あなたは誰にもわたさない

蒼あかり

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~5~

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「アンナさん。また差出人のない贈り物が混ざっていました」

「そう。お嬢様には私が渡しておきます。ありがとう」


 グリーン伯爵家には、毎日フランチェスカ宛ての手紙や贈り物、花束が送られてくる。美しさのあまり女性から恨みや妬みを買うことの多い彼女には、善意の品に交じり悪意を込めた物も送られてくることもある。そのため、フランチェスカに代わりそれらの選別をするのは侍女であるアンナの役目だった。
 手紙は一度開封し、異物が無いかを確認する。贈り物の類もカードを抜き取りそこに品物の名を書き記す。季節の色とりどりの花々は館中に飾り付けていく。

 ある薔薇の花を除いては……。
 

 アンナは、メイドから木箱を受け取るとそのまま屋敷の裏にある焼却炉に向かった。焼却炉の火の番をする使用人からくぎ抜きを受け取ると、慣れた手つきで木蓋を開ける。
 
「アンナさん。またですか?」

 心配そうにアンナと木箱を交互に視線を這わせる初老の使用人。
 地面に置かれた木箱からは血にまみれた子猫の死骸が入っていた。
 子猫の下に敷かれた布は血に染まり、すでにどす黒く色を変えている。
 舌をだし目を剥いたその姿を見て、使用人の男は「ひっ!」と掠れた声を上げる。

「アンナさん、もう何度目かわからん。旦那様に教えた方が……」
「私が責任を取るわ。黙っていて、いいわね」

 アンナは木箱を無造作に抱えると、使用人の男の前に突き出した。男は思わず後ずさり、「うんうん」と涙目になりながらただうなずくだけだった。
 それを確認すると口角を少しだけ上げ、木箱ごと「それ」を焼却炉の火の中に放り投げた。焼却炉の蓋を閉めると、煙突からは闇を隠すように薄黒い煙が天に向かって上り立っていく。


「アンナ、遅かったわね。何かあったの?」
「申し訳ありません。今日は贈り物の数が多く手間取ってしまいました。いま、お茶をお入れします」

「お茶はいいわ。それよりも、あの方からの薔薇の水を代えてくれる?少し元気が無くなったみたいなの」
「かしこまりました」

 そういうとアンナはフランチェスカの寝台に近づき、サイドデスクに飾られている花瓶を手に取った。花瓶には深紅とは少し言い難い微妙な色をした薔薇の花が一輪。水を代えて戻ってくると、そのままフランチェスカのデスクの上に置く
 
「そろそろ限界が近づいておるようです」
「そう、残念だわ。でも、もう少し、もう少しだけ飾っておくわね。その後はいつものようにお願い」
「かしこまりました」


 フランチェスカはソファーから立ち上がると、デスクに置かれた薔薇を前に座りなおした。花瓶を引き寄せその花びらに顔を近づけると、柔らかい笑みを浮かべその香りをかいだ。
 ひとしきり堪能すると、デスクの引き出しからナイフを取り出し自らの薬指の先にその切っ先を押し当てた。
「っ!」声にならない声を上げ、その指先に丸い宝石のように溜まる血を眺めている。雫になって零れ落ちそうなほどの大きさになったその赤い宝石を、花瓶の水の中にそっと垂れ流した。透明な花瓶に映る水面に血が滲んでいく。

フランチェスカの体内から零れ出た、まだ生暖かいその血はゆっくりと波紋を広げるように下に沈み、緑色に染まる薔薇の枝に絡みついていく。
 時間をかけてゆっくりと、ゆっくりと絡めつく「それ」は、まるでフランチェスカ自身のようだ。自らの体に傷をつけ、分身ともいえるその血を絡めたその花は、その想いを、その愛を受け取るように少しずつみずみずしさを増し、花びらに張りを生みだしていくようだ。
 
ついに色を無くし薔薇と一体化した「それ」を確認すると、恍惚とした表情を浮かべ、そっと花びらに口づけをする。


「お茶でございます」

 アンナはフランチェスカの前に、そっとお茶のカップを差し出した。

「ありがとう。ちょうどいいタイミングだわ」

 優しく微笑むフランチェスカは、一番下の鍵のかかる引き出しからガラスの小瓶を取り出した。その中には目の前の薔薇と同じ色をした花びらを乾燥させた物が数枚入っている。それを一枚取り出すと、静かにお茶の入ったカップに浮かべた。
 渇き小さくしわになった花びらが少しずつ水分を吸い、ゆっくりとその身を広げていく。その様子を黙って見つめるフランチェスカ。
 花びらは大きく広がると少しずつ、ゆっくりと、その身に宿した色を放っていく。
 元の深紅の花の色ではなく、そう。たった今、フランチェスカが自らの分身で染めたような、赤い宝石のような色。

 フランチェスカは知っている。それがひとりだけの物ではないことを。
 自分ひとりの分身ではないと、「あの方」と一緒になったその色だと言うことを。
 ふたりの血を吸ったその薔薇はまるで、交わったふたりの結晶。
 フランチェスカはその結晶を浸したお茶をひとくち口に含むと、それを堪能するように舌で転がした後、ごくりと喉を鳴らし飲み込んだ。

「……おいしい」

 妖艶な声を上げるフランチェスカ。ほんのりと頬を染めながら目を潤ませるその顔は、まるで男を知った女の顔のようだった。

 


 その容姿も、名も知らぬ「あの方」から定期的に届く薔薇の花。
 それをフランチェスカは大事に部屋に飾りつける。

 彼女に焦がれる男たちはこぞってフランチェスカに想いの籠った品を送りつけてくる。だが、どれほどに綺麗な花の束も、その身を輝かせる宝石やドレスにも、フランチェスカが興味を持つことは無い。
 フランチェスカの部屋に迎え入れられ、彼女のそばに置くことを許される唯一が、この赤い薔薇だけなのだ。


 誰かもわからぬことが彼女の好奇心をくすぐるのか?
 煌びやかな中に一つだけの慎ましいさまが、逆に目立つのか?

 それとも……。
 


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