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四十五
兄アレックス、セドリックと酒を飲みながら
「……これ、詰んでるな」確認回
――逃げられない者たちの夜
場所は、王城の一室。
公式ではない。
記録にも残らない。
ただ「酒があるから」と用意された、私的な部屋。
卓の上には、度数の強い蒸留酒。
グラスは二つ。向かい合って座るのは、
セドリック・フォン・ヴェルトリナス。
王太子。
そして、
アレックス・フォン・ヴァンサイト。
西の公爵家嫡男。
どちらも、本来なら「弱音を吐く相手」ではない。
だが今夜だけは、違った。
最初に口を開いたのは、セドリックだった。
「……胃、痛い?」
「痛い」
即答。
間髪入れず、アレックスがグラスを煽る。
「三日前から、ずっとだ。医師には“原因不明”と言われた」
「俺もだ」
セドリックが、同じように酒を飲む。
「多分、同じ原因だ」
二人の視線が、自然と宙を彷徨う。
――あの庭。
――あの女。
「……行ったんだな」
アレックスが、静かに言う。
「ああ」
セドリックは、苦笑した。
「気づいたら、王太子としてじゃなく、“素材”として扱われていた」
「同じだ」
アレックスは、額を押さえる。
「俺は弟を救いに行った。気づいたら、悪徳貴族の“使い方”を教わっていた」
一拍。
「理解してしまった」
セドリックが、目を閉じる。
「それが、一番きつい」
「だろう?」
アレックスが、乾いた笑いを漏らす。
「分からなければ、逃げられた。だが、分かってしまった」
グラスを置く音が、やけに大きく響く。
「……なあ」
セドリックが、低く言った。
「俺、最近、王太子を降りる可能性を本気で考えてる」
アレックスの眉が、わずかに動く。
「……それ、本人に言ったか?」
「言った」
「どうだった?」
「姉妹二人に挟まれて、人格を分解された」
「……ああ」
深く、納得。
「それは、死ぬな」
「死んだ」
セドリックは、遠い目をした。
「一度、完全に」
しばらく、沈黙。
酒だけが減っていく。やがて、アレックスがぽつりと呟いた。
「……詰んでるな」
「うん」
即答。
「どの道を選んでも、彼女の“盤面”の上だ。王太子として行っても、人として行っても」
「評価される」
セドリックが、肩を落とす。
「評価されるのが、きつい」
「分かる」
アレックスは、真顔だ。
「普通は、立場で守られる。だが、あの庭では、立場が一番のハンデだ」
「……弟は?」
セドリックが、ふと思い出したように聞く。
「カイザスは」
「もう、腹を括ってる」
アレックスは、諦めたように言う。
「守護者として、覚悟完了だ。胃も、痛くなってない」
「強いな……」
「違う」
アレックスは、首を振った。
「あいつは、最初から、壊れてる」
セドリックが、吹き出した。
「はは……それは否定できない」
久しぶりに、二人で笑った。
だが、その笑いは長く続かない。
「なあ、アレックス」
セドリックが、真剣な声になる。
「もし俺が、王太子を降りたら」
一拍。
「どう思う?」
アレックスは、しばらく考え――
正直に答えた。
「国は、回る。混乱はする。だが、崩れない」
「……だよな」
セドリックは、息を吐いた。
「第二王子もいる」
「いる」
「神殿は喜ぶ」
「喜ぶ」
「貴族も、安心する」
「する」
全部、理解した上で。
アレックスは、静かに続けた。
「だが」
一拍。
「“彼女の庭”には、王太子としては、立てない」
その言葉が、決定打だった。
セドリックは、ゆっくりと立ち上がる。
「……やっぱり」
「詰んでるな」
アレックスも、グラスを置く。
「完全に」
二人は、顔を見合わせ――
同時に、深いため息を吐いた。
「……乾杯するか」
「何に?」
「“理解してしまった者たち”に」
グラスが、静かに触れ合う。
音は、小さい。
だが、
逃げ場のない確認としては、十分だった。
その夜。
王城の片隅で、二人の有能な男が一つの結論に達した。
オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルトから一度でも“理解”を得てしまった人間は、
もう元の世界には戻れない。
そして同時に。
それでも、行ってしまう自分たちが
一番どうしようもない。
翌朝。
二人とも、何事もなかった顔で職務に戻った。
胃薬を、懐に忍ばせながら。
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