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しおりを挟むしばらく経ったある日、デリックに呼び出されたレイモンドは騎士隊の執務室に姿を見せた。
なんとなく言われることは想像がついていた。黙ってそれを聞くだけだ。
「レオモンド、これを読め」
騎士隊長の執務机に座り、机越しに立つレイモンドに一枚の紙を差し出した。
受け取り、黙ってそれを読むレイモンド。
『降格通知』と書かれたその紙には、騎士隊副隊長の任を解くという内容だった。国王の印も押してある正式な物だ。
レイモンドは想像していた通りの内容で、特に驚くこともなく、読み終えると静かにその紙をデリックの前に差し出し、返した。
「さっき、国王に呼び出されて渡された。おまえの悔しさはわかるつもりだ。上司として守ってやれずに申し訳ないと思う。すまなかった」
「隊長のせいではありませんよ。こうなることはわかっていました。私自身少し動き過ぎましたから。第二王子殿下の不興を買っていることも十分わかっていましたしね。むしろ、こうなるのに遅すぎるくらいです」
レイモンドはデリックと視線を合わせないように、机に置かれた通知の紙を見ながら答えた。
あまりに淡々と答えるレイモンドに、デリックは少しばかり訝しい目で見た。
「確かにアーサー殿下からよく思われてはいなかっただろうが。ただ、国王はちゃんとわかってくださっていた。騎士としてのお前の腕を捨てるには惜しいと言ってな、そのまま騎士隊にいれることになった。しかも、これからは王宮内での勤務だ。体を酷使することもなくなるし、すこしのんびりするつもりで勤務にあたればいいさ」
「なるほど、アーサー殿下が私を監視するということですか。まあ、それも面白いですね」
レイモンドは少しだけ口角を上げ、ふっと笑って見せた。
いつもと纏う雰囲気が違うことにデリックは伺うようにレイモンドを見つめる。
しかし、視線の絡まない二人に昔のような意思疎通はできないでいた。
「ところで、最近どうなんだ? 彼女の、白百合の君の行方は分かったのか?」
レイモンドは一瞬だけデリックと視線を合わせると、すぐに反らした。
「どうしたんですか急に。どこにいるかなんて、わかるわけがないですよ」
「……まあそう言うなよ。俺たちの仲じゃないか。俺だってちょっとは心配してるんだ。何か手伝えることがあればってね」
デリックは情けなさそうにボリボリと首をかいた。
「手伝い、ですか。ははは、それはいいや」
レイモンドは引きつった笑いを浮かべながら、大きな声を上げて笑った。
「隊長、あなたに手伝ってもらうことはありません。私のことよりも、本来の主の手伝いをされたらどうですか?」
「……は? なにが言いたい?」
「言葉の通りです。私のことを見張り、行動を逐一報告していたのでしょう? あなたの主である、アーサー第二王子にね」
口角を片方吊り上げ、蔑むような目でデリックを見下ろすと、「はあぁー」と大きなため息をデリックが吐いた。
「いつ気が付いた?」
「割合最初の方からです。何をするにもアーサー殿下の影が動いている。それも、私の行く先に必ずと言っていいほどだ。こんな偶然は考えにくい。誰かが私の情報を流しているんじゃないか?と考えれば、出てくる答えは一つしかない。そんなに難しい問題ではなかったですよ」
「へえ、まんざら馬鹿じゃなかったってわけか?」
「あなたの右腕に収まるほどには、ですがね」
レイモンドはもう視線を反らすことはしない。お互い探るように視線をぶつけ合う。
「お前に恨みがあったわけじゃない。彼女がどっちのものになろうと、そんなこと俺には関係ないからな。殿下に情報を流したのはこの地位にすがるためさ。俺のこの地位を脅かす奴を一掃してもらうためなら何だってする。だからお前を売った。それだけだ」
「隊長の地位に価値など……」
「それはお前が辺境伯と言う後ろ盾があるからだ。どんなに腕っぷしが強くても、戦の無いこの時代じゃ功績を上げることもできずに、騎士は騎士のままのたれ死ぬしかないんだよ。
俺みたいな貧乏低位貴族の嫡男以外の男どもは、妻を娶り子を成すことも躊躇してしまう。騎士としての腕だけじゃ、家族なんか持てやしない」
「だから私の情報を殿下に?」
「まあな。部下の成長を願う上司なんざ、碌なもんじゃねえよ。そんなのは、その後の人生が安泰になるってわかってる奴らだ。俺みたいにこの地位を引きずり降ろされたら何も残らないような男は、この地位にすがるよりほかはあるまい?
たとえ部下を売ってでも、俺は自分を守りたいだけさ」
デリックは椅子の背もたれに思い切り体重をかけ、寄りかかるように窓の外を眺めた。
レイモンドに背を向けているその表情から、彼の気持ちを伺い知ることは出来ない。
しかし、デリックがそんな男ではないことはレイモンドが一番わかっている。
誰よりも近くで、誰よりも長い期間一緒に過ごしてきたのだから。
「こんな上司で悪かったな。本当ならお前が次の隊長だっただろうに。それも、そう遠くない未来にな」
デリックの背中を見下ろしながら、初めて彼の本音の一部を聞いた気がしていた。
彼は決して自分の本心を晒すことはなかった。いついかなる時も。
何を考えているかわからないのは他人を欺くためだと思っていたから、無理に探るようなことはしなかったが彼も苦しんでいたのだ。
何も気づいてやれなかった自分が、彼の右腕などとよく言えたものだと情けなくなった。
「私は確かに隊長とは違い、出世に意欲などありませんでした。ゆくゆくは領地に戻り、兄と共に国境からこの国を守るつもりでいましたから。
副隊長の座も、自分には要らぬ名誉だと思っていたくらいです。
しかし、隊長がおられたからこそ、私はこれまでやってこられたと思っています。
殿下の件は許せませんが、他に関しては感謝しかありません。
あなたが上司で良かったと、心から思います。
これからは一介の騎士になる身です。この部屋に来ることはないと思いますが、あなたにご教示いただいたことは全て私の糧として頂戴し、これからもこの国を守るために励みます。今までありがとうございました」
レイモンドはデリックの背中に深々と腰を折り、頭を下げた。
最後まで振り返ることもなく、言葉をかけることもしないデリックを残しゆっくりと執務室を後にした。
レイモンドが去った後もしばらくの間動かずにいたデリックを、いつしか夕日が赤く染めていった。
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