非日常

沢野いずみ

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05 兄姉夫婦編

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 元々は、こんな関係になるはずではなかったのだ。










 05 兄姉夫婦編












 きっかけは、彼女にとっては些細なことであり、普通の人からすれば、結構な問題だった。
 目の前にいるのは学校一のいい男、大野彰人。
 人の良さそうな笑顔。憎みきれないその眼差し。それだけで何人の女を騙し込んだのだろうか。
 彼女――今村恵子は、黒くまっすぐな髪をかき上げた。

「――どういうことか説明して頂けるかしら、大野彰人くん」
「だからね、結婚を前提にお付き合いしましょう、って言ってるんだよ、今村恵子さん」

 にっこりと、穏やかな笑顔で彼は言う。
 負けじと彼女も得意の美しい笑みを作る。

「なぜそういう考えに至ったのかをおたずねしているのだけれど?」
「うん、そうだろうね」

 そうだろうねも何も、それ以外ないだろう。
 そう思うも彼女はそれを口には出さない。わざわざ喧嘩を売るような真似をするほど、彼女は愚かではない。

「今村恵子さんは、実はずいぶんなシスコンらしいという情報がきてね」

 今まで変わらなかった彼女の表情に、一瞬だが変化が見えた。手応えありだ。

「どこからの情報? そういうのは私本人に確認しないと確かとは言えないんじゃない?」
「じゃあ訊くよ。今村恵子さん、あなたは妹に相当執着心を持っていると聞きましたが、本当でしょうか」

 どこでこの男にそんな情報が流れてしまったのだろうか。友達も私の外の顔しか知らない。妹を紹介した人もいなければ、家に呼んだ人も今までいない。妹の自慢話もしたことはない。妹を見せて自慢し尽したい気持ちもあったが、他人にそんな話しても良い反応はなさそうだし、何より、あの子を他人に見せることもなるべくしたくはないのだ。男だったら尚のこと。
 そんなことを考えながらも、冷静に頭は働いている。この男の考えを探るにはどうすればいいだろうか。こいつは何を思っているのか。

「……この質問、何か必要性が?」
「あるよ」

 きっぱりと言い切ってくれるこの男が憎らしい。
 どうせ、答えなくても確かな証拠ぐらい持っているのだろうに。

「そうだ、と言ったら?」
「好都合」

 そう言うと、彰人はにやりと笑った。さっきまでの笑みとは、全然反対だ。なるほど、これがこいつの本当の顔なのか。

「猫かぶりはもういいのかしら?」
「ああ、将来結婚する相手にそんなことしても、疲れるだけだろ?」

 自分勝手な発言に、恵子も頭にきた。なんで勝手に話をそちらへ持っていかれているのだろうか。

「私は許可してないけど」
「……ふっ……はははははっ!」

 不機嫌に言う彼女を見て、彰人は顔を抑えたかと思うと、いきなり大声で笑い出した。さすがの恵子も驚いて目を見開いた。あの大野彰人が壊れた。天変地異の前触れか。
 驚いたまま何も言えない彼女に、少し落ち着いた様子の彰人は顔を上げた。

「やっぱり今村恵子がいいや」
「は?」

 意味不明なことを言う彼の顔は、穏やかな笑顔ではなく、獲物を逃がさない獣の微笑み。

「君の訊きたいであろうことを全部答えてあげるさ。一度しか言わないから、良く聞いて」

 彼は彼女に近寄る。

「君には妹がいて、シスコンなら尚更いいと言ったのは、その妹と俺の弟を同居させたいからさ」
「同居!?」
「そう同居」

 華子と大野彰人の弟が同居。

「そんなの許せるはずないでしょう!? なんで私の華を男と同居させなきゃいけないのよ!」
「落ち着いて、最後まで聞いてくれ。変な意味じゃないから。俺の家庭的な事情なんだ」

 彰人のあやすような言い方に、恵子はついカッとなってしまったことを後悔した。よりにもよって、この男にムキになっているところを見られてしまった。
 やっぱり華子のことになると余裕がなくなることを再確認した恵子は、ひとつ深呼吸すると、彰人を見つめた。そんな彼女の心境をわかってか、彼はゆっくりと話だした。

「俺の親が死んでるのは知ってると思うけど、死んだのが俺が10歳の時で、当然自立なんて出来るはずもないから、俺と弟は親戚に預けられた。そこまでは良かったんだ。ただ、そこで知らなかった事実が明らかになった」

 彰人がひとつ息を吐く。その間、恵子は一回も口を挟まない。今も挟むつもりはない。ただ、彰人の話を聞いている。

「弟――幸人と俺は、異父兄弟で、幸人の父親は、その親戚だったんだ」

 別に父親が変わっても、弟は弟だったし、大したショックも無かったが、自分達がどうあれ、いずれはいざこざがくる。弟をそれに巻き込むわけにはいかない。

「で、もうすでにそのいざこざが始まりそうだから、弟をどこかへ非難させたいわけ」

 彰人は顔色も変えずにすごい裏事情をべらべらと話してくれた。その表情から、特に彼にとっての大きな問題ではないであろうことが伺えるが、恵子は聞かなければよかったと後悔した。こんなことまで聞かされれば、断りづらいことこの上ない。本人はどうも思ってないにしろ。

「今、俺達兄弟で一緒に暮らしてるけど、いずれ俺も結婚したら、どうしようもないだろ。弟はまだ小さいし」
「つまり、結婚して弟を残すわけにもいかないし、ならたぶん同じ心境の私と結婚すれば早い話だ、て?」
「さすが、今村恵子だ。話が早い」

 頭を支えながら結論を言った恵子に、彰人は嬉しそうに頷く。彼女は出そうなため息を堪えた。もう身から出たさびだ。元々適当に結婚して安定した生活が送れればいいと思っていたので、これくらいはしてあげても良いかもしれない。むしろ、成績優秀な彼は高物件と言えるだろう。

「……ひとつだけ条件があるわ」
「条件?」
「そう、ひとつだけ、ね」

 恵子は指を立てて言い放った。

「弟君が華子に手を出さないこと」

 その言葉に彰人は気の良い返事をした。

「もちろん」










「んで、恵子」
「恵子さんって呼びなさいと言ったじゃない」
「なんで妻を『さん』で呼ばなきゃいけないんだよ」
「私だから」
「そうみたいだな」
「で、なに?」
「ああ、あの時言わなかったけど、俺お前が好きだから言ったんだからな」
「あら、奇遇ね、私も気に入らない人とは結婚しようなんて思わないわよ?」






 そして夫婦となった二人の日常が続くのだ。

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