『戦場に咲いた愛』~侯爵子息と子爵令嬢の身分違いの恋~

蒼あかり

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~4~

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「あなた達は泣かないのだな?」


 皆が落ち着きを取り戻し、眠れぬ夜を過ごす頃。
いつものように庭に出たパトリシアは、暖炉に使う薪置き小屋の隅で隠れるように小さくなっているブラッドリーを見つけた。
そして、なぜか躊躇することなくその隣に座った。


「もう、涙などとうに枯れ果てました」

 今日も輝く月を窓越しに見上げ、パトリシアが答える。

「私の涙で彼らの笑顔が戻るなら、私の涙など枯れるまで、血の涙が出るまで泣いてみせます。神に何度祈り、願ったことか。でも、それが叶う事はなかった。
 神を呪ったこともあります。罪もない人がなぜこんな目に合わなければならないのか。
この戦を始めた者達はのうのうと暮らしているのに、なぜ関係のない者がこんな目に合わなければならないのか。でも、神は答えを教えてはくれなかった。
 だから、前を向くことに決めたのです。儚くなった人たちの分まで真っすぐに生きようと。
 そして、いま生きている人を、生かせるように手助けをしようと。そう思うようになったら、少しだけ心が楽になった気がして。
決して悲しんでいないわけではないのですが、団長様達には罪深い者に映ったかもしれませんね。申し訳なかったと思っております」

ブラッドリーは、パトリシアの話を静かに聞きながら首を振った。

「すまない。失礼なことを聞いてしまった。本当に申し訳ない」

「いえ、それが普通の人の気持ちだと思います。女のくせに涙ひとつこぼさずに淡々と処置をする姿は、恐ろしささえ感じることでしょう」

「いや。ここに居る者達は……、君たちに看取ってもらった者達は、皆幸せだと思う。
 敬意を持って接してくれていた。本当に感謝の思いしかない。ありがとう」

 ブラッドリーは隣に並んで座るパトリシアにぎこちない笑顔を向けた。
 心がついてこないのだろう。無理に作る笑顔が痛々しくて、パトリシアは目を合わせることが出来なかった。

「そうだと、良いのですが……」

 パトリシアの遠慮がちな返事に、ブラッドリーはなおも微笑もうとする。
 もう無理に笑わなくても良いのにと、今は彼を一人にした方が良いかもしれないと、パトリシアはその場を離れようとした。

「誰しも一人になりたい時はありますもの、私はそろそろ。どうか少しでも休んでくださいね」

 ゆっくりと立ち上がろうとしたその腕を、ブラッドリーの大きなゴツゴツとした無骨な手が力強く握りしめた。

「こんな夜だからこそ、一人になりたくない時もある。誰でもいいわけじゃない。隣に居てはくれないか?」

 今にも崩れ落ちそうな、救いを求めるような瞳で見つめられたら、とても一人に出来るはずなどない。
 パトリシアは自分の腕を掴む彼の手の熱さを気にしないようにし、もう一度彼の隣に座り直した。


「私は弱い。部下が、仲間が死ぬのは耐えられない。戦場では自分自身、敵国の戦士を切り裂くのに、自分の仲間が死ぬのは許せない。卑怯な男なんだ。
 戦場では弱い者や油断をした者から次々に死んでいく。だが、そんなの当たり前だ。
 今まで田畑で鍬を持ち土を耕していた者が、急に武器を持たされ人を殺めろなんて、そんなこと無理に決まっている。
やられたく無ければやるしかない。だがそんな覚悟など持てるはずがないんだよ。普通の暮らしをしていた者には。
 それなのに我々は嫌がる彼らに武器を持たせ、戦わせようとする。こんなこと許されて良いはずがないんだ。
 本来死ぬべきは我々なのに、なぜ神は私のような男を生かすのだろうか?
 好き好んでこの道を選んだ私のような者にこそ、死は訪れるべきなのに。なぜ、デイルのように若く輝かしい未来を持つ者を神は連れて行くのか?
 いっそ、変われるものなら変わってやりたいと思うのに……」

 ブラッドリーは手で頭を覆い、叫ぶように心の内を吐露し始めた。
 彼の声は震え、いつしか嗚咽に変わっていく。
 パトリシアが泣くことを我慢していたように、彼もまた仲間の前では泣くことすら許されなかったのだろう。
 団長として多くの命を背負い戦い続けることが、どれほどに辛いことか。
 人目を避け、隠れて泣くことしかできないブラッドリーがあまりにも痛ましく、そして自分自身に重なったのかもしれない。


 パトリシアは泣き続けるブラッドリーの頭を自分の胸に抱き、「大丈夫。大丈夫よ」そうささやき続けながら、彼の嗚咽が止まるまで長い時間抱きしめ続けた。
 震える彼の肩は大きい。それなのに、自分の腕の中にいる彼はやけに小さく感じてしまう。
 彼も普通の人間なのだと。団長として部下を率い、戦場を駆け抜けて来たであろう強い男も、こうして仲間の死に涙する弱い人間なのだ。
 自分と変わらない普通の人間なのだと感じ、パトリシアは全てを背負い込んでいる彼の背を守りたいとすら思うようになっていった。



 どのくらい経ったのだろう。
いつしか彼の涙は止まり、気が付けば互いの瞳に自分が映り出すようになっていた。
どちらが先に動いたわけでは無い。ふたりは自然に唇を重ね合わせていた。

 パトリシアは庶民のような生活をしていたとはいえ、貴族令嬢としての矜持はちゃんと持ち合わせている。
 ブラッドリーの涙に絆されたわけではない。情に流されたわけでもない。
 彼女は自分の意思で、彼を受け入れたのだ。

 肌を重ねることで命を感じることが出来た。生きていると、生かされていると感じることが出来たのだ。
 それはブラッドリーも同じだった。望んで戦場に行ったとしても、やはり死は怖く、戦場では常に孤独だった。
 パトリシアと言う同じ孤独を持つ女性に出会い、自分の命を受け入れてもらえたことが、彼の自信と命の尊さを再び思い出させることになった。



 その夜、ふたりに言葉はいらなかった。

熱い肌の温もりだけが、自らの生きる道標へと変わっていった瞬間だった。


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