『戦場に咲いた愛』~侯爵子息と子爵令嬢の身分違いの恋~

蒼あかり

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 パトリシアが病院に勤め始め、町の人たちとも打ち解けるようになっていった。
 子爵令嬢とは言え、元々平民にも似た生活をし、ましてや野戦病院ではそれ以下の生活を続けてきたのだ。それに比べれば今の生活はとても恵まれている。
 戦後の混乱はあれ、田舎の領地では食べる物には困らない。寝る場所も用意されている。野党や獣に脅えずに眠ることができる環境は、パトリシアにとって十分幸せと呼べるものだった。
 
 だが、平和を感じれば感じるほど、心にぽっかりと穴が開くようで。その穴を埋める物は何かと考えれば、それは想いを繋げたブラッドリーの事だと気が付く。
 忙しく過ごせば過ごすほど、一人になった時の寂しさが大きくなっていくようだった。

 誰かに側に居て欲しいと思う夜もある。でも、それは彼でしか埋めることのできない穴だとも知っている。誰かは、誰でも良いわけでないのだから。

 彼女にとっての唯一は、ブラッドリーただひとりなのだ。


 ブラッドリーと別れてから一か月以上が経った。
 目まぐるしく過ぎた日々は、もっと月日の流れを感じさせる。
 


 そして気が付いた。
 ブラッドリーの子を身ごもっていることを。

 

 オランドの領地から戻って以降、特に体調の悪さを感じていた。
 疲れやすく、食べ物も特定の物が受付けなくなってきた。
 眠気も強く、仕事中でも睡魔に襲われることも増えた。
 オランドの領地に居た頃、町の女たちが子を産み育てる姿をそばで何人も見てきている。
 お産をそばで手伝ったこともある。
 考えてもいなかったが、そう言えば月の物も遅れていることに気が付いた。

『ここに命が?』

 パトリシアは自分のお腹に手をあて、そっとつぶやく。

「大丈夫よ。あなたは私の大切な宝。ブラッドリー様も喜んでくださるわ」



 グリッドの地に着いてからパトリシアはブラッドリーに文を出した。
 どこにいるかも知らないけれど、王都にいることだけはわかっている。
 王都にあるアッカー侯爵家に、自分はオランドではなくグリッド辺境伯爵夫人の世話になりこの地で過ごしているとしたためて。
 ちゃんと彼の手に届く確証はない。それでも何もしないよりは良いと、辺境伯夫人に住所を聞き勇気をふり絞り思いを綴った。

 返事は未だ無い。それでも自分の中に彼との結晶が芽吹いている事実は、パトリシアに自信を授け強くしてくれた。


 そして、もう一度。今度は新しい命の存在を知らせる文を書き綴った。
 自分と同じ想いでいてくれると信じ、素直な思いをぶつけるように。

 会いたいと、そしてこの命を祝福して欲しいと願って。



~・~・~



 その頃、王都のアッカー侯爵邸では、ブラッドリーの母である侯爵夫人が苦々しい顔で一通の手紙をその手で握りつぶしていた。
 パトリシアが最初に送った手紙はちゃんと届いていた。だが、宛名である本人の手に渡ることはなかった。

 そして二回目の手紙。パトリシアがお腹の子の存在を報告する手紙もまた、子の父に渡ることはない。

 侯爵夫人はソファーから立ち上がると暖炉の前に立ち、侍女に手を伸ばす。
 侍女はその手に持っている燭台を夫人の前に差し出した。
 燭台には火の灯った蝋燭があり、その蝋燭の火で手紙を燃やし始めた。
 しだいに火は燃え広がり、その手紙を睨みつけるように見つめながら、そのまま暖炉へと放り投げた。しばらく燃え続けた手紙は、やがて灰となり跡形もなく燃えてしまった。


「辺境伯爵が味方では、下手に手は出せないわね。あの子をよく見張っておいて。決してその小娘に近づけてはダメよ」

 夫人のそばで控えていた執事が、黙って頷いた。


 家族にパトリシアの話をしたあの日から、ブラッドリーはほぼ軟禁状態でアッカー邸に閉じ込められている。
 文を出したこともある。だが、その文がパトリシアに届くことはないと知っている。
 使用人に頼んだところで主である両親の手に渡り、どうせ出されることはないのだ。
 そして中身が確認されるであろうことも想定済みだ。だからこそ、自分の想いのありったけを込めて書き綴った。自分の本気を知って欲しくて。

 その間、婚約者候補と言われるコーデリアと会わされたりもした。
 しかし、心に決めた人がいると告げ、下手な期待を持たせるようなことは回避しようと努めた。他に好きな女のいる男のところになど嫁ぎたいと思うはずが無いと、そう信じて。
 だが、コーデリアは淡々と答える。

「男爵家とは言え、私も貴族の娘です。家の為に嫁ぐことが定めだと教わってきました。
 ブラッドリー様に想うお相手がいても、私は全く構いませんわ。どうぞ、そのお方を妾にされてくださいませ。所詮、跡取りではない御身分ですもの、そのくらいの自由は許されるのではありませんか?」

 何の迷いもなく当たり前のように口にするその令嬢に、ブラッドリーは驚きと悲しみと、諦めにも似た思いが込み上げてきた。
 婚約者であるブラッドリーの手に引かれることを望み、まだ社交界デビューは済ませていないと聞いた。ブラッドリーよりも大分年下の、まだあどけなさの残る少女と言っても間違いではない令嬢。そんな子ですら、家の事を思いその身を差し出そうとしている。
 それなのに、自分はいったい何をしているのかと、頭を殴られたような衝撃を覚えた。

「私は一体、どうすれば……」

 月日は悪戯に過ぎていく。パトリシアに待っていてくれと自分が願っておきながら、何の手立てもできないまま放っておく形になっている現状に、打開策を考えてもどうする事もできずにただ悩み続ける日々。

 だが、元々直情的な性分のブラッドリーは、とうとう考える事を放棄してしまった。
 今までだって直感で戦火を生き抜いてきたのだ。自分の考えに間違いはない。己の人生は己で見極めると、そう覚悟を決めた。


「私はパトリシアの元に行こうと思います。それでこの家を追放されても構いません。
 この腕一つあれば、騎士として食っていくことは可能です。私は貴族然とした生活を望んでいるわけではないのだから。ただ人として、幸せになりたいと願っているだけです」

 ある日の朝食時に突然ブラッドリーが言い出した。
 次兄は驚いていたが、侯爵である父も母も、そして長兄もさして驚いた風ではなかった。
 いつの日か、こんな事を言い出すと思っていたのだろう。

「それで? ここを飛び出してお前は本当に幸せになれるのか? 騎士として身を立てることが本当に可能だと思っているのか?」

「兵団の団長をこなした経歴があれば、どこかの領地の私兵くらいはなれるはずです」

「ふっ。だから甘いと言うのだ。本当にお前の実力だけで団長に上り詰めたとでも思っているのか? そこには上位貴族への配慮があったと、なぜ思いつかんのだ?」

「え? どういう……」

「どうもこうもないだろう、そう言う事だ。お前の実力などたかが知れているという事なのだよ。前線で戦うからこそ、その功績を身分の低い者に渡さぬよう、お前のような高位貴族がその責を任されるのだ。そんな事もわからずに部下を侍らせたと調子に乗りおって」

 食事の手を止めることなく語る父の言葉が、うまく頭に入ってこない。理解できないことはないはずなのに、頭がそれを拒んでいるようで。

「ブラッドリー。お前は……いいえ、お前たちはこのアッカー家を離れて生きてはいけないのよ。わかってくれるわね?」


 侯爵夫人としての気品を纏いながらブラッドリー達に優しく告げる母が、自分の母親だなどと思えずにブラッドリーは震える指を強く握りしめた。

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