愛しい口づけを

蒼あかり

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フローラとカミーユが領地に引きこもることになったとファウエルが知ったのは、その翌日だった。

婚約の打診にフローラを訪ねたその翌日、ファウエルはフローラの元へと再び足を運んだ。
誠心誠意、心を込めて愛をささやけば、きっと自分の気持ちを分かってくれる。そう信じて疑わないファウエルは、毎日でもフローラの元へ通い続けるつもりでいたのだ。

アボット家へ着くと応接室へ通され、アボット子爵夫妻に何やら面倒なことになったと難しい顔で告げられた。

「大変申し上げにくいのですが……フローラは少しばかり体調を崩しまして、カミーユとともに領地で静養をすることになりました……」

歯切れの悪い物言いにファウエルは詰め寄る

「体調が? 昨日まではあんなに元気だったのに? 何かあったのですか?」
「いや、前々から少し体調を崩すことがありまして、それでこの際だからと……」
「では、今ここにはフローラはもういないんですね? そんな急に。何の準備もしていなかったようだが。まるで僕から逃げるようではないですか?」

ファウエルは座ったままうなだれるようにして、ぼそりとつぶやく。

「申し訳ありません。何分急だったものですから」
「そうですか。で? 体調はそんなに悪いのですか?」

ファウエルの問いかけにアボット子爵婦人、フローラの母が立ち上がりファウエルの元に跪くとその手を取り

「ファウエル様、フローラを、私のフローラをどうか救ってくださいまし。
あの子は兄のカミーユに連れ去られたのです。サイモン様との結婚を望んでいても、将来を考えればあなた様との結婚こそが貴族令嬢としての幸せだと気付くはずです。
それをカミーユがフローラを言いくるめて、連れ去ってしまったのです。
それを止められない私達も不甲斐ない親ですが、このままで良いはずがないことはわかっております。
どうか、あの子をカミーユから取り返してください。そして、私の元に……
あなた様との結婚をぜひに!」

フローラの母は目に涙を浮かべながら哀願した。それは娘の身を案じ心配する母の姿に映っただろう。
ファウエルはその言葉を聞き、「私がフローラを迎えに行きます」言うが早いかアボット邸を出て、エイデン家へ戻るとすぐに単身馬でフローラの元へと向かう準備を始めた。

それを見た父であるエイデン伯爵は

「何もお前が直接行く必要はないだろう。まずは従者を向け、様子を見てからでも遅くはない。それに連れ去られたとは何たる大袈裟な。兄が妹を匿うことなどよくある話だ。
むしろ領地にこもれば悪い虫もつかんさ、安心して婚約の準備をすればよいではないか」

その言葉に母もうなずき同意する。しかし、ファウエルは気が気ではなかった。

「あのカミーユを知らないからそんな悠長なことが言えるんですよ。あいつは僕を昔から毛嫌いしていた。何かにつけサイモンと比較され、面白くなかったんだ。
あいつがフローラを側に置くということは、サイモンとフローラの仲を取り持つつもりに違いない。そんなこと絶対に許せない。あいつには絶対に渡さない……」

殺気立つファウエルに、いつもの穏やかなその姿はない。母はそんなファウエルが心配で仕方なかった。

「ファウエル、あなたはこの家の跡取りとして大事な務めを果たすというから、フローラを嫁がせることに決めたのよ。あまり無理はしないで頂戴。大丈夫よ。急がなくてもちゃんとフローラをもらってあげるから。少し落ち着きなさい」

そんな母の言葉も頭に血が上ったファウエルには届かない。

「まずは様子を見てきます。無事にいる姿を確認でき次第、この家に迎える準備を始めます。
父さんも母さんも、そのつもりでいてください。フローラはこの家で、僕の手で守ります」

そういうと、馬に乗りフローラの元へ駆けて行った。父はすぐに従者にも後を追わせ、何かあればすぐに連絡をするようにと頼むのだった。

時刻はもう夕刻近く。辺りは暗くなり始めていた。
単身馬での移動であれば一日もあればつくだろうが、夜を迎えようとする今はもっと時間はかかるだろう。
無事につくことを父も母も願ってやまなかった。


想いはどんなに強く願っても叶わず、うまく回らないことの方が多いのかもしれない。


その知らせをフローラが聞いたのは、騎士学校でサイモンと別れアボット家の領地についてからのことだった。

途中宿泊も交えながら移動し、領地に着いたときは大分日も経っていた。
領地の邸に着くなり執事が慌てた様子でカミーユに耳打ちをする。
何か良くないことがあったのだと察するフローラに、カミーユは苦い顔をしながら、ゆっくりと落ち着いた声で話し始めた。

「ファウエルが落馬事故にあい、大けがをしたそうだ。意識もないらしい」

「っ!!」

フローラは驚きのあまり声にならず、両手で顔を覆いその場に崩れ落ちそうになる。それをカミーユが咄嗟に支える。

「大丈夫か? フローラ」

目の前が暗くなり、それでもなんとか意識を保ちながら

「大丈夫です。お兄様、ありがとう」

執務室でカミーユとフローラ、執事の三人だけの密室。
そこで執事から聞かされた話は、フローラにとって衝撃的であった。


フローラがカミーユとともにアボット邸を出た翌日。
カミーユの手によってフローラが領地に連れ去られたと大騒ぎをしたフローラの母の虚言により、ファウエルが馬でアボットの領地に向かったらしい。
ファウエルの後を追った従者がその姿を見つけた時にはすでに、落馬し無残な姿で地面に叩きつけられた後であったと言う。
すぐさま王都にあるエイデン邸へと担ぎこまれたファウエルだが、意識はなく、ケガの状態も大変酷いものであった。
エイデン伯爵夫妻は狼狽し、特に夫人は取り乱し手が付けられなかったそうだ。
そして、アボット家へ責任を取るよう攻め立てたと言う。
その責任追及の相手はもちろん、カミーユとフローラである。


話を聞いたカミーユはソファーの背もたれに体を預けると、目を閉じたまま大きなため息をひとつ付いた。
フローラも事の大きさに恐れ、膝の上で両手を握りしめていた。
言葉が浮かんでこないのは二人とも同じだった。

「まずはファウエル様の様子を確認されに行かれた方が良いと思います。
あれから日も経っておりますので、容態は変わっているかもしれません」

父と母の元で仕える執事と違い、領地の邸にいる執事や使用人は皆カミーユが信頼を置く者達ばかりだ。その執事が今までの経緯を見て、二人で一度エイデン家へ足を運べと進言する。

「そうだな。責任の所在など関係なく、友人として見舞いにはいくべきだろう。フローラ、私も一緒に行く、大丈夫だ」

そう言ってフローラの頭をなでると、肩に手をおき優しく抱きしめた。
未だショックを隠せないフローラも、カミーユの暖かい手にすこしだけ安心することができた。


翌日、馬車でエイデン家へと直接向かった二人は、ファウエルの母から洗礼を受けることになるのだった。

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