女の子だと思っていた幼馴染みが、イケメン王子になっていました。

紅林オト

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8.君の隣へ立てるように

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 翌朝。俺は朝七時にジャージに着替え、山本と有岡と共にグラウンドに立っていた。
「ふぁあ……どうした一ノ瀬。こんな早くから」
「一応言われた通りジャージで来たが……何をするんだ?」
 ジャージ姿の二人はまだ眠いのか、それぞれあくびをしたり目を細めたりしている。当たり前だ。七時に登校しようと思ったら、五時や六時に起きなければならないのだから。それでも昨日の夜に連絡して、朝こうしてちゃんと来てくれた二人には感謝しかない。
「お願い。今日からクラスマッチまでの朝、サッカーの練習に付き合って」
 俺は二人に向かって深く頭を下げる。目の前の二人がうろたえる気配がした。
「なっ、なんだよ突然かしこまって」
「サッカーなんていくらでも付き合う。だが、一ノ瀬はいいのか。色々あったんだろう?」
「大丈夫だよ。もう、決めたんだ」
 有岡の問いに、俺は頷きこれまでのことを二人に話す。
 ――中学時代にサッカー部だったこと。
 ――県大会決勝のPKを外して試合が怖くなったこと。
 ――それからずっと試合から逃げていたけど、変わる覚悟を決めたこと。
「だから、クラスマッチにはサッカーで出ることに決めた」
 山本と有岡に連絡したのと同時に、委員長にもクラスマッチはサッカーにすると昨日の夜、メッセージを送っておいた。
 だからこそもう、後戻りはできない。後戻りする気も、ない。
「トラウマの原因はPKだから、たくさんPK戦の練習をすれば、きっと乗り越えられると思って。二人にはその練習を手伝ってほしい」
 話し終えた俺を、二人はじっと見つめていた。その唇は、固く結ばれている。そのまま沈黙が続き、俺はだんだん不安になってきた。
「えっと……ごめん。こういう話って、重いよね。それに有岡は……クラスマッチ当日は敵になる訳だし」
「んな訳ないだろぉ!」
「うわあっ!?」
 突然山本が飛びついてきて、俺はバランスを崩しかける。山本はそのまま俺を抱きしめて、わしゃわしゃと髪の毛を撫でてきた。勢いに耐えきれず、俺の頭はぐらぐらと左右に揺らされる。
「ちょ、山本、いきなりどうしたの」
「一ノ瀬ぇ! お前っ、すごいじゃねぇか! そんなっ、いろいろ辛かったのに、覚悟決めて……っ!」
「え……まさか、泣いてる?」
 ずぴずぴと鼻をすする音に顔を上げると、山本の目から大粒の涙が溢れていた。元々純粋な彼だったが、ここまで他人に感情移入できるといっそ尊敬してしまう。
「おい、その辺にしろ。佐倉にバレたら面倒だ」
「うげっ」
 有岡がため息をつきながら山本の襟首を持って、俺から引き剥がしてくれた。お陰で解放されはしたが、まだ頭が揺れている気がする。きっと髪の毛はぼさぼさだろう。
 山本から手を離した有岡は、俺の方に伺うような目を向けてきた。
「もちろん、一ノ瀬には協力をする。だが、俺たちだけでいいのか? 佐倉も呼んだ方が、一ノ瀬もやりやすいのでは?」
「ううん、悠理には秘密にしておきたくて」
 悠理は今まで、たくさん俺に時間を使ってくれた。これ以上悠理の時間を奪って、新しい毎日を送る彼の邪魔をしたくはない。
「だから二人も、悠理には内緒にしていて」
 俺が頭を下げると、二人はなぜか唇をへの字に曲げた。
「ま、まあ……頑張るよ」
「隠し通せるかは微妙だが……努力はしよう」
 歯切れの悪い返事だったが、この二人ならわざと漏らすことはないだろう。そう思えるくらいに、俺は二人を信用していた。
「ありがとう。それじゃ、練習始めてもいい?」
 俺が脇に置いたサッカーボールを抱えて問うと、山本と有岡は笑顔で頷いてくれた。
「おっけー! 俺、キーパーやるわ!」
「なら俺は、悠理と一緒にシュートをしよう」
 山本はゴール前、俺と有岡はキックの位置にそれぞれ散らばる。山本がゴール前に立ち、こちらを向いて両手を広げたのを見て、俺はサッカーボールを地面に置いた。
(クラスマッチで俺がサッカーしていたら、悠理はどんな顔をするかな)
 願わくはそれが笑顔であればいいと思いながら、俺は二人と練習を進めていった。


 けれど物事は、そう上手く運ばないもので。


 翌日の朝。同じく練習をしにグラウンドに出ると小さく縮こまった二人と一緒に、悠理が仁王立ちになっていた。
「な、なんで……?」
「そっちこそ何してるの、ハル?」
 ごまかそうにもジャージを着てサッカーシューズを履き脇にボールを抱えた姿で、体の良い言い訳ができるはずもない。
「ええっと……さ、サッカーの練習……?」
「うん、見ればわかる」
 ジャージ姿の悠理は俺をじっと見下ろしながらにっこり微笑んだ。一見穏やかそうな表情なのに、鋭い切り返しも相まって、何故だか鬼のように恐ろしい。
 助けを求めようと後ろの山本と有岡を振り返る。しかし二人は揃って首を横に振った。
「ううっ、ごめん一ノ瀬……やっぱり佐倉に隠すなんて無理だったんだ……」
「昨日の朝にグラウンドから帰ってくるところを目撃されていてな……佐倉は探偵でも目指せるんじゃないかと思う」
「頑張ってくれてありがとう、二人とも……」
 見るからにしょんぼりしている二人にフォローを入れる。二人は何も悪くない。ただ悠理が想像以上に鋭かっただけだ。
「ちょっと、今話してるのは俺だろ」
「ご、ごめん……」
 慌てて振り返ると、悠理がふてくされたように口を尖らせている。気まずくなる反面、なんだか胸が疼いてしまう。だって他の人と話してそんな顔をするなんて……まるで俺のことを気にしているみたいだ。
「なんでサッカーの練習を始めたの?」
「クラスマッチにサッカーで出るからです……」
 悠理は目を大きく見開いた。
「本気?」
「本気だよ」
「トラウマがあったんじゃなかったの」
「それを克服するために、決めたんだ」
 俺は悠理に中学時代のことと、サトセンに相談したこと、クラスマッチに出ると決めた事情を話した。もちろん克服したその先、悠理と一緒にいたいと思っているなんて恥ずかしいことは伏せて。
 けれど話が進む事に、悠理の顔はだんだん険しくなっていった。唇を固く引き結び、視線が下へと落ちていく。
 やがて全てを話し終える頃、悠理は完全にうつむいてしまっていた。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。けれどもどれが悠理の気を悪くしたのか、俺にはまったく検討がつかない。
「その……ごめん」
 どうすればいいか分からなくて、小さく頭を下げる。
 すると悠理は顔を上げ、むすっとしながら俺を見た。
「なんで謝るの」
「悠理が怒ってるから」
「怒ってない……妬いてるだけ」
「やいてる?」
 やいている。焼いている。妬いている。
 目の前の悠理は、ジャージでグラウンドに立っているだけだ。断じてバーベキュー中などではない。つまり今のは、後者が正解で。けれど俺には、訳が分からなかった。
「えっ……嫉妬? どうして悠理が」
「いや、しないわけないだろ。サトセンはまだ良いとして、山本と有岡までハルに頼られてるんだから。俺は声もかけられなかったのに……」
「でも、悠理には今までたくさん頼らせてもらったし……それに彼女とか、クラスの他の人たちと仲良くしてるから、迷惑かなって……」
 口にしてから後悔した。これだと自分が他の人に嫉妬しているみたいだった。実際、していないとは言い切れないけれど。
 俺の言い訳を聞いた悠理は、更に険しくした。苛立たせてしまったのかと思ったが、彼の口から出たのは予想外の言葉だった。
「彼女なんていないし、他の人もどうだっていい。ハルに頼られなかったら、意味がないんだ」
 彼女がいない。他の人も関係ない。
 それを知れたことには安堵しつつも、驚きと疑問の方が勝った。確かに悠理は、ずっと俺に頼られようとしていたと思う。けれど「意味がない」とまで言うのは……なんというか、少し行きすぎている気がする。
「どうしてそこまで……」
「だって俺は、ハルのために今の自分を作ったんだから」
「どういうこと?」
 ――ハルがいなければ、今の俺はいない。
 以前にも悠理はそう言っていた。けれど俺の方から悠理が変わるために何かをした記憶はない。
「俺、小さい頃は怖がりで、よく他の奴に苛められてただろ。それでいつもハルに助けてもらってたよな」
「うん……そうだったね」
「そんなハルが、俺はヒーローみたいで大好きだったんだ」
「へ、へえ……」
 ヒーローと言われると、流石に少し恥ずかしい。しかも「大好き」の台詞でダブルパンチを受け、頬が熱くなってしまう。
「だからさ、北海道へ引っ越すことになった時は、本当に苦しかったんだ。引っ越しの後、引きこもっちゃうくらいには」
 悲しさのあまり引っ越ししてからは外にも出ず、家の中でも遊ばなくなってしまった悠理。そんな彼に、悠理のお母さんが言ったという。
 ――きっといつかまた会えるから。そのとき笑って「久しぶり」って言えるように、今は元気を出さないとね。
「母さんの話で、俺はハルにまた会うときのために頑張った。怖がるのをやめて、自信をつけて、強くなるためサッカーも始めた。また会えた時、ハルにかっこよくなった自分を見せたい。もしもハルが困ってたら、小さい頃に助けてもらった分、今度は俺がハルを助けたい。そう思いながら」
「……っ」
 知らなかった。悠理が変わった理由が、まさか俺だったなんて。
 言葉を出せない俺に、悠理はふっと微笑んだ。その瞳はとてもやさしくて、きゅうと胸が締め付けられる。
「俺は小さい頃から、今でもずっと、ハルが好きなんだ。今の俺は全部ハルのためにあるんだから、遠慮なく俺を頼ってよ」
 いつになく優しくて、少し照れたような悠理の表情。さすがの俺でも、今告げられた「好き」が友達に対するものではないとすぐにわかった。
 とくり、とくりと心臓が動く。
 そうか、悠理も同じだったんだ。
 俺は悠理とまた一緒にいたくて、自分を変える決意をした。同じように、昔の悠理も自分を変えたんだ――俺と再会したときのために。
(どうしよう、すごく嬉しい……)
 小さい頃からずっと、再会を信じて俺のことを考えていてくれたなんて。単に「好き」と言われるよりも、強い想いが伝わってくる。
(俺もまた、悠理のことが好きになったよ)
 悠理の思いに応えて、今すぐそう叫びたかった。
 そして前みたいに――前よりももっとたくさんの時間を、二人で一緒に過ごせるようになりたかった。
 けれどまだ、俺は十分変われていない。思いを伝える前に――悠理の隣に立つ前に、越えなければいけない壁がある。
 だから。
「じゃあ、悠理にも練習お願いしようかな。ビシバシ鍛えてね」
「ハル……!」
 悠理は笑顔をほころばせ、俺の身体を抱きしめてきた。
 温かな体温に包まれて、悠理が側に戻ってきてくれたことを実感する。じんわりと心が熱くなり、視界が少しだけ滲んできた。
「またよろしく、悠理」
「こっちこそ……!」
 俺を抱きしめた悠理の肩は少し震えていた。きっと悠理も、元の関係に戻れたことを喜んでくれているのだろう。それがなんだか嬉しくて、悠理の背中に手を回そうとする。
 だがそのとき、ゴホンと大きな咳払いが後ろから聞こえた。
「えー、そこのお二人さん。お熱いところ悪いんですけど、俺たちのこと忘れちゃいませんかねー」
「早く練習しないとチャイムが鳴るぞ」
 振り向くと、こちらをじっとり見つめる山本と有岡と目が合った。
「あ……」
 顔から一気に炎が噴き出す。完全に見られていることを忘れていた。
 そろりと悠理の身体から手を離し、恐る恐る顔を見上げると小さな笑みがこぼれてきた。
「ごめん、我慢できなくて」
 悠理は耳を真っ赤に染めていた。その笑顔が、かっこいいのになんだかかわいくも見えてしまう。
 俺たちを急かすように、山本が手を叩いた。
「ほらほら、始めるぞ! 佐倉はキーパーな!」
「え、俺もハルと一緒に蹴りたいんだけど。山本がやればいいだろ」
「俺は昨日やったの。佐倉が一番、背が高いんだし、ちょうどいいだろ。はい移動!」
「はいはい、仕方ないな」
 山本にゴールを指さされ、悠理はため息をつきながらタタタッと移動していく。キーパーの準備ができたところで、有岡が俺に目配せした。
「一ノ瀬、ボールをそこに」
「うん」
 脇に置いていたサッカーボールを、PKの位置に置く。そこから数歩下がって正面を見ると、悠理が俺の方に構えて立っていた。
(克服、できるよね)
 きっと大丈夫だ。なにせ今の俺には、山本も有岡も――悠理もついているのだから。
「いくよ、悠理!」
「こい、ハル!」
 十月の、白んだ秋空の下。冷えた朝の空気を吸い込み、俺はボールを強く蹴り出した。
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