黙。

 なぜ分かる。

 オリビアは、目を閉じたまま続ける。

「ここ、整理されすぎてて」
「考える人には、居心地悪いのよ」

 ――核心。

 アレックスは、はっきり理解した。

 この庭は、癒しの場所じゃない。

 判断を迫られる場所だ。

 立場も、責任も、
 余計な思考も、全部削られる。

(……危険だ)

 弟を見る。

 カイザスは、微動だにしない。

(不憫だが)
(適性は、ある)

 アレックスは、ゆっくり息を吐いた。

「……今日は」
「挨拶だけで、失礼します」

 オリビアは、片目だけ開ける。

「賢いわ」

 その一言で。

 木々が、ほんの少しだけ道を空けた。

 拒絶ではない。
 許可だ。

 アレックスは、即座に理解した。

(……今なら、帰れる)

 深く礼をし、踵を返す。

 背中に、オリビアの声が飛んできた。

「弟さん」
「大事にしなさい」

「壊れたら」
「替え、効かないから」

 ぞくり。

 アレックスは、歩きながら思った。

(……これは)

(俺が守る立場じゃない)

(むしろ)

 近づきすぎると、配置される

 門を出た瞬間。

 全身から、力が抜けた。

「……本当に」

 小さく呟く。

「帰りたい庭だった」

 背後で、カイザスが静かに言った。

「兄上」
「次は、もう少し慣れます」

「慣れるな」

 即答。

「慣れたら」
「終わりだ」

 アレックスは、心の底から確信していた。

 あの庭は――
 人を選ぶ。

 そして。

 自分は、
 選ばれない側でいい。

 それで、十分だと。

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