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4.テスト勉強と昔の思い出
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けれど翌日の放課後、約束通り二人で図書館にいくと、勉強机は他の生徒たちで満席になっていた。
「みんな考えることは同じなんだねぇ……」
うちの高校の図書館は結構広くて、机もそれなりに置いてある。なのにまさか、そのすべてが埋まってしまうとは。改めて定期試験の恐ろしさをひしひしと感じた。
「どうする? 昨日の店に行ってみるか?」
「うーん、あそこも人多そうだよね」
安いファーストフード店も、高校生の勉強スポットとしてはメジャーな場所だ。昨日の部活終わりは大して混んではいなかったが、テスト週間が始まってしまった今では、同じように図書室から溢れた人が、こぞって向かっているだろう。普通の客もいるとくれば、座れない可能性が高い。
「うちの家はどう? 悠理が嫌じゃなかったらだけど」
「嫌どころかめちゃくちゃ行きたい! けど、いいんですか?」
「うん。母さんがいるけど、悠理ならむしろ喜ぶと思う」
入学してすぐの頃、同じクラスに悠理がいたことを話すと、母さんは大興奮していた。絶対にいつか連れてきてと言われていたので、その約束を果たすにもちょうどいいかもしれない。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
「もちろん、案内するね」
悠理と二人並んで学校を出た。
俺の家は、高校から歩いて十五分くらいの住宅街にある一軒家だ。その住宅街は、悠理が昔住んでいたマンションがある場所でもある。
「悠理ってこの辺のこと、覚えてるの?」
「もちろん。この道、よく手を繋いで歩いてたよな」
「そうそう、だから前も思い出して繋ぎそうになっちゃって」
「校舎撮影した時か。俺的には全然繋いでもよかったんだけどなー」
「だから、冗談はいいって」
「冗談じゃないのに。なんなら今、繋いでみる?」
「大丈夫でーす」
思い出話に花を咲かせながら、俺と悠理は住宅街の道を歩んで行く。小さい頃は俺が先に立って歩いていたのに、今では横に並んで歩いている。感慨深くなると同時に、お互い変わったんだとしんみり感じる。
そうこうしているうちに、俺の家に到着した。
「ただいまー」
「お帰り……って誰よ隣のイケメンは!?」
出迎えてくれた母さんは、悠理を見て悲鳴を上げた。悠理に対するそういう反応を見るのも久々だ。
「母さん、サクラちゃんだよ。佐倉悠理」
「お久しぶりです。前に会ったのは十年前なので、覚えてないかもですが」
俺の紹介に続いて悠理が頭を下げると、母さんは目を丸くして息を呑んだ。
「えっ、美沙のところの? あの可愛い子、こんなにイケメンになってたの!?」
美沙とは悠理の母さんの名前だ。しかし母さんも小さい頃の悠理を可愛いと思っていたのか。悠理のことをそう思っていたのが自分だけじゃないと知り、内心ほっと息をついた。
可愛いと言われた悠理は特に機嫌を損ねた様子もなく、にこにこ笑って答えている。
「ハルには、教室でもサッカー部でも助けてもらっていまして」
「ああこの子、今はマネージャーなんでしょ? 上手くやれてる?」
「ちょっと、母さん……!」
母さんと、それから父さんには、サッカー部のマネージャーになったことを話している。中学の頃の事情を知っているからこそ、俺の選択を尊重し、マネージャーへの転向をすんなり受け入れてくれた。
そのことには感謝しているが、こんな風にあれこれ聞かれるのは恥ずかしい。まるで三者面談みたいだ。
「すごく色々手伝ってもらっていますよ。俺なんかハルがいないとやっていけないくらいで」
「あら~、仲良しねぇ。うちの子で良ければいつでもどうぞ」
「ふ、二人とも、ストップ!」
顔が熱くなるのを感じながら、俺は二人の間に割って入った。
友達と親が微笑ましげに自分の話をしている場面は、想像以上に恥ずかしい。
「余計な話終わり! ほら悠理、早く行くよ!」
「はは、照れなくてもいいのに」
「そうよ、悠理くんの話、もっと聞きたいわぁ」
「聞かなくていいです!」
俺はぐいぐいと悠理の背中を押しながその場を離れ、自分の部屋へと向かった。
俺の部屋はベッドと勉強机、四角い座卓を置いただけの、こぢんまりした部屋だ。壁際の本棚にも教科書とサッカー漫画が置かれているだけで、特別面白いものは何もない。あまり友達の家に遊びに行ったことはないので分からないが、かなりシンプルな方だとは思う。
「好きに座って。あんまり広くなくて申し訳ないけど」
俺はスクールバッグを勉強机に置きながら、悠理に声をかけた。彼はバッグを床に下ろして座卓の一片に腰掛けた後、部屋の中をぐるりと見渡した。
「昔より、ものが増えた?」
「あ、ああ……そうかも?」
悠理は小さい頃にもこの部屋へ遊びに来ている。確かにその頃は部屋に勉強机やベッドはなく、ただ本棚とおもちゃ箱が置かれていただけの、殺風景な部屋だった。けれど数回遊びに来ただけの悠理が、よく当時のことを覚えていたものだ。
「そりゃあ、ハルのことは何でも覚えてるって」
「すごいね、十年前のことなのに」
俺でさえ昔の自分の部屋は忘れかけているというのに、悠理は相当記憶力がいいらしい。本当に方向音痴以外には欠点が見当たらなくて驚いてしまう。
感心しながら見つめていると、何故だか悠理は唇を尖らせた。
「鈍いなぁ。ま、別にいいけどさ」
「ん、そうなの?」
よく分からないまま俺はひとまず適当に相づちをうちながら、バッグから勉強道具を出して悠理のすぐ横に腰掛ける。
俺が数学の教科書を開くと、悠理も国語の教科書を机に置いた。互いにそれぞれの教科のテスト範囲の問題を解きながら、分からないところを教え合っていく。
「その因数分解には、ここの部分に公式を当てはめればすぐ解けるよ」
「うわ、ほんとだ。全然思いつかなかった……」
「数学は公式とひらめきでなんとかなるからな。でも国語はさっぱり。なんだよ、著者の考えって」
「あはは、読解問題は迷うよね」
問題集を眺めながら眉間に皺を寄せる悠理に、俺は笑いながら解き方を教える。けれども分からないと言う割に、悠理の理解は早かった。ほかの教科と比べて国語が苦手と言うだけで、勉強自体は得意なのだろう。
俺たちは互いに教え、教えられながら、問題集を解いていく。けれど勉強開始から二時間ほど経ってくると、流石に集中力が切れてきた。
限界を迎えた俺は、机の上に突っ伏した。
「疲れた……ねえ悠理、一回休憩しない?」
「いいよ、俺もちょうどしたいと思ってたとこだし」
悠理もシャーペンを置いて、参考書をぱたりと閉じる。
勉強道具を机からおろし、綺麗になったテーブルの上に頬杖をついた。けれども途端に、それ以上何をすればいいのか分からなくなる。
学校であれば他愛のない雑談をしたり、SNSを見て面白そうな投稿を眺めたり、なにかと話の種は思いつく。けれども今は俺の部屋で、悠理とたった二人っきり。狭い部屋の中、壁に掛かった時計の秒針と、互いの呼吸音しか聞こえないこの状況では、妙に胸がざわざわして落ち着かない。
「なあハル、あそこに並んでるのってなに?」
なにかしなければと一人で焦っていると、ふと悠理が壁際の本棚を指さした。その先には、赤や青の背表紙の冊子が数冊並んでいる。
「アルバムだよ。昔から父さんが撮りためてたやつ」
父さんは写真を撮るのが趣味で、昔から俺の成長過程をカメラに収めては、アルバムに収めていた。その一部が、本棚に置かれているあのアルバムだ。
「マジで? じゃあ俺の小さい頃も載ってる?」
「多分ね。多分このアルバムに入ってるよ」
本棚から幼少期のころの写真が入った青い背表紙のアルバムを取り出し、机に広げた。ぺらぺらとページをめくっていくと、やがて公園で遊ぶ幼い俺の写真が現れる。
満面の笑みを浮かべてブランコからピースをしている俺。
滑り台の上から手を振っている俺。
写真の中に映った俺は、いつも自信満々な笑顔を浮かべていた。
「ハル、めちゃくちゃちっさい。かわいー」
「はは、小さい頃の写真を目の前で見られるのって照れるんだね」
あれこれ話ながら次のページをめくると、小さな俺が、くまのぬいぐるみを抱いた、さらさらの茶髪の綺麗な子と、手を繋いでいる写真が現れた。
「うわー、これって俺?」
「だね。この悠理、ほんと懐かしい」
きっと撮影されるのが怖かったのだろう、幼い悠理はぬいぐるみを抱きしめながら、涙を浮かべてカメラを見ていた。白い肌に艶やかな髪をした子供は人形のように可愛らしく、不安そうな顔は庇護欲を誘う。やはり今見ても、幼い悠理は女の子にしか思えなかった。
「この頃は可愛かったのに、今はびっくりするくらいイケメンになって……」
再会した時の衝撃を思い出し、ぽろりと本音が溢れてしまい、慌てて俺は口をつぐんだ。同じ男の俺に可愛いと言われれば、流石の悠理も気を悪くさせてしまうかもしれない。
けれども彼は怒るどころか、興味津々に俺の顔をのぞき込んできた。
「ハル、俺のことイケメンって思ってくれてるの?」
「ま、まあ、そりゃそうだよ」
思いも寄らない方向に話が飛び、俺は戸惑いながらも返答する。
「悠理以上にかっこいい人、俺も知らないし。昔は引っ込み思案だったのに、こんなにかっこよくなっててすごいと思う」
「……よかった、ハルにそう言ってもらえるのが一番嬉しい」
悠理は机に頬杖を突きながら、俺の方を眺めてきた。その瞳がなんだか優しくて、俺は思わずどきりとしてしまう。
「ハルは昔と変わってないよな。それですごく安心した」
「どこが? 俺的にはめちゃくちゃ変わったと思ってるけど」
出会ったばかりの頃にも似たような言葉を聞いた気がするが、どこをどう見ればそういう評価になるのか相変わらずわかっていなかった。自信のある笑顔も、快活そうな顔立ちも、今とは全く違っている。そもそもあの頃からまっすぐ育っていれば、こんな平凡な人間になっていない。
「性格かな。いろいろ俺を助けてくれるとこ」
「なにか助けたっけ……」
「たくさんあっただろ。入学式の日、迷ってた俺に声をかけてくれたり、方向音痴が周りにバレないよう協力してもらったり」
確かに入学当初は何かと悠理を連れて歩いていた。けれど。
「それは、でも……当たり前のことでしょ?」
困っている人がいて、自分にできることがあるなら助けてあげたい。それは世の中の常識だ。悠理に褒められるほど、大したことはしていないと思う。
けれども悠理はゆっくり首を横に振る。
「案外当たり前じゃなかったりするんだよ。そんなハルに、小さい頃の俺はずっと救われてたんだ。ハルがいなかったら、今の俺は絶対にいないよ」
すっと悠理が近づいてきて、こつりと肩が触れ合った。
「ハルの面倒見がいいところ、俺は好き」
どきりと胸が大きく跳ねた。触れあった肩を妙に意識してしまう。
悠理の「好き」にはきっと言葉に大した意味はない。
そもそも悠理は始めから何かと距離が近かった。だから今のも、友達や幼馴染みとして好ましいと言っただけだろう。
それを分かっているはずなのに、俺の心は一向に落ち着いてくれなかった。
「え、えと……ありがと。その、そろそろ勉強再開しよっか」
耳が熱くなるのを感じながら、俺はできるだけさりげなく身体を離してアルバムを閉じた。けれども悠理には、俺の動揺がバレてしまっていたようで。
「ふふ、りょーかい」
柔らかい目で微笑まれ、もはや顔から火を噴きそうだった。
その後もしばらく勉強を続けたが、結局悠理を意識しすぎたせいで、あまり集中できなかった。
「みんな考えることは同じなんだねぇ……」
うちの高校の図書館は結構広くて、机もそれなりに置いてある。なのにまさか、そのすべてが埋まってしまうとは。改めて定期試験の恐ろしさをひしひしと感じた。
「どうする? 昨日の店に行ってみるか?」
「うーん、あそこも人多そうだよね」
安いファーストフード店も、高校生の勉強スポットとしてはメジャーな場所だ。昨日の部活終わりは大して混んではいなかったが、テスト週間が始まってしまった今では、同じように図書室から溢れた人が、こぞって向かっているだろう。普通の客もいるとくれば、座れない可能性が高い。
「うちの家はどう? 悠理が嫌じゃなかったらだけど」
「嫌どころかめちゃくちゃ行きたい! けど、いいんですか?」
「うん。母さんがいるけど、悠理ならむしろ喜ぶと思う」
入学してすぐの頃、同じクラスに悠理がいたことを話すと、母さんは大興奮していた。絶対にいつか連れてきてと言われていたので、その約束を果たすにもちょうどいいかもしれない。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
「もちろん、案内するね」
悠理と二人並んで学校を出た。
俺の家は、高校から歩いて十五分くらいの住宅街にある一軒家だ。その住宅街は、悠理が昔住んでいたマンションがある場所でもある。
「悠理ってこの辺のこと、覚えてるの?」
「もちろん。この道、よく手を繋いで歩いてたよな」
「そうそう、だから前も思い出して繋ぎそうになっちゃって」
「校舎撮影した時か。俺的には全然繋いでもよかったんだけどなー」
「だから、冗談はいいって」
「冗談じゃないのに。なんなら今、繋いでみる?」
「大丈夫でーす」
思い出話に花を咲かせながら、俺と悠理は住宅街の道を歩んで行く。小さい頃は俺が先に立って歩いていたのに、今では横に並んで歩いている。感慨深くなると同時に、お互い変わったんだとしんみり感じる。
そうこうしているうちに、俺の家に到着した。
「ただいまー」
「お帰り……って誰よ隣のイケメンは!?」
出迎えてくれた母さんは、悠理を見て悲鳴を上げた。悠理に対するそういう反応を見るのも久々だ。
「母さん、サクラちゃんだよ。佐倉悠理」
「お久しぶりです。前に会ったのは十年前なので、覚えてないかもですが」
俺の紹介に続いて悠理が頭を下げると、母さんは目を丸くして息を呑んだ。
「えっ、美沙のところの? あの可愛い子、こんなにイケメンになってたの!?」
美沙とは悠理の母さんの名前だ。しかし母さんも小さい頃の悠理を可愛いと思っていたのか。悠理のことをそう思っていたのが自分だけじゃないと知り、内心ほっと息をついた。
可愛いと言われた悠理は特に機嫌を損ねた様子もなく、にこにこ笑って答えている。
「ハルには、教室でもサッカー部でも助けてもらっていまして」
「ああこの子、今はマネージャーなんでしょ? 上手くやれてる?」
「ちょっと、母さん……!」
母さんと、それから父さんには、サッカー部のマネージャーになったことを話している。中学の頃の事情を知っているからこそ、俺の選択を尊重し、マネージャーへの転向をすんなり受け入れてくれた。
そのことには感謝しているが、こんな風にあれこれ聞かれるのは恥ずかしい。まるで三者面談みたいだ。
「すごく色々手伝ってもらっていますよ。俺なんかハルがいないとやっていけないくらいで」
「あら~、仲良しねぇ。うちの子で良ければいつでもどうぞ」
「ふ、二人とも、ストップ!」
顔が熱くなるのを感じながら、俺は二人の間に割って入った。
友達と親が微笑ましげに自分の話をしている場面は、想像以上に恥ずかしい。
「余計な話終わり! ほら悠理、早く行くよ!」
「はは、照れなくてもいいのに」
「そうよ、悠理くんの話、もっと聞きたいわぁ」
「聞かなくていいです!」
俺はぐいぐいと悠理の背中を押しながその場を離れ、自分の部屋へと向かった。
俺の部屋はベッドと勉強机、四角い座卓を置いただけの、こぢんまりした部屋だ。壁際の本棚にも教科書とサッカー漫画が置かれているだけで、特別面白いものは何もない。あまり友達の家に遊びに行ったことはないので分からないが、かなりシンプルな方だとは思う。
「好きに座って。あんまり広くなくて申し訳ないけど」
俺はスクールバッグを勉強机に置きながら、悠理に声をかけた。彼はバッグを床に下ろして座卓の一片に腰掛けた後、部屋の中をぐるりと見渡した。
「昔より、ものが増えた?」
「あ、ああ……そうかも?」
悠理は小さい頃にもこの部屋へ遊びに来ている。確かにその頃は部屋に勉強机やベッドはなく、ただ本棚とおもちゃ箱が置かれていただけの、殺風景な部屋だった。けれど数回遊びに来ただけの悠理が、よく当時のことを覚えていたものだ。
「そりゃあ、ハルのことは何でも覚えてるって」
「すごいね、十年前のことなのに」
俺でさえ昔の自分の部屋は忘れかけているというのに、悠理は相当記憶力がいいらしい。本当に方向音痴以外には欠点が見当たらなくて驚いてしまう。
感心しながら見つめていると、何故だか悠理は唇を尖らせた。
「鈍いなぁ。ま、別にいいけどさ」
「ん、そうなの?」
よく分からないまま俺はひとまず適当に相づちをうちながら、バッグから勉強道具を出して悠理のすぐ横に腰掛ける。
俺が数学の教科書を開くと、悠理も国語の教科書を机に置いた。互いにそれぞれの教科のテスト範囲の問題を解きながら、分からないところを教え合っていく。
「その因数分解には、ここの部分に公式を当てはめればすぐ解けるよ」
「うわ、ほんとだ。全然思いつかなかった……」
「数学は公式とひらめきでなんとかなるからな。でも国語はさっぱり。なんだよ、著者の考えって」
「あはは、読解問題は迷うよね」
問題集を眺めながら眉間に皺を寄せる悠理に、俺は笑いながら解き方を教える。けれども分からないと言う割に、悠理の理解は早かった。ほかの教科と比べて国語が苦手と言うだけで、勉強自体は得意なのだろう。
俺たちは互いに教え、教えられながら、問題集を解いていく。けれど勉強開始から二時間ほど経ってくると、流石に集中力が切れてきた。
限界を迎えた俺は、机の上に突っ伏した。
「疲れた……ねえ悠理、一回休憩しない?」
「いいよ、俺もちょうどしたいと思ってたとこだし」
悠理もシャーペンを置いて、参考書をぱたりと閉じる。
勉強道具を机からおろし、綺麗になったテーブルの上に頬杖をついた。けれども途端に、それ以上何をすればいいのか分からなくなる。
学校であれば他愛のない雑談をしたり、SNSを見て面白そうな投稿を眺めたり、なにかと話の種は思いつく。けれども今は俺の部屋で、悠理とたった二人っきり。狭い部屋の中、壁に掛かった時計の秒針と、互いの呼吸音しか聞こえないこの状況では、妙に胸がざわざわして落ち着かない。
「なあハル、あそこに並んでるのってなに?」
なにかしなければと一人で焦っていると、ふと悠理が壁際の本棚を指さした。その先には、赤や青の背表紙の冊子が数冊並んでいる。
「アルバムだよ。昔から父さんが撮りためてたやつ」
父さんは写真を撮るのが趣味で、昔から俺の成長過程をカメラに収めては、アルバムに収めていた。その一部が、本棚に置かれているあのアルバムだ。
「マジで? じゃあ俺の小さい頃も載ってる?」
「多分ね。多分このアルバムに入ってるよ」
本棚から幼少期のころの写真が入った青い背表紙のアルバムを取り出し、机に広げた。ぺらぺらとページをめくっていくと、やがて公園で遊ぶ幼い俺の写真が現れる。
満面の笑みを浮かべてブランコからピースをしている俺。
滑り台の上から手を振っている俺。
写真の中に映った俺は、いつも自信満々な笑顔を浮かべていた。
「ハル、めちゃくちゃちっさい。かわいー」
「はは、小さい頃の写真を目の前で見られるのって照れるんだね」
あれこれ話ながら次のページをめくると、小さな俺が、くまのぬいぐるみを抱いた、さらさらの茶髪の綺麗な子と、手を繋いでいる写真が現れた。
「うわー、これって俺?」
「だね。この悠理、ほんと懐かしい」
きっと撮影されるのが怖かったのだろう、幼い悠理はぬいぐるみを抱きしめながら、涙を浮かべてカメラを見ていた。白い肌に艶やかな髪をした子供は人形のように可愛らしく、不安そうな顔は庇護欲を誘う。やはり今見ても、幼い悠理は女の子にしか思えなかった。
「この頃は可愛かったのに、今はびっくりするくらいイケメンになって……」
再会した時の衝撃を思い出し、ぽろりと本音が溢れてしまい、慌てて俺は口をつぐんだ。同じ男の俺に可愛いと言われれば、流石の悠理も気を悪くさせてしまうかもしれない。
けれども彼は怒るどころか、興味津々に俺の顔をのぞき込んできた。
「ハル、俺のことイケメンって思ってくれてるの?」
「ま、まあ、そりゃそうだよ」
思いも寄らない方向に話が飛び、俺は戸惑いながらも返答する。
「悠理以上にかっこいい人、俺も知らないし。昔は引っ込み思案だったのに、こんなにかっこよくなっててすごいと思う」
「……よかった、ハルにそう言ってもらえるのが一番嬉しい」
悠理は机に頬杖を突きながら、俺の方を眺めてきた。その瞳がなんだか優しくて、俺は思わずどきりとしてしまう。
「ハルは昔と変わってないよな。それですごく安心した」
「どこが? 俺的にはめちゃくちゃ変わったと思ってるけど」
出会ったばかりの頃にも似たような言葉を聞いた気がするが、どこをどう見ればそういう評価になるのか相変わらずわかっていなかった。自信のある笑顔も、快活そうな顔立ちも、今とは全く違っている。そもそもあの頃からまっすぐ育っていれば、こんな平凡な人間になっていない。
「性格かな。いろいろ俺を助けてくれるとこ」
「なにか助けたっけ……」
「たくさんあっただろ。入学式の日、迷ってた俺に声をかけてくれたり、方向音痴が周りにバレないよう協力してもらったり」
確かに入学当初は何かと悠理を連れて歩いていた。けれど。
「それは、でも……当たり前のことでしょ?」
困っている人がいて、自分にできることがあるなら助けてあげたい。それは世の中の常識だ。悠理に褒められるほど、大したことはしていないと思う。
けれども悠理はゆっくり首を横に振る。
「案外当たり前じゃなかったりするんだよ。そんなハルに、小さい頃の俺はずっと救われてたんだ。ハルがいなかったら、今の俺は絶対にいないよ」
すっと悠理が近づいてきて、こつりと肩が触れ合った。
「ハルの面倒見がいいところ、俺は好き」
どきりと胸が大きく跳ねた。触れあった肩を妙に意識してしまう。
悠理の「好き」にはきっと言葉に大した意味はない。
そもそも悠理は始めから何かと距離が近かった。だから今のも、友達や幼馴染みとして好ましいと言っただけだろう。
それを分かっているはずなのに、俺の心は一向に落ち着いてくれなかった。
「え、えと……ありがと。その、そろそろ勉強再開しよっか」
耳が熱くなるのを感じながら、俺はできるだけさりげなく身体を離してアルバムを閉じた。けれども悠理には、俺の動揺がバレてしまっていたようで。
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