アルサードの乙女達 CODE:AW SIDE EPISODE Ⅰ

黒咲鮎花

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第二章 アルサードの乙女達

清き山の中で

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 2026年8月25日。火曜日。11時20分。
 長野県北部エリア 某所。

 「私ビックリしたよ。でもすっごく可愛いよ鮎香ちゃん」

 教会から特別に手配されたバスに乗り込み、私達は長野県北部の山奥にやって来た。日差しの下は暑いものの、日陰に入ると冷たい風がとても心地よい。結衣花ちゃんが私の格好に好感を持ってくれているものの……。

「うーん…… 流石に太股丸出しは恥ずかしいよ」

 意外と皆からショートパンツ姿は好評だったが、やはり恥ずかしい。周りは女性のみなのが救いだけど……。

「さて、現地に着いたことだしクジ引きでパートナーを決めるわよ。自分とAMGEでのパートナー名は無効で引き直し。じゃあ北條からお願い」

 私は松雪さんの持つ6つのくじから1つを選ぶと、それを開いて見せた。

「えっと、わたしは蒼依さんとですね」

 そしてあっさりと今回の長野旅行1日目のパートナーが決まった。初日は松雪さんと千里さん、結衣花ちゃんは千鶴さんとだ。明日もクジ引きで決めるらしいが、今日のメンバーも無効となると松雪さんか黒川姉妹のどちらかになる。

 松雪さんは少し癖があるかもしれないけど、とても優しい人だ。それに色々と聞いてみたいこともある。明日一緒になれるといいな……。

「それじゃあパートナーが決まったところでチェックインしましょうか。各自荷物を自室に置いて食堂に集合。素敵な個室でランチといきましょう」

 すっかりその場を仕切っている松雪さん。とても女学院一年生とは思えない。

「それじゃあ北條さん。今日は宜しくお願いしますね」

 蒼依さんはそう言って優しく微笑んだ。

「こちらこそ。ご飯を食べたら、この辺りをお散歩しましょう」

 涼しげな風に身を委ねながら、私達は旅館に向かったのだった。


 自室に荷物を置いてみんなで美味しいご飯を食べた後、私と蒼依さんは食後の散歩に出かけた。標高がかなり高い為か、その景色はとても素晴らしかった。ただその分日差しもきつい。私は日傘を差しているが、蒼依さんはその日差しに晒されていた。

「まさかこんなに日差しがきついなんて……」

「蒼依さん。良かったら日傘に入ってください。日焼けしちゃいますよ」

「ごめんなさい…… 何処かに日傘を忘れてしまったようで」

 ハンカチを取り出し、汗を拭う蒼依さん。黒髪のロングヘアーが時折吹く風でなびく。白のブラウスにピンクのロングスカートがとても似合っていた。

「良かったら、日傘お持ちしますよ」

 蒼依さんも麻由美や結衣花ちゃんと同じくモデルのような体型だ。私は蒼依さんに日傘を渡す。

「ありがとうございます」

 そして私達はゆっくりと山道を歩いて行く。登山ルートなのか、整備されており歩きやすい。やがて道が開けてくると、大きな湖が私達の前に現れた。

「綺麗…… 長野の山奥ってこんなに素晴らしいんですね」

 風で揺らめく湖を眺めながら、そんな言葉が出てしまう。都会では味わえない新鮮な空気を感じながら、木造の休憩所に入った。

「素敵な所ですね。日陰がこんなに心地よいなんて」

「そうですね。日向は暑いですけど、日陰はとても心地よいですよね。麻由美も連れてきたかったな……」

 その言葉に、蒼依さんは可愛く笑う。

「北條さんって、ほんとに妹さんと仲良しなんですね。私は一人っ子だから、正直憧れます」

「まあ職務が忙しくて最近は機嫌悪かったんですけどね……」

 そんなことを話しながら湖を見ていると、蒼依さんがバックから小さなマイボトルと小さなカップを取り出した。

「もし良かったら、お飲みになりますか? 特製ハーブティーを作ってきたんです」

「カップが可愛いですね。蒼依さんって小物のレベルが高くて尊敬します」

 可愛い花柄のハンカチを敷いて、カップにハーブティーを注いでくれた。

 それから二人で楽しく会話を弾ませた。教会での職務のこと、麻由美のこと、思い返すと麻由美のことが多かったかもしれない。

「そういえば――松雪さんとは仲直りできましたか?」

 さりげなく聞いてみた。というのもみんなが心配している事だ。端から見る限り、蒼依さんと松雪さんは仲が悪い、というか相性が合っていないように感じる。

「……私が悪いんです。松雪さんはプライドが高くて、高飛車な一面もありますけど、物事を鋭く観察し周りをよく見ています。頭の回転も速くて剣の腕も立つ。AMGE第二位は私ではなく、松雪さんが就くべきだと思っています」

 静かにそう言った蒼依さん。カップへ注いだハーブティーに口を付けると、またゆっくりと話し始めた。

「この間のことですけど…… 松雪さんが夕食へ誘ってくれたんです。なんだか高そうなお店でした。松雪さんからは稀にお声がかかるのですけど、色々忙しくてお断りすることが多かったのです。でも、初めて行く約束をして――あまり表情には出ませんでしたが、すごく喜んでくれているようでした」

(やっぱりそうだったんだ…… 松雪さん、蒼依さんのことホントは好きなのかな……? 色々心配して誘ってる可能性もあるけど)

「その後はお分かりだと思いますが、北條さんが倒れているのを発見して、完全に松雪さんとの約束を忘れていたんです…… 怒られて当然のことをしてしまったと、涙が止まりませんでした。松雪さんは私のことを本当に気にかけてくれているのに……」

「本当に――すみませんでした。私が墓地で倒れたりしなければ……」

 改めて事の発端が私だということを痛感する。

「いえ、北條さんは私以上に教会の職務で大変なのですから…… もっと助けることが出来ていたらと思うと……」

 そう言って蒼依さんは俯いてしまう。きっと自分のことを無意識に責めてしまっているのだろう。

「蒼依さん――そんなに自分を責めないでください。私は蒼依さんのこと、先輩として尊敬しています。お淑やかでフルートが上手で、とっても女性らしくて」

 そう言うと蒼依さんが、ゆっくりと顔を上げる。

「ほら。その上目遣いな顔。とっても可愛らしいじゃないですか。ドキッとしちゃいましたよ」

 私が笑うと、蒼依さんは顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。

「北條さんからそう言われると……とっても恥ずかしいです」

 小さな声でそう言った彼女は、本当に魅力的だった。風でなびく黒髪がとても美しい。蒼依さんは女学院4年生だが、とても親しみやすくて柔らかい人だ。恋人がいても普通だと思うし、逆にいない方がおかしい気もする。

「北條さんは――いつもとても優しくて、神聖な感じがして…… パイプオルガンを華麗に弾く姿は、本当に素敵だなって思ってます。私も一緒に教会の楽団で演奏できることに、幸せを感じています」

 少し俯いて彼女はそう語る。言葉は更に続いた。

「この間、真由様がお話をしてくださいました。もしAMGEでの職務が辛いのなら、教会の楽団員として専念する道も用意できると」

(!?)

「え……?」

 私は驚いた。

「……北條さんも、松雪さんも、AMGEの皆さんは優しくて良き人ばかりです。だから…… 余計に辛いのかもしれません……」

 一体何が、彼女の心を苦しめているのだろう……。

「蒼依さんが…… 色々と辛い気持ちを抱えているのは、皆が知っています。光瀬さんがいなくなって、一番辛く悲しい思いをしていることも……」

 ASSP実施者…… そして慕っていた光瀬さんの失踪…… その事を考えると、彼女はもう限界なのかしれない。只でさえ松雪さんとの仲も、上手くはいっていないのだから……。

「少しだけ、昔話をしても――構わないでしょうか?」

 私が頷いて返事をすると、彼女は静かに語り始めた。

「わたしが中学生の頃、ネットで知り合った羽磨那啓はまなけいという子がいました。同じ歳で、私と同じく性同一性障害のようで…… ただ家族に言い出せなかったのか、その子は家出をして、帰る場所が無くて…… だから親には内緒で自分の部屋に住まわせてたんです」

 彼女は昔を懐かしむように語る。

「それからアルサード教会の施設で彼女は過ごす事になりました。狭き門と言われるASSP対象者となるために、私達は一緒に教会の勉強をして、奉仕活動にも積極的に参加しました。私以上に女の子のようだった啓ちゃんは、教会でも皆から愛されていたんです」

 言葉は更に続く。

「神学の成績も私より優秀でした。オルガンも一生懸命に練習してました。でも……」

 彼女の言葉が途切れる。俯いたままの彼女の肩が震えている。

「ASSP対象者に選ばれたのは…… 私だけだったんです…… 今でも…… 今でも…… 彼女が最後に泣きながら微笑んでくれた顔が…… 忘れられなくて……」

 蒼依さんは、俯いたまま涙を流しているようだった……。涙声で話す彼女の姿に、胸がきつくなる……。

「とても――辛かったんですね……」

 言葉がそれ以上出なかった…… その事を聞くと、教会に属しているだけでも蒼依さんはとても辛いはずだ……。

「啓ちゃんは、唯一の親友でした…… 一緒に泣いて笑って…… 二人で励まし合って…… 一緒にアルサード女学院へ通うことを夢見ていました…… それなのに……」

 わたしは泣き崩れている蒼依さんを優しく抱きしめた。

「もう、いいですよ…… ごめんなさい。辛い出来事を思い出させてしまって…… 蒼依さんは、これからどうしたいんですか?」

 私の胸の中で泣き続ける蒼依さん…… よほど今まで辛かったのだろう…… わたしはそんな彼女を優しく抱きしめ続ける……。

 AMGEを辞めてほしくはない…… だけど、彼女が辛いのなら無理には引き留められない……。

「ごめんなさい…… 北條さんの優しさに…… つい甘えてしまいました」

 彼女はそう言うと、ハンカチで涙を拭いて、カップに入っていたハーブティー少しだけ飲んだ。

「これからどうするかは、まだ決めることが出来ずにいます…… ずっと考えていましたが、そろそろ答えを出さなければならないでしょうね……」

 そう言うと彼女は立ち上がった。

「長居してしまいましたね…… そろそろ旅館に、もどりましょう」

 そして私達は湖畔の休憩所を後にした。

 彼女の中で、その答えはもう出ているのだろう…… 晴れ渡る空とは裏腹に、私の心は曇り空が広がっていたのだった……。
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