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第一章 クリスマスと藁人形
ネオン街と藁人形④
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あと数日でクリスマス、という平日の夜。母屋に氏子の中村さんがやってきた。
「正嗣先生、おるか」
中村さんは正嗣より年上だが、昔から氏神として崇敬する神社の宮司に対し、礼儀をもって接してくれている。
正嗣が婿に入った際に少なからず反発の声があがったのだが、それを取りなしたのは中村さんの父親らしく、風悟も恩義のようなものを感じているのだ。
「父は、いま外出してます。俺で良ければ聞いときますけど」
イヤホンを耳から外しながら、風悟は玄関へやや急ぎ気味に出てきた。中村さんは、風悟を見て、ああ、いや、と手を振った。
「毎年会館でやっとる子供向けアニメ映画上映会の件や。おらんかったら、大丈夫や。また寄る」
軽くお辞儀をしながら中村さんを見送った風悟の隣に、桃が腕組みをした姿で、すうっと現れた。髪型は三つ編みに戻してある。
「よろしくないわね」
「なにが」
「疲れがにじみ出ているわ」
「そりゃ、親父よりも年上やしな。もうじき還暦やろ」
「十干十二支で生まれ変わるなんて嘘よね。もう五回くらい経験したわ」
「桃は、人やないからなあ」
うそぶくような口調の風悟を、桃はちらりと見る。
「なんや」
「別に」
「長生きすんのも、飽きたか」
桃は風悟を睨んだ。おーこわ、と肩をすくめる風悟に桃は回し蹴りを喰らわす。見事に腰に入った一撃に息をつまらせたあと、風悟は桃の腕を掴もうとしたが、するりとかわされ、こちらの手応えは無い。
「痛っ! なにするんや」
「自分の胸に聞いてみたらどう?」
「事実を述べただけやろ。年齢言わんだけましやんか」
「好きでこんなに長く生きてるんじゃないわ」
風悟は、それに対して言葉は返さない。それほど長くはない時間、意図せず睨み合う格好になった風悟と桃だが、帰宅した正嗣の温和な笑い声で、ぴりぴりした空気は緩和された。
学校はほとんど冬休みなので、今日は私服での所用だったらしい。ダウンジャケットを脱ぐと、柔道で鍛えた体が服の上からでもわかる。
「俺からしたら夫婦漫才みたいやがな、端からみたら風悟がなんもない壁を睨んでるようにしか見えんで」
神社の跡取りだから霊感があるのだろう、と幼い頃から同級生や保護者たちから言われてきた風悟は、肩を竦めた。
「それより、中村さんが来たんやけど、また出直すて」
息子の言葉に、正嗣は柔和な笑顔で頷く。
「映画の件な。いまどきネットで各々見るのが主流やから需要があるか聞かれたんやが、全員おんなじ環境てわけやないからの」
正嗣は鞄から丸めたポスターを出し、風悟に渡した。映画上映会の知らせを、勤務先の高校で印刷してきたらしい。
「回覧板では通達済らしいけどな。これは掲示板に貼っといてくれ。当日はお前も手伝いな」
「あ、いや。俺は……」
瞬間、庭木がミシッとしなった。
「なんやデートか」
「言わんでもわかるやろ、クリスマスやで」
「しゃーないな。その代わり正月は働けよ。神社の跡取りとつきおうとるんやから、彼女もわかるやろ」
「んー」
風悟と彼女は、二回生になってすぐ、今年の春から付き合いだしたため、クリスマスも正月も初めてだ。正嗣は庭木の枝が折れていないのを目視で確認し、桃に向き直る。
「桃は、明日からしばらく俺と一緒な。内田んとこがなあ……」
「え? まーちゃん、まだ藁人形と格闘してるの?」
珍しく正嗣が溜め息まじりで力無く頷くのを見て、桃も不承不承、祈祷の同行を了解した。風悟も眉をひそめる。
「オカマバーの呪い騒ぎ、まだ解決しとらんの?」
ああ、と正嗣は苦笑しながら返事をする。
「まあなあ。元々ためこむタイプやから」
「正太郎さん、繊細そうやもんな」
風悟が父親に同情するように言うと、正嗣はかぶりをふった。
「ちゃう、ためこむんは、内田のほうや」
「正嗣先生、おるか」
中村さんは正嗣より年上だが、昔から氏神として崇敬する神社の宮司に対し、礼儀をもって接してくれている。
正嗣が婿に入った際に少なからず反発の声があがったのだが、それを取りなしたのは中村さんの父親らしく、風悟も恩義のようなものを感じているのだ。
「父は、いま外出してます。俺で良ければ聞いときますけど」
イヤホンを耳から外しながら、風悟は玄関へやや急ぎ気味に出てきた。中村さんは、風悟を見て、ああ、いや、と手を振った。
「毎年会館でやっとる子供向けアニメ映画上映会の件や。おらんかったら、大丈夫や。また寄る」
軽くお辞儀をしながら中村さんを見送った風悟の隣に、桃が腕組みをした姿で、すうっと現れた。髪型は三つ編みに戻してある。
「よろしくないわね」
「なにが」
「疲れがにじみ出ているわ」
「そりゃ、親父よりも年上やしな。もうじき還暦やろ」
「十干十二支で生まれ変わるなんて嘘よね。もう五回くらい経験したわ」
「桃は、人やないからなあ」
うそぶくような口調の風悟を、桃はちらりと見る。
「なんや」
「別に」
「長生きすんのも、飽きたか」
桃は風悟を睨んだ。おーこわ、と肩をすくめる風悟に桃は回し蹴りを喰らわす。見事に腰に入った一撃に息をつまらせたあと、風悟は桃の腕を掴もうとしたが、するりとかわされ、こちらの手応えは無い。
「痛っ! なにするんや」
「自分の胸に聞いてみたらどう?」
「事実を述べただけやろ。年齢言わんだけましやんか」
「好きでこんなに長く生きてるんじゃないわ」
風悟は、それに対して言葉は返さない。それほど長くはない時間、意図せず睨み合う格好になった風悟と桃だが、帰宅した正嗣の温和な笑い声で、ぴりぴりした空気は緩和された。
学校はほとんど冬休みなので、今日は私服での所用だったらしい。ダウンジャケットを脱ぐと、柔道で鍛えた体が服の上からでもわかる。
「俺からしたら夫婦漫才みたいやがな、端からみたら風悟がなんもない壁を睨んでるようにしか見えんで」
神社の跡取りだから霊感があるのだろう、と幼い頃から同級生や保護者たちから言われてきた風悟は、肩を竦めた。
「それより、中村さんが来たんやけど、また出直すて」
息子の言葉に、正嗣は柔和な笑顔で頷く。
「映画の件な。いまどきネットで各々見るのが主流やから需要があるか聞かれたんやが、全員おんなじ環境てわけやないからの」
正嗣は鞄から丸めたポスターを出し、風悟に渡した。映画上映会の知らせを、勤務先の高校で印刷してきたらしい。
「回覧板では通達済らしいけどな。これは掲示板に貼っといてくれ。当日はお前も手伝いな」
「あ、いや。俺は……」
瞬間、庭木がミシッとしなった。
「なんやデートか」
「言わんでもわかるやろ、クリスマスやで」
「しゃーないな。その代わり正月は働けよ。神社の跡取りとつきおうとるんやから、彼女もわかるやろ」
「んー」
風悟と彼女は、二回生になってすぐ、今年の春から付き合いだしたため、クリスマスも正月も初めてだ。正嗣は庭木の枝が折れていないのを目視で確認し、桃に向き直る。
「桃は、明日からしばらく俺と一緒な。内田んとこがなあ……」
「え? まーちゃん、まだ藁人形と格闘してるの?」
珍しく正嗣が溜め息まじりで力無く頷くのを見て、桃も不承不承、祈祷の同行を了解した。風悟も眉をひそめる。
「オカマバーの呪い騒ぎ、まだ解決しとらんの?」
ああ、と正嗣は苦笑しながら返事をする。
「まあなあ。元々ためこむタイプやから」
「正太郎さん、繊細そうやもんな」
風悟が父親に同情するように言うと、正嗣はかぶりをふった。
「ちゃう、ためこむんは、内田のほうや」
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