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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い
千景の力①
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牛鬼を封じた後、皆で居間に集合した。通夜みたいに沈んだ空気のなか、明るいのは河童のネネコである。
「ねぇー、チョー暗いんだけどぉー」
髪の毛をくるくるといじりながら、ネネコは口を尖らせた。ヤマンバメイクは復活しており、目の周りが白くテカテカしている。
だが、佐々木家の夫婦はひとことも喋らない。状況が一番飲み込めていない風悟が、恐る恐る口を開いた
「親父……おかんも。俺、おかんに力が無いのは知っとるけど、そんで何があったか、じいちゃんらも話したがらんから聞いた事なかったんや。俺も本家の跡継ぎやし、そろそろ聞かせてもらいたい……なあ……とか……」
語尾が尻すぼみになる温和な息子に、千景はキリッとした目を向ける。咄嗟に風悟は体を固くしたが、そこを宥めたのはネネコだ。
「ホントにさぁー、悪いのはちーちゃんじゃないんだしぃ、話せるうちに話しといた方が良いよぉ?まあ分家も代替わりして皆大人しくなってるけどぉ。ほらあ、ゆとり世代ってやつ?」
「いやそれ違う……うん、まあ、そんなたいした話やないけどな……」
千景はちょっと恥ずかしそうな微妙な顔で、正嗣を見た。正嗣は苦笑する。
「まあ……そのまんまなんやけどな。跡取り娘なのに力がないお母ちゃんが、思春期に悩んでひとり山に来たんや。そんで、妖怪に襲われて溺れそうになったとこを、俺が助けたっちゅう……」
そして正嗣は、ゆっくりと、思い出しながら当時のことを話し始めた。
本家に跡取りが生まれた、と式神が分家へ伝えに来たのは、40年以上前のことだ。分家も、戦争やその後のゴタゴタで断絶したりで幾らか減ったが、それでも京都に数件、他の地域にもいくつか残っている。戦中、戦後を生き抜いて来た大人達は、一族皆の生活を援助してきた本家に恩義も感じていたし、また、陰陽師や神職だけで生計は成り立たず、必然的に会社勤めが増え、平均的な一般家庭基準に皆が慣れてくると、本家だから、分家だからという枠組みを超えて、平和に親戚付き合いをするようになっていた。
本家に赤子が生まれたときも、やれ本家に跡取りが生まれめでたい、と喜ぶ大人ばかりだった。
だが当時の当主、佐々木龍之介は、式神の桃から思いもよらぬ言葉を聞き、愕然とした。
「この子、力が無いわ」
まだ生まれたばかりで勿論目も見えない赤子は、たとえ泣いていても、桃が近くにいくとピタッと泣き止んだ。気配でわかるのか、と感心する龍之介と妻の清子だったが、桃は赤子をじぃっと見て、式神を扱う力が無い、と言ったのだ。
「ええと……今更やけど、陰陽師のあれって、訓練したら出来るようになるんと違うんか?」
風悟の疑問に、正嗣が答える。
「そうやな。出来る奴もおる……というか、資質があるから出来るんや。おかあちゃんにはそれがない。1からスタートなら増えていくかもしれんが、ゼロにいくつかけてもゼロのままや」
千景は頷く。
「なんていうかなあ……式神と意識が繋げられんのや。護符も、ただの紙切れやで。とにかく、跡取りがそんなやったら、本家は途絶えるかもしれん。うちは物心ついた時に、親…じいちゃんから、これは絶対内緒やって言われて、もしなんかあっても桃が代わりに式神を操れるから、それで誤魔化して乗り切るよう言われたんや。まあ桃は本家のもん以外には見えへんからな」
けど、と千景は正嗣を見た。
「隠せてなかったっちゅうことか……分家の皆が知っとったやなんて…だからじいちゃん、あんなに結婚に反対したんか……」
「まあ龍ちゃんの立場上仕方ないわよ」
庇う桃を、千景が苦笑する。
「桃はじいちゃん大好きやもんな」
「悪い?」
いや、と首を横に振り、千景はゆっくり、話し始めた。
「ねぇー、チョー暗いんだけどぉー」
髪の毛をくるくるといじりながら、ネネコは口を尖らせた。ヤマンバメイクは復活しており、目の周りが白くテカテカしている。
だが、佐々木家の夫婦はひとことも喋らない。状況が一番飲み込めていない風悟が、恐る恐る口を開いた
「親父……おかんも。俺、おかんに力が無いのは知っとるけど、そんで何があったか、じいちゃんらも話したがらんから聞いた事なかったんや。俺も本家の跡継ぎやし、そろそろ聞かせてもらいたい……なあ……とか……」
語尾が尻すぼみになる温和な息子に、千景はキリッとした目を向ける。咄嗟に風悟は体を固くしたが、そこを宥めたのはネネコだ。
「ホントにさぁー、悪いのはちーちゃんじゃないんだしぃ、話せるうちに話しといた方が良いよぉ?まあ分家も代替わりして皆大人しくなってるけどぉ。ほらあ、ゆとり世代ってやつ?」
「いやそれ違う……うん、まあ、そんなたいした話やないけどな……」
千景はちょっと恥ずかしそうな微妙な顔で、正嗣を見た。正嗣は苦笑する。
「まあ……そのまんまなんやけどな。跡取り娘なのに力がないお母ちゃんが、思春期に悩んでひとり山に来たんや。そんで、妖怪に襲われて溺れそうになったとこを、俺が助けたっちゅう……」
そして正嗣は、ゆっくりと、思い出しながら当時のことを話し始めた。
本家に跡取りが生まれた、と式神が分家へ伝えに来たのは、40年以上前のことだ。分家も、戦争やその後のゴタゴタで断絶したりで幾らか減ったが、それでも京都に数件、他の地域にもいくつか残っている。戦中、戦後を生き抜いて来た大人達は、一族皆の生活を援助してきた本家に恩義も感じていたし、また、陰陽師や神職だけで生計は成り立たず、必然的に会社勤めが増え、平均的な一般家庭基準に皆が慣れてくると、本家だから、分家だからという枠組みを超えて、平和に親戚付き合いをするようになっていた。
本家に赤子が生まれたときも、やれ本家に跡取りが生まれめでたい、と喜ぶ大人ばかりだった。
だが当時の当主、佐々木龍之介は、式神の桃から思いもよらぬ言葉を聞き、愕然とした。
「この子、力が無いわ」
まだ生まれたばかりで勿論目も見えない赤子は、たとえ泣いていても、桃が近くにいくとピタッと泣き止んだ。気配でわかるのか、と感心する龍之介と妻の清子だったが、桃は赤子をじぃっと見て、式神を扱う力が無い、と言ったのだ。
「ええと……今更やけど、陰陽師のあれって、訓練したら出来るようになるんと違うんか?」
風悟の疑問に、正嗣が答える。
「そうやな。出来る奴もおる……というか、資質があるから出来るんや。おかあちゃんにはそれがない。1からスタートなら増えていくかもしれんが、ゼロにいくつかけてもゼロのままや」
千景は頷く。
「なんていうかなあ……式神と意識が繋げられんのや。護符も、ただの紙切れやで。とにかく、跡取りがそんなやったら、本家は途絶えるかもしれん。うちは物心ついた時に、親…じいちゃんから、これは絶対内緒やって言われて、もしなんかあっても桃が代わりに式神を操れるから、それで誤魔化して乗り切るよう言われたんや。まあ桃は本家のもん以外には見えへんからな」
けど、と千景は正嗣を見た。
「隠せてなかったっちゅうことか……分家の皆が知っとったやなんて…だからじいちゃん、あんなに結婚に反対したんか……」
「まあ龍ちゃんの立場上仕方ないわよ」
庇う桃を、千景が苦笑する。
「桃はじいちゃん大好きやもんな」
「悪い?」
いや、と首を横に振り、千景はゆっくり、話し始めた。
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