仄暗い夏、朱色の秋

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5話

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本当にお節介な男だ。余計なことをしてくれた。こんなことをされたら、逃げられないじゃないか。夕暮れ時の教室って、なんかロマンチックじゃね? なんてことを考える。何時間もかけて考えた告白の言葉を復習する。ああ、でも、あいつを目の前にしたら、どうせすべて吹っ飛んでしまうかもしれない。あいつはどんな顔で待っているんだろう。肩で息をして、第四講義室のドアを勢いよく開ける。その音に気づいたらしい成瀬が、こちらを振り返った。
「……成瀬」
「話って、何?」
教室の明かりは点いていない。後ろからさす夕日のせいで、朱く染まった影のせいで、成瀬の顔がよく見えない。細かいことは、もうどうでもいい。どんな言い訳を並べたって、フラれるときはフラれるんだ。だったら、真っ直ぐにぶつかって砕けた方がいい。長かった初恋とこいつとの関係に、今日で決着をつけよう。
「成瀬」
「うん、だから何って聞いてるじゃん」
「……好きだ」
「はっ?」
驚いたように上擦ったその声が愛おしい。終わりにするなら、どうかはっきりと終わらせてくれ。俺はもう一度、愛の告白を口にする。









「成瀬。俺は、成瀬のことが好きだ。幼馴染とか、友だちとしてじゃなく。……恋愛的な意味で、お前のことが好きだ」
呆れたのか、俺なんかにそういう目で見られていたのがショックだったのか、成瀬はしばらく黙ったままだった。縁切りの言葉を、こいつに口にさせるのは酷かもしれない。俺は自分の胸の痛みに気づかないふりをしながら、言葉を続けた。
「お前が俺のこと嫌なら、もういいよ。今まで無理させてごめん。別に幼馴染だからって、ずっと仲良しでいないといけないわけじゃないから。でも、俺はお前のこと好きだった。ただそれだけ、言いたかった」


そう言い切った後、重い沈黙の時が流れた。こいつと俺との間にこんなにも重苦しい空気が流れたことは、今までにあっただろうか。成瀬は何も言わない。ならば、俺から終わらせよう。
「成瀬、今までありがとう。……じゃあな」
最後に、俺はうまく笑えただろうか。平気な顔をして、この恋を終わらせることができただろうか。好きなやつに、泣きそうな顔なんて見られたくない。教室から出ようとドアノブに手を掛けると、後ろから
「内田君!!」
と俺を呼ぶ声が聞こえた。なんだ、と聞き返すよりも先に、柔らかな感触が背に伝わる。次いで、女の子らしい良い匂いと心臓の音、そして成瀬の体温を感じた。俺の心臓もにわかにうるさくなる。
「ごめん、内田君」
「……お前、好きでもない男にハグなんてするなって。馬鹿じゃねえの」
「うん。私、馬鹿だ。馬鹿でいいよ。ごめん」
「────お前。もしかして、泣いてる?」
鼻をすするような音と、いつもより震えた声。もしやと思って俺が振り返ると、やっぱり成瀬は泣いていた。
「なんだ、どうした? どっか痛い?」
「そんなわけ、ないじゃん。馬鹿」
「なら、なんで泣いてんだよ」
「内田、が! 絶交する、みたいなこと、言うから……!」
成瀬は潤んだ瞳で俺を睨みつけた後、今度は正面から俺に抱きついてきた。なんだか様子がおかしい。
「あのー……成瀬? 本当に頭大丈夫?」
「……すき」
「はい?」
俺が聞き返すと、成瀬はがばっと顔を上げた。その頬は真っ赤に染まっていて、あまりにもいじらしい表情に心臓がドクンと大きく跳ねる。
「私だって、内田のこと好きなんだよ! この馬鹿ぁ!」
「……はぁ?」
思わず間の抜けた声が出る。


いやいやまさか、そんなはずはないだろう。絶対に聞き間違いだ。だって、あの成瀬が俺のことを好きだなんて、絶対にあり得ない。俺が現実を受け止めきれずにいる間に、成瀬は堰を切ったように語りだした。小さい頃から、俺のことが好きだったこと。俺らのことを周りにからかわれるのを俺が嫌がっていそうなことに気づいてから、距離を置こうと思ったこと。中学生になったあたりから、今までの距離感を恥ずかしく思うようになったこと。好きなのに冷たい反応をしてしまう自分が嫌だったこと。でも好きなことが俺にバレるのも怖くて、言い出すことはできなかったこと。夕陽の朱い影が隠していたのは、真っ赤な顔と涙で赤くなった目だったのか。


──つまり、成瀬の話をまとめると。
「じゃ、お前と俺は小さい頃から両想いで、お前はツンデレだった。でオッケー?」
「間違ってはないけど、なんかツンデレって言われるのは癪なんですけど」
話している間に泣き止んだ成瀬は、子どもっぽく頬を膨れさせる。その表情が可愛くて、俺は思わず笑った。
「成瀬!! いや、彩夏!!」
「なによ?」
「改めて言うけど。……俺と、恋人になってくれますか?」
成瀬はこくりと頷いて、ものすごく嬉しそうに笑った。こいつのこんな笑顔を──俺に向けられる満面の笑みを見るのは、随分と久しぶりだ。







あたりはもうかなり暗くなっていて、俺らはそのままの流れで二人で一緒に帰った。途中までは手を繋いでいたが、親にバレるのはなんか嫌だからと、家の近くでそっと離れた。
「またね、功君」
「ああ、また。彩夏」
互いに手を振って、それぞれの家へと入っていく。自分の部屋の窓から相手の部屋の窓が見えてしまうような距離感は、嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。付き合いはじめたことを慧人たちに報告したら、
『やっとか』
とため息をつかれつつ、めちゃくちゃに祝福された。文字通り滅茶苦茶に。と言うよりも手荒に? お祝いのビールかけの如く、炭酸をかけられた。キャップごと飛ばして来たり、鼻に炭酸が入って痛かったりしたがそれはおいておこう。









俺らの交際開始の知らせは、瞬く間に全校生徒に広まった。付き合いはじめてから、2週間くらい経った後の日曜日。今日は彩夏を俺の家に呼ぶことになっている。隣の玄関先まで俺は彼女を迎えに行き、手を繋いで自分の家の玄関までを歩いた。
「功、手汗やばいじゃん。緊張してるの?」
「まあ、な」
彼女がクスクスと楽しそうに笑う。その声を聞くことが心地良い。彩夏は俺の彼女になってから、ツンが9割以上のツンデレから、デレが7割くらいのツンデレに進化していた。


甘えられると嬉しいし、ものすごく可愛い。深呼吸をしてから、俺は玄関の扉を開ける。自分の家に入るのにこんなに緊張したのは、これが初めてだ。今日、母さんに彼女を紹介する。彩夏と恋人になったのだと報告する。恥ずかしいし、母さんにからかわれるのだと思うとやや憂鬱だったが、いずれ成瀬家に結婚の挨拶に行くときの予行練習だと思えばまあ良いだろう。


「ね。功。ちょっと止まって」
俺はおとなしく従って、リビングと玄関の間の廊下で立ち止まる。
「なに? 彩夏」
「大好き」
彼女はそう言って、いきなり俺の頬にキスをした。
途端に顔が熱くなる。彼女はしたり顔でリビングのドアを開けて、俺の手を引っ張っていった。こんなふうに俺をリードする彼女を見ると、なんだか幼い頃を思い出す。長い年月のなかで、俺にも彼女にも、変わったものも変わらないものもある。彼女の満面の笑みを見て、変わらないな、と思った。俺は小さい頃も、今も。あの輝くような笑顔と、彩夏自身のことが大好きだ。
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