王太子殿下にお譲りします

蒼あかり

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執務室に戻るとマルクスは書類に目を通し、仕事を始める。
隣でなんだかんだと邪魔をする人間がいないので、実に仕事がはかどる。
なんだ、こんなことならもっと早くにこうするべきだったと思い始めていた。

執務室に戻ってから2時間近く。空は暗くなり始めている。
少し遅すぎないか?そう思い、窓下の庭園に目を下ろすが人影はない。
さすがにこんな暗くなってまで庭園散策はないよな?と思い、まさか何かあったのか?
これは様子を見に行った方が良いのか?と思い始めた頃にアルバートが戻ってきた。

「アル、アリーシャは無事に帰ったか?」

遅くなった理由はあえて聞かない。それにしてもなんだか顔色が冴えないような?

「ああ、マルクス。アリーシャ嬢はルドルフが送って行った。まず大丈夫だろう。」

そう言いながらソファーにドサリと座り込む。

「どうした?疲れてるのか?」

ただ庭園を歩くだけでこの憔悴ぶりはなんだろう?はて?と考えていたら

「お前が言っていた意味が分かったわ。うん。彼女はたぬきだった。」

なんだ、そのことかと思い

「彼女の名誉のために言えば、彼女だけがたぬきってわけじゃない。女はみんなたぬきなんだよ。そう思っていれば間違いない。」

「いや、それじゃあ、あまりにも・・・」

「一体何があったんだ?彼女と何かあったのか?」

いくらたぬきとは言え、彼女はそれほど裏があるようには思えないが?それとも俺の目が節穴っだたのか?と、思いあぐねていたらルドルフが戻ってきた

「ただいま、アリーシャ嬢を無事に馬車まで送り届けてまいりましたよ。」

こちらもまた、戻るなりアルバートの隣にドサリと腰を下ろす。

「ルド、すまなかった。礼を言う。それにしても、二人とも何があった?たかが庭園散策になんでそこまで疲れるんだ?」

俺は立ったまま二人を見下ろすように問いかける。

「マルクス、黙ってお茶入れてくんない?お前のせいなんだから、それくらいいいよな?」

ルドがイライラしながら言う。

「ああ、すまない。気が付かなくて。いつもの紅茶でいいか?」

「うん。それでいい。あ、あとなんかおやつない?甘い物。」

「甘い物?クッキーくらいしかないが。」

「それでいいや。なんか、無性に甘い物が食べたいわ。」

甘い物が欲しいなんて相当疲れているのか?なんなんだ?
そんなことを考えながら三人分の紅茶と、クッキーを皿に盛りつける。
応接机の上に紅茶とクッキーを並べ、向かいのソファーに座り揃って紅茶を一口含む。

「ああ、美味しいわ。クッキーもうまい。生き返る。」

ルドがモシャモシャとクッキーを食べ、ゴクリと紅茶を飲みこむと「おかわり」と、紅茶をせがまれる。ティーポットからルドのカップに紅茶を注ぐ。

「で?一体何があったんだ?そんなに彼女はひどかったのか?」

なぜか二人ともカップを置き、黙りこむ。
いくらたぬきでも、淑女としての分別はつく子だと思うのだが?と考えていたら、ルドルフが重い口を開いた

「彼女から伝言を頼まれた。」

「伝言?俺に?」

「ああ、お前にだ。」

「何を?」


「しばらく距離をおきたいそうだ。」

距離をおく?なんの距離だ?と、ぼんやり考えていたら

「意味わかる?」と、ルドの声が聞こえる。

「ああ、わかる。」

本当にわかっているのか?うん。わかっている。そういうことだよな。


「マルクス、今日のあれはいくらなんでもいただけないわ。
氷の公爵令息だかなんだか知らんが、婚約者に対してあれはないだろう?」

そう言って怒りの眼差しでルドルフに睨まれる。

「彼女には悪いことをしたとは思っている。彼女は?ひどいことになっていたのか?」

俺は彼女が泣いて騒いだりしたのか?それとも怒りに任せてアルバートに無体を働いたのか?と心配になってきたが

「彼女は冷静だったと思うよ。怒りも悲しみもあったみたいだけどね。それでも努めて冷静になろうとしていたのはわかった。アルバートの前ではね。」

「アルの前では?」

「ああ、王太子の前ではさすがに冷静でいようとしていたみたいだけど、馬車に向かう間は相当怒っていたみたいだ。」

彼女が?アリーシャが怒る姿は想像ができないな

「ま、お前の意思を尊重するとか言っていたけどな。で、最後には王太子妃の席を狙うようなことも言っていたわ。」

「そうか、まあそうなるよな。それが貴族令嬢というものだろう。」

言いながら、なんだか腹の中がムカムカするのがわかったが、努めて冷静に振る舞う。

「アル、大変な思いをさせてすまなかった。申し訳ない。」

こんなことになるならと思っていたら、

「いや、結構楽しかったよ。さすがにたぬきにはびっくりしたけど、その前はちゃんと楽しかった。足元が悪いから彼女の手を取って遊歩道を歩いたんだ。
花の話や彼女の学園での話も聞けたし、彼女も楽しんでくれた気がする。
思っていたよりもしっかりした子だったな。」

アルバートは思い出したように頬を緩め、楽しそうに語りだした。

「あ、手紙を出しても良いか?って言うから良いよって言っておいた。返事が欲しいとも言っていたから、もし来たら返事をだすよ。いいよな?マルクス?」

「もちろん、異論はない。」と答えておく。

手紙ねえ、そういえば手紙なんて交わしたことなんかあっただろうか?と思い返してみる。
彼女からは最初の頃何回かもらったような気がする。
その返事はたぶん書いていない。
書くよりも会った方が早いし効率的だろうと思い、茶会の申し込みをしていたような?
そういえば彼女の字はどんなだったかすら思い出せない。
家に帰ればまだ手紙はあるだろうか?いや、たぶん無いな。

しかも、アルが彼女の手を取って歩くとか?そこまでのことを想像もしていなかった自分に驚いた。
果たして俺は彼女の手を取って歩いたことなどあっただろうか?エスコート役をするときには手をとったりするが、、、ああ、親密な行動をしたことがないんだなと答えに行きつく。
婚約者であるにもかかわらず、義務をこなすだけで彼女との距離を縮めることをしてこなかったことに愕然とした。

これで婚約者面などありえないのか?

俺は自分が思うよりもっと「氷」なのかもしれない。

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