マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

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第二章

親の背を見て子は育つ(1)

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 楽しかった温泉旅行も最終日になり、侑哉たちは岩本の実家をあとにした。
「また、気軽にきてね」
 一同が改めて礼を言うと、女将がきさくに笑った。息子の友達とはいえ破格で泊まらせてもらい、ありがたさと申し訳なさを感じている侑哉は「目一杯宣伝します」と請け負う。
 岩本はこのままお盆休みまで実家に残るらしく、ハイエースに乗り込む侑哉を羨ましそうに見ている。
「岩本さん、東京戻ったらまたお店で。サービスしますよ、ジュースですけど」
「しずねさぁん......」
 静音の一言で相好を崩した岩本を見て、花子の読みはすごいなと侑哉は感心する。この日も晴天だ。きっとハイエースの車内からも山が見えるだろう。岩本から誘われ気軽に応じて来た旅行だったが、侑哉にとっては新しい友人たちから色々なことを学んだ、有意義な三日間だった。
「おじさん、お土産です」
 群馬から帰宅した次の日、侑哉は友義の古書店へ来た。
「旅行の疲れ具合がわからないから」という友義の心遣いを受けて今日はシフトを入れていないが、土産を友義と、「安田書房」の息子、典弘に渡すためだ。
 平日の午後だが、常連客が数人いる。みな侑哉へ軽く 挨拶をし、また立ち読みを再開した。平和な光景だ。
 友義への土産は地酒である。旅行先では地酒を飲み歩くという友義に合うだろう、と侑哉が選んだのだ。

「おおおお、ありがとうな」
「お店の人に聞いたら、辛口ならこれがオススメって言われて.....」
 未成年の侑哉に酒の味はわからないが、笑顔でラベルを眺める友義を見てホッとする。
「はなちゃんは?」
「あ、今日はバイトだって。シフト代わってくれた子にお土産渡すらしく、ちょっと早めに出るとかで。あと、ちょっと用事もお願いしてて」
 いずみは休みだが静音は出勤らしく、他の皆で計算して出しあった高速代とガソリン代を渡してもらうよう、花子に頼んだのだ。
「おじさんに宜しく伝えてって言われたよ」
「うーん、そうだけど、そうじゃないっていうかねえ」
 友義は苦笑しながら首を左右に振るが、侑哉には友義が何を言いたいのかよくわからないので、そのまま身支度を整えた。
「じゃあ、ちょっと安田さんとこ行ってきます。お使いある?」
「いや、無いよ。なに? 典弘くんにお土産?」
「うん、本のお礼も」
 侑哉は紙袋を掲げる。典弘から薦められた児童書は自分で改めて購入したので、渡されたものは本人に返すつもりで持ってきたのだ。そして花子に頼まれたポストカードと、お菓子が入っている。
「ああ、うんうん。いいね、うん」
 友義は満足そうだ。そして「これも渡して」とレジに置いてあった紙袋を侑哉に差し出す。
「安田さんの、お父さんに頼まれてた絵本。もしどこかで仕入れたらって言われててね」
「へえ......」
 先日は息子の典弘しかいなかったので、侑哉はまだ父親の安田修次には会っていない。絵本作家を目指していた人というのはどんな人なのか、侑哉は興味津々で安田書房へ向かった。

「いらっしゃい」
 低い、やや巻き舌気味で出迎えてくれた安田修次は、任侠映画に出てきそうな風貌をしていた。
 かたそうな短髪は白髪混じり、頬骨がでた顔におちくぼんだような二重の目。絵本を目当てに『安田書房』を訪れた客は驚かないだろうか、と侑哉は思ったが、単に口下手なだけらしく、侑哉が差しだした絵本を見ながら嬉しそうに笑う様子は、子供のようだ。
「ありがとうな」
 言葉数は少ないが、温かみを凝縮したような喋り方をする。なるほど、絵本が好きというのも頷けると侑哉は納得した。すると奥から、典弘がでてきた。
「ああ、侑哉くん」
 こちらは外見通りの優しい笑顔で侑哉に挨拶をしてくる。聞くとはなしに父と息子の会話が侑哉の耳に入ってきた。母親はパートに出ているらしい。
「典弘さん、はなちゃんからこれ、お土産です。あと、お菓子......皆さんでどうぞ」
 侑哉がポストカードを渡すと、典弘は驚き、そして懐かしいものを見るような顔をした。
「これ」
 典弘は父にそれを見せる。土産物屋で売ってる普通のポストカードだが、花子が厳選して選んだ四枚には、季節ごとの山の風景が写っている。四季折々で違う姿を見せる山は、どこか郷愁を誘う。しかし安田親子にとっては、本当に思い出をよみがえらせるものだったようだ。
「ああ、一度登ったな、ここ」
 父の修次が言うと、典弘も頷いた。侑哉はびっくりして聞く。
「登山、ですか?」
「ああ」
 それから修次は、静かにその時のことを話してくれた。あまり長い休みを取れない自営業だが、典弘が小六の夏休みは近隣の知り合いに店を頼み、数年ぶりの家族旅行をしたこと。体格もよくなった息子と山に登りたい、と修次から誘ったこと。天気は晴天で山は素晴らしく、帰宅してから一心不乱に絵を描いたこと。
 侑哉は、木訥ながらも情景や心情を仔細に語る修次の語り口に引き込まれた。
「見るか?」
 話を一区切りさせたあと、修次はそう言って母屋に行き、十分ほどで戻ってきた。壁にかけてあったのだろうか、額に入った四十センチほどの水彩画は埃もかぶっていない。花子が見たのも、これだろうか。山肌や植物も緻密に描かれており、写実的だが水彩の温もりがある。
 なにより、この風景に、この山に行ってみたいという気持ちが沸くような絵なのだ。
 思わず、侑哉は修次に向かって言った。
「絵本作家を目指してたって聞いたんですが......小説の挿し絵みたいですね」
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