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序章
序章
しおりを挟む「神の角を折ることはできるか。おまえのその杖一つで」
並みの魔法使いであれば、確かにそれは困難なことだろう、と思う。しかし自分ならばできるはずだ。そう告げると、神は自らの頭上の角を指差した。やってみろ、ということらしい。
呪文の類は必要なかった。想像したよりも幾分か甲高い音を立てて、大きな角にいくつもの亀裂が入る。魔法使いが右手に持った杖をすっと横に振ると、ひび割れた箇所から徐々に砕けていき、やがて角はバラバラと地に落ちた。
「本当にやったな」
魔法使いが砕いたのは右の角だけである。頭の片側だけ軽くなったせいか、首をかしげるようにして腕を組み、憮然ともとれる声音で神は呟いた。
「申し訳ありません」
やれと言われた気がしたのだが、違ったのだろうか。口先ばかりの詫びであったが、神は慈しむようにふっと目を細めた。笑んでいるのかもしれない。
「なに、こんなものはどうでもいいが」
砕けて落ちた角の欠片を拾いあげ、後方にひょいと投げながらそう言う。神は三つ四つの角の欠片を拾っては投げた。珍しく逡巡しているのか、それとも物思いにふけっているのか、傍から見ただけではわからない。
「おまえの魔力はとてつもなく強い」
神は角を放り投げながら言う。
「おまえより力のある魔法使いはそうそういるものではない。おれの角を折ることができたというのは、つまりそういうことだ。これからおまえがやろうとしていることも、やり方さえ間違えなければ案外叶えられるかもしれない。だが、忘れるな。誰もしたことがないことをしようとしているのには違いないのだ。人間にできることの域を超えていると言ってもいい」
魔法使いは黙っていた。杖を持ったまま両の拳をきつく握る。
「だからやめろとは言わないが、ジュゼよ。代償に気をつけろ。失えるものはもうほとんど残っていないだろう。それにもしかすると、何かしら影響が及ぶのはおまえ自身のみとは限らないのだ」
「それはわかっています。たとえ何も残っていなくとも、代償は必ず自分だけで引き受けるとここで約束してもいい。ただ、どんな目に遭おうが、やり遂げるという決心は変わりません」
魔法使いは神の言葉を遮るようにそう言った。決して大声ではなかったが、低く、思いつめたようなその声は、不思議と辺りによく響いた。神は魔法使いの正面に立ち、射るように見つめる。
「何か策があるのか」
魔法使いは目を伏せるように、曖昧に頷いた。
「考えはあります。うまくやれば……」
魔法使いは俯いたまま囁くように言う。ややあって顔を上げ、再び神の面
おもて
を見据えると、おもむろに口を開いた。
「青の国一帯を海に沈める方法をご存知ですか」
神は一瞬鼻白んだが、すぐに眉間にしわを寄せて魔法使いを睨んだ。
「ジュゼよ」
「砂の海でも火の海でもいい。いずれにしろ、やり方さえ間違えなければ容易いことです」
ジュゼ、と神はもう一度名を呼んだが、魔法使いは応えなかった。
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