凱歌のロッテ 《エルメハヤ戦記》

初雪

文字の大きさ
1 / 13
序章

序章

しおりを挟む

「神の角を折ることはできるか。おまえのその杖一つで」

 並みの魔法使いであれば、確かにそれは困難なことだろう、と思う。しかし自分ならばできるはずだ。そう告げると、神は自らの頭上の角を指差した。やってみろ、ということらしい。
 呪文の類は必要なかった。想像したよりも幾分か甲高い音を立てて、大きな角にいくつもの亀裂が入る。魔法使いが右手に持った杖をすっと横に振ると、ひび割れた箇所から徐々に砕けていき、やがて角はバラバラと地に落ちた。

「本当にやったな」

 魔法使いが砕いたのは右の角だけである。頭の片側だけ軽くなったせいか、首をかしげるようにして腕を組み、憮然ともとれる声音で神は呟いた。
「申し訳ありません」
やれと言われた気がしたのだが、違ったのだろうか。口先ばかりの詫びであったが、神は慈しむようにふっと目を細めた。笑んでいるのかもしれない。
「なに、こんなものはどうでもいいが」
砕けて落ちた角の欠片を拾いあげ、後方にひょいと投げながらそう言う。神は三つ四つの角の欠片を拾っては投げた。珍しく逡巡しているのか、それとも物思いにふけっているのか、傍から見ただけではわからない。

「おまえの魔力はとてつもなく強い」
神は角を放り投げながら言う。

「おまえより力のある魔法使いはそうそういるものではない。おれの角を折ることができたというのは、つまりそういうことだ。これからおまえがやろうとしていることも、やり方さえ間違えなければ案外叶えられるかもしれない。だが、忘れるな。誰もしたことがないことをしようとしているのには違いないのだ。人間にできることの域を超えていると言ってもいい」

 魔法使いは黙っていた。杖を持ったまま両の拳をきつく握る。

「だからやめろとは言わないが、ジュゼよ。代償に気をつけろ。失えるものはもうほとんど残っていないだろう。それにもしかすると、何かしら影響が及ぶのはおまえ自身のみとは限らないのだ」
「それはわかっています。たとえ何も残っていなくとも、代償は必ず自分だけで引き受けるとここで約束してもいい。ただ、どんな目に遭おうが、やり遂げるという決心は変わりません」
魔法使いは神の言葉を遮るようにそう言った。決して大声ではなかったが、低く、思いつめたようなその声は、不思議と辺りによく響いた。神は魔法使いの正面に立ち、射るように見つめる。

「何か策があるのか」

 魔法使いは目を伏せるように、曖昧に頷いた。
「考えはあります。うまくやれば……」
魔法使いは俯いたまま囁くように言う。ややあって顔を上げ、再び神の面
おもて
を見据えると、おもむろに口を開いた。

「青の国一帯を海に沈める方法をご存知ですか」

 神は一瞬鼻白んだが、すぐに眉間にしわを寄せて魔法使いを睨んだ。
「ジュゼよ」
「砂の海でも火の海でもいい。いずれにしろ、やり方さえ間違えなければ容易いことです」

ジュゼ、と神はもう一度名を呼んだが、魔法使いは応えなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...