20 / 42
第二章
親の背を見て子は育つ(1)
しおりを挟む
楽しかった温泉旅行も最終日になり、侑哉たちは岩本の実家をあとにした。
「また、気軽にきてね」
一同が改めて礼を言うと、女将がきさくに笑った。息子の友達とはいえ破格で泊まらせてもらい、ありがたさと申し訳なさを感じている侑哉は「目一杯宣伝します」と請け負う。
岩本はこのままお盆休みまで実家に残るらしく、ハイエースに乗り込む侑哉を羨ましそうに見ている。
「岩本さん、東京戻ったらまたお店で。サービスしますよ、ジュースですけど」
「しずねさぁん......」
静音の一言で相好を崩した岩本を見て、花子の読みはすごいなと侑哉は感心する。この日も晴天だ。きっとハイエースの車内からも山が見えるだろう。岩本から誘われ気軽に応じて来た旅行だったが、侑哉にとっては新しい友人たちから色々なことを学んだ、有意義な三日間だった。
「おじさん、お土産です」
群馬から帰宅した次の日、侑哉は友義の古書店へ来た。
「旅行の疲れ具合がわからないから」という友義の心遣いを受けて今日はシフトを入れていないが、土産を友義と、「安田書房」の息子、典弘に渡すためだ。
平日の午後だが、常連客が数人いる。みな侑哉へ軽く 挨拶をし、また立ち読みを再開した。平和な光景だ。
友義への土産は地酒である。旅行先では地酒を飲み歩くという友義に合うだろう、と侑哉が選んだのだ。
「おおおお、ありがとうな」
「お店の人に聞いたら、辛口ならこれがオススメって言われて.....」
未成年の侑哉に酒の味はわからないが、笑顔でラベルを眺める友義を見てホッとする。
「はなちゃんは?」
「あ、今日はバイトだって。シフト代わってくれた子にお土産渡すらしく、ちょっと早めに出るとかで。あと、ちょっと用事もお願いしてて」
いずみは休みだが静音は出勤らしく、他の皆で計算して出しあった高速代とガソリン代を渡してもらうよう、花子に頼んだのだ。
「おじさんに宜しく伝えてって言われたよ」
「うーん、そうだけど、そうじゃないっていうかねえ」
友義は苦笑しながら首を左右に振るが、侑哉には友義が何を言いたいのかよくわからないので、そのまま身支度を整えた。
「じゃあ、ちょっと安田さんとこ行ってきます。お使いある?」
「いや、無いよ。なに? 典弘くんにお土産?」
「うん、本のお礼も」
侑哉は紙袋を掲げる。典弘から薦められた児童書は自分で改めて購入したので、渡されたものは本人に返すつもりで持ってきたのだ。そして花子に頼まれたポストカードと、お菓子が入っている。
「ああ、うんうん。いいね、うん」
友義は満足そうだ。そして「これも渡して」とレジに置いてあった紙袋を侑哉に差し出す。
「安田さんの、お父さんに頼まれてた絵本。もしどこかで仕入れたらって言われててね」
「へえ......」
先日は息子の典弘しかいなかったので、侑哉はまだ父親の安田修次には会っていない。絵本作家を目指していた人というのはどんな人なのか、侑哉は興味津々で安田書房へ向かった。
「いらっしゃい」
低い、やや巻き舌気味で出迎えてくれた安田修次は、任侠映画に出てきそうな風貌をしていた。
かたそうな短髪は白髪混じり、頬骨がでた顔におちくぼんだような二重の目。絵本を目当てに『安田書房』を訪れた客は驚かないだろうか、と侑哉は思ったが、単に口下手なだけらしく、侑哉が差しだした絵本を見ながら嬉しそうに笑う様子は、子供のようだ。
「ありがとうな」
言葉数は少ないが、温かみを凝縮したような喋り方をする。なるほど、絵本が好きというのも頷けると侑哉は納得した。すると奥から、典弘がでてきた。
「ああ、侑哉くん」
こちらは外見通りの優しい笑顔で侑哉に挨拶をしてくる。聞くとはなしに父と息子の会話が侑哉の耳に入ってきた。母親はパートに出ているらしい。
「典弘さん、はなちゃんからこれ、お土産です。あと、お菓子......皆さんでどうぞ」
侑哉がポストカードを渡すと、典弘は驚き、そして懐かしいものを見るような顔をした。
「これ」
典弘は父にそれを見せる。土産物屋で売ってる普通のポストカードだが、花子が厳選して選んだ四枚には、季節ごとの山の風景が写っている。四季折々で違う姿を見せる山は、どこか郷愁を誘う。しかし安田親子にとっては、本当に思い出をよみがえらせるものだったようだ。
「ああ、一度登ったな、ここ」
父の修次が言うと、典弘も頷いた。侑哉はびっくりして聞く。
「登山、ですか?」
「ああ」
それから修次は、静かにその時のことを話してくれた。あまり長い休みを取れない自営業だが、典弘が小六の夏休みは近隣の知り合いに店を頼み、数年ぶりの家族旅行をしたこと。体格もよくなった息子と山に登りたい、と修次から誘ったこと。天気は晴天で山は素晴らしく、帰宅してから一心不乱に絵を描いたこと。
侑哉は、木訥ながらも情景や心情を仔細に語る修次の語り口に引き込まれた。
「見るか?」
話を一区切りさせたあと、修次はそう言って母屋に行き、十分ほどで戻ってきた。壁にかけてあったのだろうか、額に入った四十センチほどの水彩画は埃もかぶっていない。花子が見たのも、これだろうか。山肌や植物も緻密に描かれており、写実的だが水彩の温もりがある。
なにより、この風景に、この山に行ってみたいという気持ちが沸くような絵なのだ。
思わず、侑哉は修次に向かって言った。
「絵本作家を目指してたって聞いたんですが......小説の挿し絵みたいですね」
「また、気軽にきてね」
一同が改めて礼を言うと、女将がきさくに笑った。息子の友達とはいえ破格で泊まらせてもらい、ありがたさと申し訳なさを感じている侑哉は「目一杯宣伝します」と請け負う。
岩本はこのままお盆休みまで実家に残るらしく、ハイエースに乗り込む侑哉を羨ましそうに見ている。
「岩本さん、東京戻ったらまたお店で。サービスしますよ、ジュースですけど」
「しずねさぁん......」
静音の一言で相好を崩した岩本を見て、花子の読みはすごいなと侑哉は感心する。この日も晴天だ。きっとハイエースの車内からも山が見えるだろう。岩本から誘われ気軽に応じて来た旅行だったが、侑哉にとっては新しい友人たちから色々なことを学んだ、有意義な三日間だった。
「おじさん、お土産です」
群馬から帰宅した次の日、侑哉は友義の古書店へ来た。
「旅行の疲れ具合がわからないから」という友義の心遣いを受けて今日はシフトを入れていないが、土産を友義と、「安田書房」の息子、典弘に渡すためだ。
平日の午後だが、常連客が数人いる。みな侑哉へ軽く 挨拶をし、また立ち読みを再開した。平和な光景だ。
友義への土産は地酒である。旅行先では地酒を飲み歩くという友義に合うだろう、と侑哉が選んだのだ。
「おおおお、ありがとうな」
「お店の人に聞いたら、辛口ならこれがオススメって言われて.....」
未成年の侑哉に酒の味はわからないが、笑顔でラベルを眺める友義を見てホッとする。
「はなちゃんは?」
「あ、今日はバイトだって。シフト代わってくれた子にお土産渡すらしく、ちょっと早めに出るとかで。あと、ちょっと用事もお願いしてて」
いずみは休みだが静音は出勤らしく、他の皆で計算して出しあった高速代とガソリン代を渡してもらうよう、花子に頼んだのだ。
「おじさんに宜しく伝えてって言われたよ」
「うーん、そうだけど、そうじゃないっていうかねえ」
友義は苦笑しながら首を左右に振るが、侑哉には友義が何を言いたいのかよくわからないので、そのまま身支度を整えた。
「じゃあ、ちょっと安田さんとこ行ってきます。お使いある?」
「いや、無いよ。なに? 典弘くんにお土産?」
「うん、本のお礼も」
侑哉は紙袋を掲げる。典弘から薦められた児童書は自分で改めて購入したので、渡されたものは本人に返すつもりで持ってきたのだ。そして花子に頼まれたポストカードと、お菓子が入っている。
「ああ、うんうん。いいね、うん」
友義は満足そうだ。そして「これも渡して」とレジに置いてあった紙袋を侑哉に差し出す。
「安田さんの、お父さんに頼まれてた絵本。もしどこかで仕入れたらって言われててね」
「へえ......」
先日は息子の典弘しかいなかったので、侑哉はまだ父親の安田修次には会っていない。絵本作家を目指していた人というのはどんな人なのか、侑哉は興味津々で安田書房へ向かった。
「いらっしゃい」
低い、やや巻き舌気味で出迎えてくれた安田修次は、任侠映画に出てきそうな風貌をしていた。
かたそうな短髪は白髪混じり、頬骨がでた顔におちくぼんだような二重の目。絵本を目当てに『安田書房』を訪れた客は驚かないだろうか、と侑哉は思ったが、単に口下手なだけらしく、侑哉が差しだした絵本を見ながら嬉しそうに笑う様子は、子供のようだ。
「ありがとうな」
言葉数は少ないが、温かみを凝縮したような喋り方をする。なるほど、絵本が好きというのも頷けると侑哉は納得した。すると奥から、典弘がでてきた。
「ああ、侑哉くん」
こちらは外見通りの優しい笑顔で侑哉に挨拶をしてくる。聞くとはなしに父と息子の会話が侑哉の耳に入ってきた。母親はパートに出ているらしい。
「典弘さん、はなちゃんからこれ、お土産です。あと、お菓子......皆さんでどうぞ」
侑哉がポストカードを渡すと、典弘は驚き、そして懐かしいものを見るような顔をした。
「これ」
典弘は父にそれを見せる。土産物屋で売ってる普通のポストカードだが、花子が厳選して選んだ四枚には、季節ごとの山の風景が写っている。四季折々で違う姿を見せる山は、どこか郷愁を誘う。しかし安田親子にとっては、本当に思い出をよみがえらせるものだったようだ。
「ああ、一度登ったな、ここ」
父の修次が言うと、典弘も頷いた。侑哉はびっくりして聞く。
「登山、ですか?」
「ああ」
それから修次は、静かにその時のことを話してくれた。あまり長い休みを取れない自営業だが、典弘が小六の夏休みは近隣の知り合いに店を頼み、数年ぶりの家族旅行をしたこと。体格もよくなった息子と山に登りたい、と修次から誘ったこと。天気は晴天で山は素晴らしく、帰宅してから一心不乱に絵を描いたこと。
侑哉は、木訥ながらも情景や心情を仔細に語る修次の語り口に引き込まれた。
「見るか?」
話を一区切りさせたあと、修次はそう言って母屋に行き、十分ほどで戻ってきた。壁にかけてあったのだろうか、額に入った四十センチほどの水彩画は埃もかぶっていない。花子が見たのも、これだろうか。山肌や植物も緻密に描かれており、写実的だが水彩の温もりがある。
なにより、この風景に、この山に行ってみたいという気持ちが沸くような絵なのだ。
思わず、侑哉は修次に向かって言った。
「絵本作家を目指してたって聞いたんですが......小説の挿し絵みたいですね」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる