アルサードの乙女達 CODE:AW SIDE EPISODE Ⅰ

黒咲鮎花

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第二章 アルサードの乙女達

冷たき空の流れ星

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 2026年8月25日。火曜日。18時47分。
 温泉旅館 星嶺閣せいれいかく 露天風呂。

 それから私達は旅館に着いた後、温泉に浸かる。
 露天風呂となっているこの場所から、山奥に落ちる夕日が見える。とても綺麗だ。

「――北條。蒼依はどうしたの?」

 露天風呂に、蒼依さんの姿はない。休憩所からこの旅館に帰るまで、蒼依さんとは何も話せなかった……。

『これからどうするかは、まだ決めることが出来ずにいます…… ずっと考えていましたが、そろそろ答えを出さなければならないでしょうね……』

 あの言葉を聞く限り、もう決意は固まってるような気もした……。

「北條――聴いてるの?」

 そこで初めて松雪さんから声をかけられていることに気づく。

「すみません。ちょっとのぼせてたのかも……」

「大丈夫? 蒼依の姿が見えないようだけど…… 何かあったのかしら?」

 ダメだ…… 何も言葉が出ない。蒼依さんの心境も、過去のことも……。

「まあ――大体想像が付くけど」

 そう言うと松雪さんは静かに隣で湯船に浸かる。

「蒼依ちゃんさ。ずっと何か引きずってるよね…… 真理奈さん居たときはすごく笑ってたんだよ。ほんとに仲の良い姉妹のようだった。蒼依ちゃんがあそこまで剣を振るえるようになったのは真理奈さんの熱心な指導があったからだしね」

 千里さんが心配そうにそういった。

「蒼依さん、常に一歩引いてる…… 真理奈さんがいなくなった後、余計に距離を取るようになったね……」

 と、千鶴さん。

「心を許しているのは――北條にだけ、ね。だから真由様に進言したのだけど、結果は皆の知っている通りよ」

「松雪先輩は、橘先輩のことどう思っているんですか? 私、前から思っていたのですけど、女学院四年生の先輩を呼び捨てにするのは如何なものかと思うのですけど?」

 結衣花ちゃんが松雪さんにそう言った。ちょっと結衣花ちゃんは怒っているような気もする。

「結衣花、私が名前を呼び捨てにするのは――好意の証よ。それと同時に私を呼び捨てにしても構わないわ」

(と、言うことは…………)

「わたしはね…… うわべの付き合いが嫌いなの。顔色を窺って、気を遣って…… 本音を言えない関係に何の意味があるの? 生まれも違えば考え方だって違うわ。意見がぶつかりあうことは必然なの」

 松雪さんは低く冷めた声でそう言った。

 なんだか松雪さんも…… 何処かに寂しさを抱え込んでいる……。

 真由様と上條聖司祭がパートナーに松雪さんを選んだ理由……。

『確かに、橘さんは色々な苦悩があって、その心も人より繊細かもしれません。ですが、松雪さんだからこそ、その気持ちをより深く理解できると思うのです。AMGEはそのパートナーが最適かつ最大の力を発揮できるよう配置しています。それを分かっては――頂けないでしょうか?』

 真由様のお言葉。つまり、松雪さんも…… 蒼依さんと同じくらい辛い気持ちを抱えている……?

「じゃあ――鮎香ちゃんには、好意を抱いていないということですね?」

 結衣花ちゃんが湯船から立ち上がり、松雪さんを見下ろしそう言った。それと同時に立ち上がる松雪さん。

「ええ、そうよ。ですもの。皆も霊力では北條の足下にも及ばないでしょう? 油断しているとAMGE第一位は北條が就くことになるわよ」

(私が…… 松雪さんのライバル……?)

「彩奈、流石にそれは言い過ぎじゃないの? 鮎香ちゃんには悪いけど、幾ら霊力に特化してるからって聖杖すら満足に使えないのよ? AMGE第一位は務まらないわ。それに第一位は今でも真理奈さんよ」

 千里さんまで立ち上がりそう言うが……。

「そう――。貴女達には北條のだけしか見えていないのね……」

(え……?)

 わたしは湯船に浸かったまま、体を動かせなかった……。松雪さんの言っていることに、頭が追いつかない……。

「北條。あまり長く浸っていると、体に悪いわよ。そろそろ上がりましょう」

 そう言って手を差し出してくれた松雪さん。私はその手を掴む。

「気を悪くしたなら謝るわ。皆で美味しい夕食を食べましょう」

 そして私達は温泉を出たあと、夕食の用意された個室へと向かったのだった。


 個室に用意された夕食は豪華だった。大きなお座敷のテーブルに盛られた数々の逸品は、お嬢様二人の舌も満足させたようだ。皆がある程度料理を食べ小休止を挟んだ後、千里さんが口を開いた。

「で――蒼依ちゃんの様子はどうだった?」

 このお座敷に蒼依さんの姿はない。何やら具合を悪くしたようで、自室で休んでいるようだった。様子を心配して一通りの料理を皿に盛り、松雪さんが持って行ったのが20分ほど前のことだ。

「少し微熱が出てたみたい。蒼依は色々デリケートなところがあるから、少し安静にしていれば問題ないはずよ」

「そっか…… 明日はまた元気に旅行を満喫出来るといいね」

 千里さんは20歳を超えているからお酒を飲んでいる。地酒の日本酒のようだ。どうやら千鶴さんもお酒が好きらしい。まったりと外を見ながら日本酒を飲んでいる。

「千里――少し貰うわよ」

 そう言うと、徳利に入った日本酒を千里さんのおちょこに並々注ぎ、それをゆっくり味わうように飲んでいく松雪さん。

「松雪さん――まだ未成年ですよね?」

「北條――堅いこと言わないで。ああ、私の事は彩奈と呼び捨てで構わないわ。私のライバルである以上、それは許してあげる」

「彩奈、わたしのおちょこ使わないでよー」

「あ、女将さん。おちょこ3つお願いします」

 結衣花ちゃんが追加のおちょこを頼む。え、3つ……?

「なに、結衣花も飲みたいの? まあ今夜は私が特別に許してあげるわ」

「ちょっと、松雪さんも未成年じゃないですか!」

 私の言葉に皆が笑い合う。

「まあまあ。鮎香ちゃんも一緒に飲んだらいいよ。ほら、私の少しあげる」

 千鶴さんからおちょこを差し出される。雰囲気に押された私は、恐る恐るそのおちょこに口を付ける。

(あれ…… すごく飲みやすい……)

 なんだか澄んだ甘い飲み味というか、すっと入ってくる……。
 
 わたしはそのままおちょこの日本酒を一気に飲み干した。

「わー、鮎香ちゃんいける口じゃない! 追加追加ー」

 はしゃぐ千里さん。

「北條がいける口とは少し意外ね…… 今夜は楽しくなりそうだわ」

 松雪さんが薄ら笑う。なんとなくこの先の展開が怖い私。

 やがて全員分のおちょこと追加の日本酒が来ると、そこはもう酒池肉林の世界だった。

「そういえばさ。この間、彩奈ちゃん蒼依ちゃんお食事に誘って、すっぽかされてブチ切れたんだってね。あはは」

 千里さんの酔いが回ってきたようだ。

「なんか鮎香ちゃんが倒れて蒼依ちゃんと妹さんが看病してたんでしょ? それは彩奈、可哀想だったねー」

「うるさいわね…… 北條が熱中症で倒れたんだから仕方ないでしょ……」

 千里さんの絡みが止まらない。

「あー、彩奈がなんで鮎香ちゃんライバル視してるか分かったよ私ー」

 黙って日本酒を飲みながら聴いている松雪さん。

「彩奈、蒼依ちゃんのこと好きなんだ! だから鮎香ちゃんライバル視してるんだー」

 思わず口に含んだお酒を吹き出してしまう私。

「ち……違うわよ! わたしはパートナーとして蒼依を心配しているだけで……」

「お、動揺してますねぇ。いつも冷静沈着な彩奈ちゃんが。高いお店予約してたんでしょ? まあ蒼依ちゃん、鮎香ちゃんのこと大好きみたいだしねぇ。悔しいのぅ」

 ダメだ。完全に千里さんが悪酔いしてる。

「千里! 貴女いい加減にしなさいよ! いつも姉妹でイチャイチャして! 貴女達も女学院で相当噂になってるんですからね!」

(うん…… 私もそれ、何処かで聞いた気がする……)

「鮎香ちゃん…… 私もお酒、回ってきちゃったな……」

「え……?」

 いつの間にかに頬を真っ赤に染めた結衣花ちゃんが、私に腕を回し、体を預けてくる。

「ちょっと! 結衣花ちゃん!」

「ちょっとちょっと。見せつけてくれるじゃないの! 鮎香ちゃんモテモテだねぇ。結衣花ちゃんからも、蒼依ちゃんからも好意を持たれてて。ライバルは手強いぞ。彩奈」

「もう! いい加減にしてよ! 私そんなんじゃ無いんだから!」

 一瞬皆が――沈黙した。松雪さんがそう涙声で叫び、目を滲ませていたからだ。

「ご…… ごめん…… 彩奈」

 目に涙を浮かべて、松雪さんは急ぎ足でお座敷を出て行ってしまった……。

「もう…… 千里悪酔いしすぎ。彩奈ちゃんにはクリティカルすぎた言葉だったみたいね……」


 それから宴はお開きとなり、私と結衣花ちゃんは旅館の屋上にある星見の場に来ていた。結衣花ちゃんはずっと私の腕に寄り添っている。

「綺麗だね…… 鮎香ちゃん」

 見上げる星空は、とても綺麗だった。都会で見る夜空とは何もかもが違う。冷たく澄んだ空気、ネオンに照らされない漆黒の闇に輝く星達。その1つ1つが、とても綺麗だった。

「なんだか、とても神聖な夜みたい……」

 思わずそんなことを呟いてしまう。大自然の中の星空は、一切の汚れがない神聖さを感じる。

「ねぇ…… 鮎香ちゃん。質問していいかな?」

 小さな声でそういう結衣花ちゃん。声の様子からまだ酔いは覚めていないようだ。私も身体が火照っているようで、まだ酔いは覚めていない。その感覚がとても心地よく感じる。

「どうしたの?」

 私がそう言うと、結衣花ちゃんは私に身体を寄せたまま……。

「鮎香ちゃんは、私のこと…… どう思ってる?」

 その言葉を聞いた途端、少し胸の鼓動が早くなる。

「私は……」

 言葉を詰まらせる。結衣花ちゃんとはよき学友であり、AMGEのパートナーであり親友だ。ただ、恋愛対象かと言われれば難しい。成績優秀で容姿端麗、スポーツ万能、剣の腕も秀でている超お嬢様。不満に思う箇所など何処にもない。だけど……。

「結衣花ちゃんは……大事なお友達で、かけがえのない親友だと思ってるよ……」

 それが精一杯の答えだった…… 普段から彼女の好意は痛いほど感じているし、それはとても嬉しい。

 だけど、私は生まれてまだ恋というものを知らない……。

「そっか…… 麻由美ちゃんが羨ましいな」

 その言葉を、私自身よく考えてみる……。
 
 私は麻由美の事を、どう思っているのだろう?

 かけがえのない妹であり、大事な守るべきもの。それが麻由美という存在だ。いつも心の中に麻由美が居るし、麻由美の事を考えない日はない。

 ただ、最近それが姉としての正しい妹への気持ちなのか、それを超えた愛情なのか、よく分からなくなる。アルサード様は愛に対して寛大であり、同性への愛も禁じてはいない。あらゆる愛が自然なことなのだと神話の中でも仰っている。

 血の繋がった妹への愛…… 仮にそうであったとして、アルサード様はそれを許してくれるのだろうか……?

「鮎香ちゃん……?」

「ごめん…… 星空に見とれてたみたい……」

 相変わらず下手な嘘だと思う。私は結衣花ちゃんの腕にすがるように、その身を寄せる。

「結衣花ちゃんのこと…… 私は大好きだよ。いつも私を守ってくれて、幾多の危険を二人で乗り越えてきた。だから、只の恋愛感情では表現できない、強い結びつきを感じてる。これからも二人で、ずっと歩んでいきたい。そう心から思ってるよ」

 その言葉を聞いた結衣花ちゃんは、静かな声で笑った。

「もう…… 鮎香ちゃんは直ぐそうやってはぐらかすんだから。でも、嬉しいよ。大好きな鮎香ちゃんの言葉だから」

 冷たい夜風を感じながら、私達は互いに身を寄せ合っている。人肌の温もりと心の温もりを感じながら、私達は汚れ無き夜空を、只じっと眺めていた。

 その時、夜空に大きな流れ星。その一瞬の輝きは、とても綺麗であり、儚いものだった。

「わたしの想い。いつか必ず届きますように」

 小さな声でそう言った結衣花ちゃんを、とても愛おしく感じた。私達は互いに身を寄せながら、その酔いが覚めるまで、大自然の星空をずっと眺めていたのだった。
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