皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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四十六

セドリック、第二王子に本音を聞きに行く

――兄として、王太子として、そして一人の男として

夜の王城は、昼とは別の生き物のようだった。

高い天井に灯る魔導灯は最小限。
長い回廊は音を吸い、足音だけが遅れて返ってくる。

セドリック・フォン・ヴェルトリナスは、
その回廊の途中で、立ち止まった。

第二王子の私室。
幼い頃は、何度もノックせずに入った場所。

だが今は――
扉一枚が、やけに遠い。

(……俺から来るのは、何年ぶりだ)

 王太子になってから、弟に会うときの自分は、いつも「上」だった。

 兄ではなく。
 王家の後継者として。

拳を握り、静かにノックする。

「……パトリック」

名を呼ぶ声が、思ったより低く掠れた。

 少しの間。
 中で、衣擦れの音。

「……入って」

扉が開く。

部屋は、整いすぎてもいなければ、散らかりすぎてもいなかった。

 本が積まれ、
 剣が壁に立てかけられ、
 書類が机の端に寄せられている。

途中で止まった生活。

 ――だが、放棄してはいない。

(……変わったな)

そう思った瞬間、その変化の原因が、即座に脳裏に浮かぶ。

 あの庭。
 あの女。

パトリックは椅子に腰掛けたまま、兄を見上げた。

 昔より、目が落ち着いている。
 だが、どこか棘もある。

「珍しいね。兄上から来るなんて」

 その声音に、皮肉はない。ただ、距離を測っている。

「……話がある」

 セドリックは、真正面に立った。

 回りくどい言い方は、やめた。

「率直に聞く」

 一拍。
 覚悟を決める。

「――もし俺が、王太子を降りたら、お前は、どう思う?」

 空気が、ぴたりと止まった。

 だが、驚きはなかった。

 パトリックは、目を伏せ、ゆっくり息を吐いた。

「……やっと聞いてくれたんだ」

 その一言に、
 セドリックの胸が、静かに軋んだ。

「正直に言っていい?」

「ああ」

 逃げない。
 それだけは、決めていた。

「じゃあ言う」

 パトリックは、兄をまっすぐ見た。

 逃げない目。

「兄上は、王になるために、生きすぎた」

 ――直球。

 反論は、浮かばなかった。

「判断も、責任感も、覚悟も」

「全部、完璧だと思う」

 一拍。

「でも、“自分で選んだ人生”を、一度も生きてない」

 胸の奥が、重く沈む。

 正論だった。

「兄上が王太子でいる限り、僕は、ずっと“比べられる弟”だ」

 声は穏やかだが、長年溜め込んだ感情が、滲んでいる。

「正直」
 パトリックは目を逸らした。
「嫌だったよ」

「兄上の背中が、大きすぎて」

 沈黙。

 セドリックは、何も言えなかった。

「でもね」

 パトリックは、ふっと小さく笑った。

「最近、やっと分かった」

「兄上が、全部、背負ってくれてたって」

 喉が、ひくりと鳴る。

「……それで?」

「だから、逆に言う」

 椅子から立ち上がり、
 兄の前に立つ。

「兄上が降りたいなら、降りてもいい」

 予想外に、真っ直ぐな声。

「国は回る。混乱はするけど、壊れはしない」

 一拍。

「そして、僕は、逃げない」

 それは、王になる宣言ではない。

 だが――
 逃げないという覚悟だった。

「王になる覚悟がある、とは言わない。でも、兄上の“代わり”として立つ覚悟は、ある」

 セドリックは、目を閉じた。

(……いつの間に)

 弟は、いつの間に、こんな重い言葉を口にするようになったのか。答えは、分かっている。

 あの庭だ。

「……パトリック」

 声が、少しだけ柔らぐ。

「俺は、王太子としてしか、お前を見てこなかったかもしれない」

 パトリックは、肩をすくめた。

「知ってる、でも、もういい。今は兄上が“兄”として来てくれたから」

 一拍。

「それだけで、十分だよ」

 胸の奥で、長く絡まっていた何かが、静かにほどけていく。

「……ありがとう」

 それは、王太子の声ではなかった。

 兄の声だった。

 パトリックは、にやりと笑う。

「で?」

「?」

「結局、兄上、あの庭に行くんでしょ?」

 完全に読まれている。

 セドリックは、苦笑した。

「……否定はしない」

「だと思った」

 深く息を吐き、真顔になる。

「でもさ」

 一歩、近づく。

「逃げるために行くな。選ぶために行け」

「王でも、王じゃなくても、兄上自身として」

 その言葉は、責めでも、皮肉でもない。

 弟なりの、願いだった。

 セドリックは、静かに頷く。

「ああ」

「……そうする」

 扉を閉めかけたとき、背後から声。

「兄上」

「なんだ」

「胃薬。あの庭に行く前に、飲んどいた方がいい」

 セドリックは、思わず吹き出した。

「……忠告として、受け取っておく」

 廊下に出る。

 夜は変わらず静かだ。

 だが、足取りは来たときより、確かに軽かった。

(……ありがとう、パトリック)

 そして、心の底で理解する。

(やっぱり)

(俺は、行くんだ)


 ――あの庭へ。

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