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第二章
絵は文字よりも物を言う(1)
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大学の前期試験が終わった。
思った以上に苦戦した侑哉は、学食で岩本と無言で昼食をとったあと、伯父の店、つまりニイノ古書店へ来た。シフトを入れていない日も、定位置の丸椅子に座り背中を丸めて休むのが侑哉にとっていい気分転換になっている。
「お疲れ様。今日から長い夏休みが始まるから、思う存分楽しんだらいいよ」
店主である友義は、本棚を確認しながらのんびりと言った。たまに、他所の古書店から在庫の問い合わせが入るのだ。古書店により得意分野が異なるためだが、そういう意味ではニイノ古書店は「マニアックに強い」である。侑哉が背表紙を眺めていても中身が想像できない本が沢山あり、一人での店番は不安じゃないかと母に心配されたが、なんのことはない、客が古書店のバイトに求めているのは、半端な蘊蓄よりも立ち読みを放置してくれるユルさ、そして適度に消された存在感だ。ただし、メイン、つまり店主はやはりそれなりの知識と貫禄がなくてはならない、のだが。
「俺、旅行で一週間の連休入れたから、侑哉が空いてたらバイトきてくれる?」
友義はそう言いながら、ハリーポッターに出てきそうな分厚い本を三冊抱えて、レジカウンターまで戻ってきた。
「え?」
侑哉は気軽なバイトの身分ではあるが、まるっきり友義がいないとなれば、一人で膨大な古書の管理と客さばきがつとまるか、やはり不安ではある。
「何日から......?」
サークルに入らず、彼女もいない侑哉に決まった予定はない。しかし万が一シフトに入れなかったらどうするつもりなのか。友義はそんな侑哉の疑問にさらりと答え
た。
「旅行は来週なんだけど、どう? 毎年、他の古書店のツテで誰かに頼むんだけどさ。せっかくだから身内にお金回したいでしょ? あ、侑哉もどこか行くの?」
「いや、特に......夏は旅行代も高そうだし」
「そうだなあ。大学生はお盆前か、九月に旅行したほうが空いてるし良いよ」
なるほど、と侑哉は思う。大学生の夏休みは長いのだ。
そしてバイトのシフトがかなり融通のきく伯父の店というのは、長期の休みが多い学生にはメリットが大きい。
「じゃあ、俺が旅行の間よろしくね」
なんだかんだ、侑哉の一人店番は決まりとなった。来週というのはやや急だが、普段の店番に、朝晩の開閉店の管理を教えてもらえたらこなせそうだ、と侑哉はメモをする。
「電動シャッターの鍵は預けとくから。あと毎日売上を銀行に入金すること。はなちゃん来たら店番頼んでATMに行けばいいし、お昼で無人になるときは『準備中』にして施錠すればいいよ。何かあったら警備会社に連絡いくし、大丈夫でしょう」
てきぱきとを説明をしながら、友義は分厚い本をパラパラとめくり、中身を確認する。
よし、と言うとレジ側に回り、カウンター下から取り出した紙袋に入れた。
「これ、隣の通りの安田さんとこまで持っていってくれる? ついでにきちんと挨拶してきなよ、安田さんは面倒見いいからさ。はなちゃんとも仲良しだし」
安田書房は、絵本や児童書を多く扱う古書店だ。なんでも店主が若い頃絵本作家を志していたとのことで、個人的趣味で集めていたものが家業の実益に変わったらし
い。
「なんか気になった本があったら、買ってきなよ。俺の弁当代の残り使っていいから」
友義は、ほいっ、と千円札をくれた。学生街の食事は安いので、千円ならお釣がくる。
「ありがとう......でも急にどうしたの。おじさんからお小遣いなんて、中学生以来だし」
「いやさ、最近侑哉、マザーグース読んでたろ? 絵本や児童書はいいよ。子供が楽しめる本っていうのは、実はとても奥が深いんだ」
また始まった、と侑哉は友義の本語りを聞き流しながら紙袋と千円札を掴み、そそくさとドアに向かうが、なおも友義は話し続ける。
「可愛い甥っ子が本好きになってくれたら、本屋の店主としてこんな嬉しいことはないからねえ」
背中ごしだが、友義の言葉は侑哉にしっかりと聞こえていた。変わり者の伯父は、侑哉たち兄弟を赤ん坊の頃からずっと可愛がってくれていたのだ。もし自分に合う本がなくても、中学生の弟が読める本を探してこようと、侑哉は千円札をGパンのポケットに突っ込んだ。
「あれあれ? 君が侑哉くんかあ? 新野さんみたいな 落ち着いた雰囲気の子を想像してたけど、今風のイケメ
ンなんだ」
安田書房にいたのは、店主ではなく息子のほうだった。
二十代半ばに見える彼こそイケメンである。
和風で優しそうな風貌、清潔な黒い髪。白い無地のTシャツにGパン姿で黒い頒布のカフェエプロンを付けた姿は、本屋よりカフェかバーのほうが似合いそうだ。侑哉は自己紹介をして、紙袋から検品のため本を取り出す。
改めて表紙を見ると、外国のファンタジー童話らしい。
「これこれ。ありがとう。なんかうまくイメージができなくて、筆が止まってたんだ」
「筆、ですか?」
作家だろうか、と侑哉が考えていると、名刺を差し出された。
クリーム色のシンプルな紙には、『絵本作家 やすだのりひろ』。その下に、緑色の木のマークと、やや小さいフォントで、『安田典弘』とある。
連絡先欄には安田書房の住所と個人アドレスが記載されており、侑哉が数秒そのまま眺めていると、視界の隅からすっと絵本が差し出された。表紙に「文・絵 やすだのりひろ」と書かれている。
「あれ......確かお父さんが絵本作家を目指していたって、伯父から聞きましたけど」
「そうそう。僕が継いだんだ、その夢。まだ数冊だけど」
社交辞令、というわけでもないが、侑哉は典弘の絵本を手に取った。暖色が特徴的な水彩画で描かれているのは、適度にデフォルメされた動物たちと少年が一人。中身を見ると、動物たちと少年が、歩いたり会話をしている絵が出て来た。本文は短い。幼児向けなのだろうか、と侑哉はさらにページをめくるが、意外にあっさり終わってしまった。
思った以上に苦戦した侑哉は、学食で岩本と無言で昼食をとったあと、伯父の店、つまりニイノ古書店へ来た。シフトを入れていない日も、定位置の丸椅子に座り背中を丸めて休むのが侑哉にとっていい気分転換になっている。
「お疲れ様。今日から長い夏休みが始まるから、思う存分楽しんだらいいよ」
店主である友義は、本棚を確認しながらのんびりと言った。たまに、他所の古書店から在庫の問い合わせが入るのだ。古書店により得意分野が異なるためだが、そういう意味ではニイノ古書店は「マニアックに強い」である。侑哉が背表紙を眺めていても中身が想像できない本が沢山あり、一人での店番は不安じゃないかと母に心配されたが、なんのことはない、客が古書店のバイトに求めているのは、半端な蘊蓄よりも立ち読みを放置してくれるユルさ、そして適度に消された存在感だ。ただし、メイン、つまり店主はやはりそれなりの知識と貫禄がなくてはならない、のだが。
「俺、旅行で一週間の連休入れたから、侑哉が空いてたらバイトきてくれる?」
友義はそう言いながら、ハリーポッターに出てきそうな分厚い本を三冊抱えて、レジカウンターまで戻ってきた。
「え?」
侑哉は気軽なバイトの身分ではあるが、まるっきり友義がいないとなれば、一人で膨大な古書の管理と客さばきがつとまるか、やはり不安ではある。
「何日から......?」
サークルに入らず、彼女もいない侑哉に決まった予定はない。しかし万が一シフトに入れなかったらどうするつもりなのか。友義はそんな侑哉の疑問にさらりと答え
た。
「旅行は来週なんだけど、どう? 毎年、他の古書店のツテで誰かに頼むんだけどさ。せっかくだから身内にお金回したいでしょ? あ、侑哉もどこか行くの?」
「いや、特に......夏は旅行代も高そうだし」
「そうだなあ。大学生はお盆前か、九月に旅行したほうが空いてるし良いよ」
なるほど、と侑哉は思う。大学生の夏休みは長いのだ。
そしてバイトのシフトがかなり融通のきく伯父の店というのは、長期の休みが多い学生にはメリットが大きい。
「じゃあ、俺が旅行の間よろしくね」
なんだかんだ、侑哉の一人店番は決まりとなった。来週というのはやや急だが、普段の店番に、朝晩の開閉店の管理を教えてもらえたらこなせそうだ、と侑哉はメモをする。
「電動シャッターの鍵は預けとくから。あと毎日売上を銀行に入金すること。はなちゃん来たら店番頼んでATMに行けばいいし、お昼で無人になるときは『準備中』にして施錠すればいいよ。何かあったら警備会社に連絡いくし、大丈夫でしょう」
てきぱきとを説明をしながら、友義は分厚い本をパラパラとめくり、中身を確認する。
よし、と言うとレジ側に回り、カウンター下から取り出した紙袋に入れた。
「これ、隣の通りの安田さんとこまで持っていってくれる? ついでにきちんと挨拶してきなよ、安田さんは面倒見いいからさ。はなちゃんとも仲良しだし」
安田書房は、絵本や児童書を多く扱う古書店だ。なんでも店主が若い頃絵本作家を志していたとのことで、個人的趣味で集めていたものが家業の実益に変わったらし
い。
「なんか気になった本があったら、買ってきなよ。俺の弁当代の残り使っていいから」
友義は、ほいっ、と千円札をくれた。学生街の食事は安いので、千円ならお釣がくる。
「ありがとう......でも急にどうしたの。おじさんからお小遣いなんて、中学生以来だし」
「いやさ、最近侑哉、マザーグース読んでたろ? 絵本や児童書はいいよ。子供が楽しめる本っていうのは、実はとても奥が深いんだ」
また始まった、と侑哉は友義の本語りを聞き流しながら紙袋と千円札を掴み、そそくさとドアに向かうが、なおも友義は話し続ける。
「可愛い甥っ子が本好きになってくれたら、本屋の店主としてこんな嬉しいことはないからねえ」
背中ごしだが、友義の言葉は侑哉にしっかりと聞こえていた。変わり者の伯父は、侑哉たち兄弟を赤ん坊の頃からずっと可愛がってくれていたのだ。もし自分に合う本がなくても、中学生の弟が読める本を探してこようと、侑哉は千円札をGパンのポケットに突っ込んだ。
「あれあれ? 君が侑哉くんかあ? 新野さんみたいな 落ち着いた雰囲気の子を想像してたけど、今風のイケメ
ンなんだ」
安田書房にいたのは、店主ではなく息子のほうだった。
二十代半ばに見える彼こそイケメンである。
和風で優しそうな風貌、清潔な黒い髪。白い無地のTシャツにGパン姿で黒い頒布のカフェエプロンを付けた姿は、本屋よりカフェかバーのほうが似合いそうだ。侑哉は自己紹介をして、紙袋から検品のため本を取り出す。
改めて表紙を見ると、外国のファンタジー童話らしい。
「これこれ。ありがとう。なんかうまくイメージができなくて、筆が止まってたんだ」
「筆、ですか?」
作家だろうか、と侑哉が考えていると、名刺を差し出された。
クリーム色のシンプルな紙には、『絵本作家 やすだのりひろ』。その下に、緑色の木のマークと、やや小さいフォントで、『安田典弘』とある。
連絡先欄には安田書房の住所と個人アドレスが記載されており、侑哉が数秒そのまま眺めていると、視界の隅からすっと絵本が差し出された。表紙に「文・絵 やすだのりひろ」と書かれている。
「あれ......確かお父さんが絵本作家を目指していたって、伯父から聞きましたけど」
「そうそう。僕が継いだんだ、その夢。まだ数冊だけど」
社交辞令、というわけでもないが、侑哉は典弘の絵本を手に取った。暖色が特徴的な水彩画で描かれているのは、適度にデフォルメされた動物たちと少年が一人。中身を見ると、動物たちと少年が、歩いたり会話をしている絵が出て来た。本文は短い。幼児向けなのだろうか、と侑哉はさらにページをめくるが、意外にあっさり終わってしまった。
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