英雄の俺が転生憑依した男は、S級冒険者パーティの下働きだった。頭に来た俺は、ダンジョン攻略中に全員の荷物を持ってパーティから逃げ出してやった

もぐすけ

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処罰

天敵

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 地下七十一階は潮の匂いがした。海水が浸水しているのかもしれない。

「海の魔物が出てくるのかしら」

 先頭の俺のすぐ後ろを歩いているリサが話しかけて来た。

「そうかもな。ん? 何か歌のようなものが聞こえるぞ」

「そう? 何も聞こえないけど?」

 それはセイレーンの歌声だった。歌声で人を狂わせる海の魔物だ。俺は耳がいいばかりに遥か彼方のセイレーンの歌声を拾ってしまったのだ。

***

 リサはジークの後ろ姿を視野に入れながら、周りを警戒していた。ジークが聞いたという音をリサも捉えようとしたのだが、何も聞こえない。ジークにどんな音だったのか、尋ねようとしたとき、前のジークが突然歩くのを止めた。

「どうしたの?」

 ジークの様子がおかしい。下を向いて何かぶつぶつ言っている。突然ジークが反転し、リサに斬りかかって来た。

「ちいっ」

 リサは突然の斬り込みにも関わらず、ジークの剣先を横から剣で払い、流れるようにジークをいなした。

「ジークが狂戦士化したっ。警戒!」

 リサは短く叫び、再び突進してくるジークの剣先をかわした。踏み込みが鋭すぎて、かわすだけで精一杯だ。

 こういった場面はあらかじめシミュレーションしており、ジークが惑わされた場合は、残り三人で全力で戦うことになっている。ジークには完全復活という魔法がかけられており、死んでも復活するから、遠慮しないでいいということだった。

 後方からアンジェラの魔法が何発もジークに向かって放たれるが、ジークはかわしたり、レジストしたりしながら、再びリサに向かってくる。

 アンジェラの魔法の影響を感じさせない先程と同じ鋭い踏み込みで、ジークが突っ込んでくる。やはり、反撃する隙がない。

 いなすしかない、と半身に開いて剣を流そうと手首をひねったとき、ジークの剣先が大きく曲がった。

(フェイント! まずい、やられる)

 リサは自ら尻もちをつき、ジークの剣先をやり過ごした。ジークは接近戦を避けるため、剣を交わした後は、そのまま五メートルほど突き抜けて行く。

(つ、強い。この私に剣を振らせないっ。マモルはいったい何をしているのよっ)

 リサはすぐに起き上がり、間合いを詰めようとするが、ジークは常に五メートルの間隔を開けてくる。恐らく絶対物理防御の効果範囲なのであろう。

 ジークは五メートルの間合いを二歩で詰めてくるが、リサは三歩かかるため、攻めることが出来ず、返し技で対応するしかない。

 ジークがまた別の剣技の型で攻めて来た。リサは一か八か踏み込む決意をしたが、ジークは同時にファイアを数発放って来た。これにはリサも面食らってしまい、遂にジークの剣先を脇腹に受けてしまった。

「うぐっ」

 すぐにイメルダから治癒魔法が放たれ、傷口がゆっくりと塞がっていく。それを見ていたジークが標的をイメルダに変えた。

 十メートルは離れていたイメルダにジークがあっという間に接近し、イメルダの腹を突き刺した。イメルダがぐったりと倒れて行く。イメルダは決して弱くはない。あのキースが敵わないほどの強者なのだ。

(イメルダをあんなにあっさりと倒すなんて……)

「イメルダっ」

 アンジェラが叫ぶ。イメルダは意識があるようで、自身に治癒魔法をかけているようだ。

(なぜ急所を外した?)

 リサが不思議に思いながらも、ジークに詰めて行くと、ジークはイメルダから離れて、リサから五メートル以上の距離を保ち、次はアンジェラに狙いをつけたようだ。

(狂戦士のくせに弱いものから順番に倒そうとするなんて)

 通常、狂戦士状態になった場合、猪突猛進の攻撃パターンを繰り返すだけなので、御し易いことが多い。

(私への戦い方といい、狂戦士ではなく、操られているわ。分かったわ。セイレーンね)

「アン、防音壁を展開して!」

 アンジェラがサイレントの魔法を放つが、ジークが無効化してしまう。

「ダメ、ジークが魔法を構築させてくれないっ」

(なんて奴なのっ!)

 ジークがアンジェラに向かって行く。アンジェラは両手を広げて、ジークを抱きしめるかのように立っている。ジークがそのアンジェラの横を通り過ぎて行く。ジークが通り過ぎた後、血飛沫をあげながら、アンジェラがゆっくりと倒れていった。

 リサがとっさにイメルダを見ると、イメルダが倒れたままうなずいていた。治癒魔法を放ってくれたようだ。

「こ、このくそジーク! 好きな女を斬るなんて! もう許さないわっ」

 とは言っても、リサにはどうやってジークに勝てばいいのか、勝ち筋が全く見えなかった。

 ジークがリサの方を向いた。すでにジークの周りにはいくつもの火の玉が浮いている。

(あれはよけられない。こちらから攻撃するしかない)

 リサは覚悟を決めた。女体剣秘奥義「かんざしの舞」を繰り出す。ジークは受けるつもりだ。

(喰らえっ)

 リサはジークの懐に入り込み、心臓に向けて鋭く尖ったかんざしを突き立てた。ジークの目とリサの目が合った。ジークがニヤリと笑っている。

 カキーンという音を出して、かんざしが折れた。リサは大技を繰り出して身を投げ出した格好になっており、いわゆる死に体だ。

 ジークのクナイがリサのこめかみにゆっくりと迫って来る。時間の進み方が非常にゆっくりと感じる。

(ああ、最後にマモルに会いたかったな……)

 だが、クナイは止まったままだった。ジークは突っ立ったまま動かない。表情も死んだように固まっている。

(……? どうしたの?)

 しばらくしてジークに表情が戻って来た。その表情は柔和で、目から優しさが溢れていた。

「マモル!?」

「間に合ったあ、リサ、久しぶり」

「マモル、マモル、マモル」

 リサはマモルに抱きついた。

「耳が聞こえないんだ。耳だけ乗っ取ってないんだよ。セーフティゾーンにいったん帰ろう」
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