涙の花嫁

ライラ

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花嫁と最期の時間を

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「ねぇ、憶えてる?」

酸素マスクを付けながら私は春樹に話しかける。春樹は手を強く握りながら私の問いに答えた。

「なにを?」
「私達が出逢った時の事」
「憶えてるよ、雪の中泣いてただろ?」
「うん」
「あんなの見たらほっとけないだろ」
「春樹は優しすぎるんだよ」
「そうかー?」
「そーそー」
「俺が優しいのは柚子にだけだよ」
「ふふ、嘘つき」
「な!嘘じゃねーぞ」
「はいはい、ありがと」
「柚子、調子どうだ?」
「うん、最近は良いの」
「そうか、よかった」
「もう少しで酸素マスクも取れるって」
「ほんとか?」
「うん」
「よかったな、柚子」
「うん」

白いシーツの大きなベッド。
耳の横に垂れ下がるナースコールのボタン。
私の腕に繋がる点滴と、口にはめている酸素マスク。
どれも見慣れた光景だった。
ふと春樹をみる。
大好きな大好きな人。
私とともに病気と闘ってくれると誓った人。

でも彼は知らない。

私の命が、残り、半年もない事をーーーー。

「なぁ」

春樹が話しかける。

「ずっとお願いしてた、外出許可、取れそうか?」
「あぁそれね、無理みたい」
「やっぱりそうだよな」

春樹はいままで見せた事のない表情で笑った。まるで悔しさと悲しさを押し殺したような笑顔で。

「どうしたの?その日なんかあるの?」
「なぁどうしてもだめか?」
「外出許可?」
「あぁ」
「だめ。だけど、、、」
「だけど?」
「抜け出す事は出来るよ♪」
「それはだめだよ!」
「大丈夫!最近体調も良いから!」
「そうか」
「うん♪」
「じゃあ来週の日曜日、迎えにくるから」
「うん、まってる」
「おう、じゃな」

春樹のいなくなった病室は怖いくらい静かだった。まるでいま私が消えても誰もきずかないような。















始まりは2年前の冬だったーーーー。
「悪性腫瘍の癌ですね、」
お医者さんの一言で私の世界はぐちゃぐちゃに見えた。
どうしたら良いのかわからずにとにかく病院を飛び出した。
あたりは雪が降っていて、イルミネーションに飾られたクリスマスツリーだけがひときわ輝いている夜だった。
もう涙がとまらなかった。
歩いているのに涙はぼろぼろととめどなく溢れてきて。
とうとう私はしゃがみ込んでしまった。
そんな中、私を救ってくれたのが春樹だった。

「大丈夫ですか?」

手を差し伸べた春樹はどこかぎこちなかった。

「ありがとうございます、でも大丈夫です」
「大丈夫に見えませんけど」
「え?」
「ついてきてください」

春樹は私の手を引っ張って病院の裏の丘の上にある綺麗な教会に連れて行った。

ーーーーーーーーーーーーーギギギィィィ

木でできた大きく重いドアをゆっくりと開く。

「入って下さいよ」
「、、、わぁ」

思わず絶句した。
色とりどりのステンドガラスから小さな月明かりが差し込んだ。
照らすのは春樹と私の顔。

「どうしてここへ?」
「俺、辛くなったときここへ来るんです」
「、、、」
「泣いてるとき、苦しそうだったから」
「、、、」

不意に涙が溢れた。
春樹は慌ててハンカチを私へと渡す。

「あ、あの、迷惑でした、?」
「迷惑なわけ、ありません、」
「あの、よかったらお話聞かせてください」
「、、え?」
「こんな俺だからなにができるかわかりませんけど、でも抱え込んでるよりきっと楽になれるはずです」
「、、、、」

春樹の言葉に心底驚くと同時に病気のことを話すかどうか、すごく迷った。
でも春樹の真剣な眼差しに涙と言葉がこぼれ落ちて、ひっくひっくと春樹に泣きついた。

「病気になっちゃったの、、、」
「え?」
「悪性腫瘍の癌」

春樹は目を見開いた。

「しばらくは病院生活なの、学校も、やめなくちゃいけないんだって、」
「あの、俺、頼ってくださいよ」
「え?」
「病院の隣の白い家が俺の家ですから、何かあったら連絡下さい!」
「、、、」
「あ、ごめんなさい、ナンパみたいですよね。俺、春樹です。」

私はふっと口元を緩めクスクスと笑う。

「小林柚子です、どうして敬語なの?」
「あ、そっか、じゃあ柚子!」
「うん!春樹 ♪ 」

真っ赤になりながら笑う春樹に私は精一杯の笑顔で答えた。

「柚子ーー?」
「あ、お母さんだ、」

お母さんが私のことを呼ぶ声がする。
ほんとはまだ帰りたくなかった。

「ごめんなさい春樹、もう戻らなきゃ」
「あ、あぁそうだよな」
「ほんとにごめん」
「あしたもくるか?」
「え?」
「この丘で待ってるよ」
「わかった、行けそうだったら行く!」
「おう、待ってる」
「じゃぁまたね、」

春樹はヒラヒラと手を振った。
振り返り手をふり返すとお母さんの元へと急いだ。
病室に戻ると、窓からはもう春樹の姿は見えかった。




夜が明けて、強い日差しが真っ白なカーテンを突き抜けて柚子の顔を照らした。
窓の外を見ると丘の上に春樹の姿があった。
春樹はこちらにきずいた様子で手をふる。

「いかなきゃ」

素早く手の届くところにあったカーディガンを羽織ると歩き出した。

「柚子、大丈夫か?」
「平気」

急いでてきたせいで呼吸が荒くなった。
でも春樹とあって話しているとそんなことはすぐに忘れてしまっていた。

日が暮れて柚子は病室に戻る。
窓から春樹が帰るのを見ると安心して眠りにつく。
そしてまた次の日の朝。
同じようにまたあの丘の上の教会の前で待ち合わせるんだ。
柚子にとってその時間はどんな時間よりも愛おしく楽しく大切な時間だった。
そして日に日に春樹の存在が大きくなっていき、やがて二人は将来をも誓い合った。
ずっとこの幸せが続くと思ってたから。








ーーーーーーーーーーーーーーーーー。

白いシーツにナースコール。
窓辺に飾られた淡いいろの花。
春樹と話してる間に私は寝てしまっていたようだ。
春樹と出逢った時の夢を見た。
春樹と丘での楽しかった出来事。
思い出すときりがなくて、涙がこぼれた。

「ん?柚子?」

春樹がこちらにきずいたので柚子は涙を拭いて話し始めた。

「ねぇ憶えてる?」
「なにを?」
「将来結婚するって話」
「憶えてるに決まってんだろ?!」
「ふふっ、真っ赤」
「ぅるせー」
「でもさー」
「んーー?」
「それ、ダメみたい」
「、、、え」


春樹は声を出すのがやっとの様子だった。


「俺のこと嫌いになった?」
「ううん」
「俺、なんかした?」
「ううん」
「もうしかして、柚子のお母様に、!」
「ううん、ちがうよ」
「じゃあどうして?」
「しょうがないことなの」
「だから黙って別れろって?」
「、、、。」
「来週の日曜日。教会で。待ってる」
「いけない」
「こなくてもいい。でも待ってるから」

静かに春樹は病室を後にした。

「ちがうよ。別れたくないよ。春樹、。でもね、もう余命が半年もないの、生きてられないの、もう、春樹を傷つけたくはないよ」

静かな病室には微かなすすり泣きの声と柚子の心の声がこだましていた。

「、、、、、マジかよ、。」

その声は小さすぎて、病室の中にいる柚子には届かなかった。












日曜日になった。
辺りは雪が降って凍えるほど寒かった。
柚子は窓から教会を見た。そこにはすでに春樹の姿があった。
春樹は教会の中へと入って行く。
雪は絶え間なく降り、周りを城へと染めていった。


午後7時を回った頃だった。
教会の灯りはまだ付いている。
春樹が一日中待っていた事を思うと胸がはけしく傷んだ。
午後9時を回った。
灯りは消えない。
柚子は壁際に身を寄せ、春樹を思い涙を流した。
午後11時。
柚子はたまらなくなった。
我慢の限界だった。
春樹を凍える雪の中、待たせている事は出来なかった。
まだいるかわからない。
もうしかしたらもう帰ってしまっているかもしれない。柚子は走り出したーーーーー。







「春樹!!」

応答はない。

「帰っちゃったか、」
「帰んねーよ」

後ろを向くと春樹が立っていた。
似合わない、白いタキシードを着て。

「どうして、?」
「結婚式、」

そう一言ゆうと春樹は柚子の頭へふわりと
ベールをかけた。
花嫁のベールを。

「できない、!」

柚子は強く目をつむった。
春樹はそんな柚子を抱きしめた。

「隠してること、言ってよ。受け止めるからさ」
「、、、」
「柚子、たとえ短い命でも、俺は柚子と一緒にいたいんだよ。俺じゃだめか?」
「、どうして知ってるの、、、?」
「偶然聞こえたんだよ」
「、、、」
「話して?、柚子、」
「、、もう全部知ってるの?」

春樹はうん、と言う代わりに、首を縦に振った。
柚子は涙した。その場に泣き崩れた。

「生きてたかった。それに怖い、怖いよ春樹、私、自分が死ぬなんて考えたことなかった、でも死ぬの。怖い、怖い。」

柚子の震える手を春樹は温かく包み込んだ。

春樹はゆっくりと柚子のベールをまくった。
そしてゆっくりとキスをした。
柚子の肩に水滴が垂れ、春樹も泣いていることがわかった。
二人は抱き合ったまま、誓いの言葉を口にした。
二人の世界は輝かしく暖かい雰囲気に包まれていた。








ーーー朝になった。
柚子は病室のベッドの上で眠っていた。
柚子は昨日の出来事が夢ではないかと心配になったが、確かに花嫁のベールは手の届く棚の上に置いてあった。




柚子は安心した。





そしてそのまま温かな花嫁のベールを手に、柚子は二度と覚めない眠りへと落ちていった。





「柚子、、、」


春樹の泣きじゃくる声が病室にこだますると、花嫁のベールはふわりと柚子の頭の上へかぶさった。
そしてそれはまるで、泣かないでと、柚子が微笑んでいるようだった
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みんなの感想(1件)

2016.11.18 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2017.03.11 ライラ

紅さんありがとうございます、
すごく嬉しいです。
これからも頑張って書いてゆくので応援して頂けると幸いです。

解除

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