愛しい口づけを

蒼あかり

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駆け落ちと呼ぶにはあまりにも幼稚な幕切れである。

半日ほどで見つかるほどの体たらく。いかに二人が何も知らない子供であるか、未熟者であるかを自分自身だけでなく、周りの者にも露呈しただけの終演。

王都に連れ戻された二人は、それぞれの家で監視を付けられ、身動きが取れない状態になっていた。
会うことも、声を聞くことも出来ない。もちろん手紙を出すことも叶わない。

フローラは部屋に閉じこもり、誰にも会おうとしなかった。
兄のカミーユさえも心を閉ざしてしまった。
食事も喉を通らず、夜も眠れないフローラは、どんどん衰弱していく。
そんな妹を心配してカミーユが声をかけるが、フローラが瞳を合わせることはない。


その後、サイモンは勘当され、平民としてエイデン家を去ることになった。
サイモンが平民になるとカミーユから知らされたフローラは狼狽え、泣き続けた。
あの時、駆け落ちなどやめようと声をかけていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。それなのに、自分はいまだ貴族令嬢のままである。
軟禁状態とはいえ、暖かい部屋で不自由のない生活が出来ている。
フローラはサイモンに対し申し訳なく、消えて無くなりたいと思った。
生きることが辛く、苦しい。この身を跡形もなく消し去りたいと願った。


フローラに関しても、本来であればそれ相応の罰を受けるべきであるが、ファウエルがそれを拒んだ。

「幸せになってほしい」

そう、口にしたと聞かされ、エイデン伯爵からも

「どちらも我が息子。愚息が大変な迷惑をおかけした。
これからはどうか二人のことなど忘れ、健やかに過ごしてほしい」と告げられた。

ファウエルの言葉を聞いたカミーユは、今までのわだかまりが消えた思いだった。
『ファウエルにも幸せになって欲しい』心からそう願うのだった。


ある日、カミーユがフローラの部屋を訪ねた。
泣きはらし、眠れない夜を過ごすことで衰弱していくフローラに、小声でささやく。

「サイモンが会いたがっている。会うかどうかは自分で決めなさい。ただし、一緒について行くことは許さない。声を聞くだけだ。それでも良いなら来なさい」

フローラはカミーユにすがりつくように頷くと、軽く身支度を整え馬車に乗った。
少し気晴らしに出てくると家の者には伝え、カミーユの操縦で馬車を走らせる。

しばらくして馬車が止まると、カミーユがドア越しにフローラに声をかける。

「外から、かんぬきをかけてある。外に出ることは許さない。しかし、声は聞こえるはずだ。
私は離れた所で待っているから、サイモンとゆっくり話すと良い」

何がなんだかわからないフローラは戸惑った。

「お兄様? どういうことですか? サイモンが? どうなっているのです?」

かんぬきがかかり、開かない馬車のドアをドンドンと叩く。
窓のないこの馬車では、外の様子がわからない。ここがどこかも、何が始まろうとしているのかもわからず不安になりかけた時、


「フローラ……」

サイモンの声が聞こえた。聞き間違えるはずのない彼の声

「サイモン。サイモンでしょう? サイモン……」

突然の声に驚きながら、喜びで涙が溢れる

「サイモン、会いたかった。ここを開けて、お願い。顔を見せて、あなたに触れさせて」

懇願するフローラに

「フローラ、それはできない。このドアを開けることは出来ないんだ。
最後に話だけという約束で、カミーユ兄さんに頼み込んだ。ごめん」

「なぜ? お願い開けて、顔を見せてちょうだい。お願いよ、サイモン!」

「フローラ、そのまま聞いて。
僕はこれから平民兵として志願しようと思う。大きな戦が始まれば前線に送り込まれる。
そうなれば命の保証はない。それでも、行ってくるつもりだ」

「待って! なんでそんな危ないことを? あなたがどうしてそこまでしなくちゃいけないの? 平民になるだけで十分でしょう? お願い、やめて」

「今、僕にできることはこれくらいなんだよ。
このまま市井で暮らすにしても、今の僕には何もできない。仕事を探すことすらできない。
罪を償うとかそんなつもりはない。フローラを苦しめた家族に罪の意識なんかない。
それでも、これを乗り越えなきゃ僕は生きていけない。
僕は生きるよ。生き続けると約束する。
フローラのそばで、君を守ることが出来なくても、君を想い生きていく。
だからフローラ、君も生きてくれ。僕のために、何があっても生き続けてほしい。
いつか長い人生のなかで生きてさえいれば、どこかで出会うこともあるかもしれない。
声が聞けることもあるかもしれない。すれ違いざまに指が触れ合うことも……。

フローラ、僕を愛してくれているなら、死ぬなんて考えないで。
どうか、生きて欲しい。頼む」

「サイモン……」

いつしか二人の手はドア越しに重なりあい、額をすり合わせ、声を殺して泣いていた。
ドア越しに合わさった二人の手は、合わせた額は、お互いの肌のぬくもりを感じるようだった。

「フローラ」

熱い吐息交じりのサイモンの声に合わせるように、自然に二人の唇は重なりあっていた。
ドア越しの、二人の初めてのくちづけを。
サイモンの唇の温もりが、フローラの唇の感触が、二人には感じられた。

二人はゆっくりと離れ……

「フローラ、僕はいつも君を想っている」
「サイモン、私もあなただけを想うわ。心配しないで。私、あなたのために、あなたのためだけに生きると約束する」

「よかった。フローラ、ありがとう」
「サイモンも、ありがとう。愛しているわ」

「僕もフローラだけを愛し続けるよ。じゃあ、また……」
「ええ、またいつか……」


言い終えると、ジャリっと足音が聞こえる。
ああ、サイモンが去って行ったのだと、ドア越しにフローラは泣き崩れた。

もう二度と会う事は叶わないかもしれない。
それでも、生きると、生き続けると二人で誓った約束は守りたい。
座席の背もたれに背を預けると、声を殺して泣き続けた。

しばらくすると、馬車が動きだした。

きっとサイモンはどこかでこの馬車を見ている。見えなくなるまで、ずっと見守っていてくれている。そう思い、姿勢を正すと淑女の姿勢で居住まいを正した。

見えるはずの無い姿を、サイモンに見てもらうように。


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