12 / 42
第二章
絵は文字よりも物を言う(2)
しおりを挟む
やや物足りなく感じながらも、再び最初から読もうとして侑哉が本を一度閉じたとき、典弘が言った。
「良かったら持ってく? あ、でも、いらないか、子供の絵本だしな」
典弘が、返事を待たずに絵本をしまおうとしたので、侑哉は咄嗟に絵本を持つ手に力をこめた。
「あ、いえ、いただきます。その、買います」
数秒、綱引きのように引っ張り合う格好になり、典弘 は驚いたが、すぐ笑顔に戻り、ゆっくりと絵本を自分のほうに引き寄せる。
「いやいや、無理しなくていいよ。あんまり売れなかったやつだし」
「買います」
侑哉は、自分でも意外なほどはっきりと言った。弁当 代の残りでは足りないが、先月のバイト代がそのまま財布に入っている。
「なんていうか、良い絵だなって。一緒に歩いていきたくなるような」
正直な感想だ。典弘の人柄そのままが現れているのだろう、連れだって行く動物たちは皆優しい表情をしており、少年の表情は希望に満ち溢れている。
ただ、なにか物足りない。それを、ゆっくり自宅で読んで確認したいというのが侑哉の本心であるが、典弘は照れたような少し複雑な笑顔になり、それから、ありがとうと言った。
「それなら尚更、これは献本てことで」
力を緩めた侑哉の手から絵本を静かに受けとると、本当はね、と典弘は一呼吸おいて話しだした。
「売れなかったけど、絵は一生懸命描いた。だから絵を気にいってくれたならとても嬉しいし、良かったら手元に置いて欲しい」
そして、自著の上に一冊、本を乗せる。
「これもあげる。僕が好きな児童書。知ってる?」
侑哉は、いいえと首を振る。
「小中学生が対象だけど......気が向いたら開いてみて。読まないなら兄弟や近所の子にあげてもいいし」
「......ありがとうございます」
A5というのか、高校の教科書ほどのサイズで、厚みは辞書の半分くらいだ。表紙には風景が描いてあり、タイトルロゴはシンプルである。
「そうそう、新野さんに頼んでた本の代金、これを忘れちゃいけない」
典弘は封筒を取り出し中身をコイントレーに広げた。
侑哉は金額を確認する。
三冊分とはいえ、万を超える書物は学生には手が出せない。絵本の資料とはいえ出費はかなりだろうと思いながら、侑哉は友義から預かっていた領収書を典弘に渡した。典弘の絵本ともう一冊を持参した紙袋にそのまま入れて、侑哉は姿勢を正した。
「じゃあ......絵本、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ」
お辞儀をした侑哉に、典弘は笑顔で返す。こころなしか最初に話したときより距離が近くなったように感じながら、侑哉は弁当屋へ向かう。日替わりの焼き肉弁当を選び、友義の古書店へ戻る。
「戻りました」
店主の甥とはいえ、一応バイトの身なので、客がいるかわからないときはそれなりの言葉使いをするよう、侑哉は友義に言われている。近隣の会社も昼休みなのだろ う、店内には客が二人、わき目もふらず立ち読みをしていた。
「おかえり、侑哉。ありがとな。うん? なんか買ったの?」
友義は侑哉が提げている紙袋が空ではないとすぐわかったらしい。侑哉が中から本を取り出し、経緯を簡単に説明すると、友義は、そっかーと笑いながら頷いた。
「典弘くんの絵、良いでしょ。うん、嬉しかったんだろうな、うん、うん......」
「いや、俺、小学生みたいな感想しか言ってないけど......あ、あとこれも貰って」
侑哉が出した児童書を見て、うん、と友義はどこか満足げに続けた。
「それもいい本だよ。シリーズ物でね。そう言えば二、三年前、はなちゃんも読んでたなあ。挿し絵も沢山あって読みやすいんだよね」
侑哉は頭の中で計算する。二、三年前といえば、花子は海外から帰国してこの店に通い出した頃だろうか。
「挿し絵が、物語に寄り添うように描かれていてね。はなちゃんみたいに日本語が完璧じゃない子でも、絵で想像して補完すれば、物語を楽しめるから。......ああ、そうか」
「え?」
友義のつぶやきに、侑哉は児童書をめくる手を止めた。
「そうか、典弘くんに薦められたんだ。はなちゃんに、これはどうかって......うん、それで、はなちゃんを安田さんとこに連れて行ったりしたんだっけ......」
当時のことを思い出しているのか、友義は侑哉ではなくカウンター内に視線を泳がせ呟いていたが、その穏やかな表情のまま、侑哉のほうを見た。
「それ、典弘くんの私物でしょ。気に入ったら書店で買って、それは返したらいいかもね。で、感想を言ってあげたらいい。自分が薦めた本がお客の心に響くってのは本屋としても嬉しいからね」
響く、と侑哉は繰り返した。
「そう。なんていうかな、相手の心の深い場所を鳴らすっていうかね」
友義の言う意味がいまいちわからず、侑哉は首を傾げた。友義は笑う。
「まあすぐにわかるよ。侑哉の言葉も典弘くんに響いただろうから。それをどうやって周りに聞こえるようにするかは、本人次第だけどね」
「良かったら持ってく? あ、でも、いらないか、子供の絵本だしな」
典弘が、返事を待たずに絵本をしまおうとしたので、侑哉は咄嗟に絵本を持つ手に力をこめた。
「あ、いえ、いただきます。その、買います」
数秒、綱引きのように引っ張り合う格好になり、典弘 は驚いたが、すぐ笑顔に戻り、ゆっくりと絵本を自分のほうに引き寄せる。
「いやいや、無理しなくていいよ。あんまり売れなかったやつだし」
「買います」
侑哉は、自分でも意外なほどはっきりと言った。弁当 代の残りでは足りないが、先月のバイト代がそのまま財布に入っている。
「なんていうか、良い絵だなって。一緒に歩いていきたくなるような」
正直な感想だ。典弘の人柄そのままが現れているのだろう、連れだって行く動物たちは皆優しい表情をしており、少年の表情は希望に満ち溢れている。
ただ、なにか物足りない。それを、ゆっくり自宅で読んで確認したいというのが侑哉の本心であるが、典弘は照れたような少し複雑な笑顔になり、それから、ありがとうと言った。
「それなら尚更、これは献本てことで」
力を緩めた侑哉の手から絵本を静かに受けとると、本当はね、と典弘は一呼吸おいて話しだした。
「売れなかったけど、絵は一生懸命描いた。だから絵を気にいってくれたならとても嬉しいし、良かったら手元に置いて欲しい」
そして、自著の上に一冊、本を乗せる。
「これもあげる。僕が好きな児童書。知ってる?」
侑哉は、いいえと首を振る。
「小中学生が対象だけど......気が向いたら開いてみて。読まないなら兄弟や近所の子にあげてもいいし」
「......ありがとうございます」
A5というのか、高校の教科書ほどのサイズで、厚みは辞書の半分くらいだ。表紙には風景が描いてあり、タイトルロゴはシンプルである。
「そうそう、新野さんに頼んでた本の代金、これを忘れちゃいけない」
典弘は封筒を取り出し中身をコイントレーに広げた。
侑哉は金額を確認する。
三冊分とはいえ、万を超える書物は学生には手が出せない。絵本の資料とはいえ出費はかなりだろうと思いながら、侑哉は友義から預かっていた領収書を典弘に渡した。典弘の絵本ともう一冊を持参した紙袋にそのまま入れて、侑哉は姿勢を正した。
「じゃあ......絵本、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ」
お辞儀をした侑哉に、典弘は笑顔で返す。こころなしか最初に話したときより距離が近くなったように感じながら、侑哉は弁当屋へ向かう。日替わりの焼き肉弁当を選び、友義の古書店へ戻る。
「戻りました」
店主の甥とはいえ、一応バイトの身なので、客がいるかわからないときはそれなりの言葉使いをするよう、侑哉は友義に言われている。近隣の会社も昼休みなのだろ う、店内には客が二人、わき目もふらず立ち読みをしていた。
「おかえり、侑哉。ありがとな。うん? なんか買ったの?」
友義は侑哉が提げている紙袋が空ではないとすぐわかったらしい。侑哉が中から本を取り出し、経緯を簡単に説明すると、友義は、そっかーと笑いながら頷いた。
「典弘くんの絵、良いでしょ。うん、嬉しかったんだろうな、うん、うん......」
「いや、俺、小学生みたいな感想しか言ってないけど......あ、あとこれも貰って」
侑哉が出した児童書を見て、うん、と友義はどこか満足げに続けた。
「それもいい本だよ。シリーズ物でね。そう言えば二、三年前、はなちゃんも読んでたなあ。挿し絵も沢山あって読みやすいんだよね」
侑哉は頭の中で計算する。二、三年前といえば、花子は海外から帰国してこの店に通い出した頃だろうか。
「挿し絵が、物語に寄り添うように描かれていてね。はなちゃんみたいに日本語が完璧じゃない子でも、絵で想像して補完すれば、物語を楽しめるから。......ああ、そうか」
「え?」
友義のつぶやきに、侑哉は児童書をめくる手を止めた。
「そうか、典弘くんに薦められたんだ。はなちゃんに、これはどうかって......うん、それで、はなちゃんを安田さんとこに連れて行ったりしたんだっけ......」
当時のことを思い出しているのか、友義は侑哉ではなくカウンター内に視線を泳がせ呟いていたが、その穏やかな表情のまま、侑哉のほうを見た。
「それ、典弘くんの私物でしょ。気に入ったら書店で買って、それは返したらいいかもね。で、感想を言ってあげたらいい。自分が薦めた本がお客の心に響くってのは本屋としても嬉しいからね」
響く、と侑哉は繰り返した。
「そう。なんていうかな、相手の心の深い場所を鳴らすっていうかね」
友義の言う意味がいまいちわからず、侑哉は首を傾げた。友義は笑う。
「まあすぐにわかるよ。侑哉の言葉も典弘くんに響いただろうから。それをどうやって周りに聞こえるようにするかは、本人次第だけどね」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる