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上杉と武田
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午後からの体育の授業は女子は体育館でバスケ、男子は校庭でサッカーだった。
怠そうにした上杉を三好が引っ張って連れて行く。
隣のクラスと合同なのでミニゲームの様なものになると流石に上杉も真面目に参加した。
怠そうにしていた上杉だが運動神経が悪いと言う訳では無くドリブルやパス回しも人並みにそつ無くこなした。
武田はと言うと端の方で邪魔にならないように、ただ突っ立って傍観していた。
毎回、サッカーでボールに触ることは無かった。敢えてそうしていた。
「武田くん、パス!」
急に名前を呼ばれ足元に転がって来たサッカーボールを武田は慌てて足で止めた。
状況から見て上杉がノーマークの自分にパスを出したらしい。
武田は舌打ちして上杉を睨んだ。
余計なことをするなとイラついた。
このボールを蹴って上杉の顔面に当ててやりたい。
不意に今なら上杉にボールを当てても良い気がした。パスミスで当たった事に出来る。
何より痛がる姿を見てみたい。
怒りでボールを当てるのでは無く、痛みを与えると言う興味の方が優った。
敵チームがボールを取りに来る前に武田はボールを上杉に向かって蹴り上げた。
それはパスと言うよりシュートの様に上杉の顔面に綺麗に当たり周りがどよめいた。
上杉に駆け寄るクラスメイトにハッとして武田は正気に戻った。顔を押さえてうずくまる上杉を目にしてゾワゾワと鳥肌が立つ。
「ごめん‼︎上杉くんっ……」
武田も慌てて上杉の元に駆け寄った。ドキドキして体が震えそうになる。
近くに行くと上杉はクラスメイトに囲まれ鼻を押さえていた。
「ほんとごめんっ……上杉くん」
「あー大丈夫。武田くん気にせんとって」
笑いながら言う上杉を見ると鼻を押さえていた手から血がつたい流れた。
地面にぽたりぽたりと血の雫が落ちていく。
周りが上杉を心配する中で武田だけは違っていた。鼻を押さえた手を退けて血で汚れた顔を見せて欲しい。
「顔面に当たったか?」
「先生ー鼻血出たー」
上杉が駆け寄って来た体育教師に言うと体育教師は地面の血を見て顔を曇らせた。
「本当だな大丈夫か?保健室行ってこい」
「俺、保健室どこか分からへん」
「あのっ……ボール当てたのぼくなんで……連れて行きます」
武田は動揺を悟られないように名乗り出た。
体育教師は優等生の武田ならと上杉を保健室に案内するのを任せた。
「上杉くん、行こう」
「おぇ、口ん中に鼻血入った」
生徒達がざわつく中、武田は上杉を連れて校庭を後にした。
誰一人いない静まり返った廊下は武田と上杉だけの世界のようだった。
しばらくして武田はぽつりと呟いた。
「……ごめん……」
「ええよ。ホンマに気にせんとってな」
振り返り上杉を見ると鼻を押さえていた両手は血まみれになっていた。血がジャージにも点々とついて滲んでいる。
その赤のあざやかさが武田の瞳孔に鮮明に映り、心を捉えた。
感情を抑えることが苦しくて震えるように息をはく。
「……どしたん?」
振り返り立ち止まった武田を不思議に思い、上杉は様子を窺った。
上杉は始め、ボールを当てた事で武田が動揺しているのだと思っていた。
しかし目の前の武田の様子に違う何かを感じて、それが一体何なのかと見極めるように黙った。
黙って見ていると武田の腕が伸びて冷たい指先が鼻を押さえていた上杉の手に触れた。
武田の指に力が入り、手の甲に爪を立てられると上杉は息を呑んだ。
「……ねえ、手を退けて顔をよく見せてよ……」
薄く口を開いて笑う武田の表情に鳥肌が立つ。
上杉は初めて武田が笑うのを見た。圧倒されてそろそろと手を退かす。
武田はフッと笑って血だらけの上杉の頬を撫でた。鼻の下のヌルついた血を親指で掠めると感触を楽しむように指に絡めて恍惚そうにため息をつく。
「……武田くん?」
恐る恐る声をかけると武田は指からスッと冷めた目を上杉に向けた。
「……ごめん。痛かったよね。保健室この先だから」
背を向けて歩き出した武田に上杉も黙って後ろをついて歩いた。
笑っていた。
血だらけの顔を見てあんな表情で。
ふと武田の手に目をやると先程、触れた指先が血で汚れていた。
「……武田くん手……汚れたやん」
上杉はぽつりと呟いたが武田は無視するように黙って歩いていた。
保健室に着くと状況を保健師に説明して武田はさっさと体育の授業に戻って行ってしまった。
保健師は三十代位の女性だった。上杉は保健師から下を向いて座るように言われ鼻を冷やしながら摘んで止血した。
座っている間、あれは何だったのか思い返す。
初めて見た武田の笑った顔は何処か狂気を秘めていてそれでいて痛々しくも見えた。
胸がざわつく。
「……何やあれ……」
どう言う感情で武田が笑ったのか考える。
偶然ではなくボールを狙って武田がぶつけたとしたら……そう思うと何だか腑に落ちた。
「アイツわざとか……」
武田から嫌われているのだと思うと上杉は可笑しくて笑いが込み上げてきた。
保健師から変に思われそうなので笑いを堪えて俯く。
「どう?鼻血止まった?」
「……うん。もう大丈夫そう」
「そこに洗面台あるから洗ってきなさい」
ようやく鼻血が止まったので手を洗い血を流す。
水と一緒に排水口に流れていく血を見ながら口の中で血と混じった唾を吐いた。
顔も洗い血を流すと保健師からタオルを渡され拭き取った。
「先生、鼻血止まったら授業戻らなあかん?」
「体育なら動いたらまた出るかもね。大人しくここに居なさい」
「ええの?堂々とサボれるやん」
「こら、そんな言い方したらダメでしょ。念のため冷やしておきなさいね」
保健師から氷嚢を貰うと上杉は顔を冷やしながらぼんやりと椅子に座っていた。
窓の向こう側から体育教師の吹く笛の音が微かに聞こえる。
武田はちゃんと授業に戻ったのだろうか。
怠そうにした上杉を三好が引っ張って連れて行く。
隣のクラスと合同なのでミニゲームの様なものになると流石に上杉も真面目に参加した。
怠そうにしていた上杉だが運動神経が悪いと言う訳では無くドリブルやパス回しも人並みにそつ無くこなした。
武田はと言うと端の方で邪魔にならないように、ただ突っ立って傍観していた。
毎回、サッカーでボールに触ることは無かった。敢えてそうしていた。
「武田くん、パス!」
急に名前を呼ばれ足元に転がって来たサッカーボールを武田は慌てて足で止めた。
状況から見て上杉がノーマークの自分にパスを出したらしい。
武田は舌打ちして上杉を睨んだ。
余計なことをするなとイラついた。
このボールを蹴って上杉の顔面に当ててやりたい。
不意に今なら上杉にボールを当てても良い気がした。パスミスで当たった事に出来る。
何より痛がる姿を見てみたい。
怒りでボールを当てるのでは無く、痛みを与えると言う興味の方が優った。
敵チームがボールを取りに来る前に武田はボールを上杉に向かって蹴り上げた。
それはパスと言うよりシュートの様に上杉の顔面に綺麗に当たり周りがどよめいた。
上杉に駆け寄るクラスメイトにハッとして武田は正気に戻った。顔を押さえてうずくまる上杉を目にしてゾワゾワと鳥肌が立つ。
「ごめん‼︎上杉くんっ……」
武田も慌てて上杉の元に駆け寄った。ドキドキして体が震えそうになる。
近くに行くと上杉はクラスメイトに囲まれ鼻を押さえていた。
「ほんとごめんっ……上杉くん」
「あー大丈夫。武田くん気にせんとって」
笑いながら言う上杉を見ると鼻を押さえていた手から血がつたい流れた。
地面にぽたりぽたりと血の雫が落ちていく。
周りが上杉を心配する中で武田だけは違っていた。鼻を押さえた手を退けて血で汚れた顔を見せて欲しい。
「顔面に当たったか?」
「先生ー鼻血出たー」
上杉が駆け寄って来た体育教師に言うと体育教師は地面の血を見て顔を曇らせた。
「本当だな大丈夫か?保健室行ってこい」
「俺、保健室どこか分からへん」
「あのっ……ボール当てたのぼくなんで……連れて行きます」
武田は動揺を悟られないように名乗り出た。
体育教師は優等生の武田ならと上杉を保健室に案内するのを任せた。
「上杉くん、行こう」
「おぇ、口ん中に鼻血入った」
生徒達がざわつく中、武田は上杉を連れて校庭を後にした。
誰一人いない静まり返った廊下は武田と上杉だけの世界のようだった。
しばらくして武田はぽつりと呟いた。
「……ごめん……」
「ええよ。ホンマに気にせんとってな」
振り返り上杉を見ると鼻を押さえていた両手は血まみれになっていた。血がジャージにも点々とついて滲んでいる。
その赤のあざやかさが武田の瞳孔に鮮明に映り、心を捉えた。
感情を抑えることが苦しくて震えるように息をはく。
「……どしたん?」
振り返り立ち止まった武田を不思議に思い、上杉は様子を窺った。
上杉は始め、ボールを当てた事で武田が動揺しているのだと思っていた。
しかし目の前の武田の様子に違う何かを感じて、それが一体何なのかと見極めるように黙った。
黙って見ていると武田の腕が伸びて冷たい指先が鼻を押さえていた上杉の手に触れた。
武田の指に力が入り、手の甲に爪を立てられると上杉は息を呑んだ。
「……ねえ、手を退けて顔をよく見せてよ……」
薄く口を開いて笑う武田の表情に鳥肌が立つ。
上杉は初めて武田が笑うのを見た。圧倒されてそろそろと手を退かす。
武田はフッと笑って血だらけの上杉の頬を撫でた。鼻の下のヌルついた血を親指で掠めると感触を楽しむように指に絡めて恍惚そうにため息をつく。
「……武田くん?」
恐る恐る声をかけると武田は指からスッと冷めた目を上杉に向けた。
「……ごめん。痛かったよね。保健室この先だから」
背を向けて歩き出した武田に上杉も黙って後ろをついて歩いた。
笑っていた。
血だらけの顔を見てあんな表情で。
ふと武田の手に目をやると先程、触れた指先が血で汚れていた。
「……武田くん手……汚れたやん」
上杉はぽつりと呟いたが武田は無視するように黙って歩いていた。
保健室に着くと状況を保健師に説明して武田はさっさと体育の授業に戻って行ってしまった。
保健師は三十代位の女性だった。上杉は保健師から下を向いて座るように言われ鼻を冷やしながら摘んで止血した。
座っている間、あれは何だったのか思い返す。
初めて見た武田の笑った顔は何処か狂気を秘めていてそれでいて痛々しくも見えた。
胸がざわつく。
「……何やあれ……」
どう言う感情で武田が笑ったのか考える。
偶然ではなくボールを狙って武田がぶつけたとしたら……そう思うと何だか腑に落ちた。
「アイツわざとか……」
武田から嫌われているのだと思うと上杉は可笑しくて笑いが込み上げてきた。
保健師から変に思われそうなので笑いを堪えて俯く。
「どう?鼻血止まった?」
「……うん。もう大丈夫そう」
「そこに洗面台あるから洗ってきなさい」
ようやく鼻血が止まったので手を洗い血を流す。
水と一緒に排水口に流れていく血を見ながら口の中で血と混じった唾を吐いた。
顔も洗い血を流すと保健師からタオルを渡され拭き取った。
「先生、鼻血止まったら授業戻らなあかん?」
「体育なら動いたらまた出るかもね。大人しくここに居なさい」
「ええの?堂々とサボれるやん」
「こら、そんな言い方したらダメでしょ。念のため冷やしておきなさいね」
保健師から氷嚢を貰うと上杉は顔を冷やしながらぼんやりと椅子に座っていた。
窓の向こう側から体育教師の吹く笛の音が微かに聞こえる。
武田はちゃんと授業に戻ったのだろうか。
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