白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

文字の大きさ
6 / 27

~6~

しおりを挟む

 アーサーは苛立っていた。
あの激励会の婚約破棄騒動を機に、周りは自分とアリシアの婚約破棄を認めさせようと躍起になっているのだ。
もちろん酒に酔った事とは言え、自分の口から出た言葉。王族としてその言葉に嘘があってはならぬことと理解はしている。しかし、たとえ王族とは言え人間である。間違いもするし、酒を飲めば酔いもする。そのような席での言葉など聞かぬふりをすれば良いだけのことなのに、何故かそれを許してはもらえない。今までなら流されているはずの事が上手くいかないと、そんな風に感じていた。

 私室から執務室に向かう廊下をイライラしながら歩いていると、王太子である兄アリスターがこちらに向かって来るのが見えた。
 アーサーが声をかけようかと思よりも先に、アリスターが声をかけてきた

「アーサー。思ったよりも元気そうだな。良かった」
「兄上、私の心配を?ありがとうございます。私は元気に過ごさせてもらっています。兄上もお元気そうでなによりです」

「今回の件で父上も頭を抱えておられた。あまり心配をかけてやるな。お前も、もう子供ではないのだから、自分のしたことの後始末は自分でできるくらいにならなければな」
「兄上! 今回の件は酒に酔っての事です。騎士達との飲み比べが思いのほか盛り上がってしまい、自分を律することが出来ませんでした。それは私の失態です。
 ですが、一度の失敗で婚約破棄などと。あまりにも酷い。私は婚約破棄など望んではいないのです」

 アリスターは真剣な眼差しのアーサーを見つめながら、小さく息を吐いた。
 
「だがな、アーサー。婚約者であるアリシア嬢に対するお前の態度は、あまりに酷すぎた。
貴族達の間でどのような噂が立っていたか知らないわけではないだろう? これまでに何度も気を付けるよう、改めるように声をかけて来たのに、それでもお前の態度は頑なに変わらなかった。それを見ていた周りの人間は、それが真だと思っただろう。
 事実、お前の声が、思いが届かないからこそ、今回の件で誰一人としてお前の肩を持つものがいない。それが真実なんだよ」

「しかし、しかし……」
 アーサーは俯き、固く手を握りながら悔しそうにつぶやいた。

「お前が本当にアリシア嬢を想っていることは、家族として側にいる私達にはわかっている。だがな、他人には伝わらない想いであったことも、また事実だ。
 想いは言葉で、態度で示してやらなければわからないことの方が多い。
 お前は、その強すぎる想いの示し方を間違えたんだ。もう、直すことは叶わないほどに」

 何も言葉を発することのないアーサーの肩に『ぽんっ』と手を置き、
「彼女の為にも、早くケリをつけてやれ。長引けばそれだけ醜聞も広まる。本当に相手を想うなら、お前が答えを出してやれ」
 そう言いながら、アーサーの横を通り過ぎようとした。

「私は諦めません。……アリシアは俺のものだ」

 小さく唸るように低い声でささやかれたアーサーの声。
 アリスターは最後の言葉がうまく聞き取れなかったが、悪あがきだろうくらいに考え気にも留めなかった。

 その場に呆然と立ち尽くすアーサーを背に、アリスターは王太子妃である妻フィオーナの元へと向かった。
 フィオーナの私室に入ると、横長のソファーに座り深いため息を吐いた。

「ため息など吐いて、どうかされましたか?」
「うん? ああ、アーサーと廊下で偶然会って少し説教をしてきたよ。上手く伝わってくれれば良いのだが」

「アーサー様ですか。そうですね、彼の想いは伝わりづらいですから。私もそばで見ていてアリシア様がお可哀そうでなりませんでした。彼女をお守りできなかったこと、申し訳なく思ってもいます」
「フィオーナがそんな風に思う必要は無いよ。全てはアーサー自身が招いたことだ。諦めるしかないだろう」

「婚約はうまく解消されそうですか?」
「父上も侯爵も上手くするだろう。そうでなければ、あまりにもアリシア嬢が不憫でならない。彼女には幸せになってもらいたい」
「そうですわね。私にも何かお手伝いできることがあれば、何でもおっしゃってくださいね。アリシア様は義妹になると思い、私も可愛がっておりましたもの。力になりたいのです」

 フィオーナの言葉を受け、アリスターは優しく包み込むように抱きしめた。

「あいつも俺にとっては可愛い弟だ。ふたりには幸せになってもらいたい」

 そう呟くアリスターの顔は国を守る王太子ではなく、心から弟を案ずる兄の顔になっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!

皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...