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第二章
親の背を見て子は育つ(2)
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修次は苦笑する。笑った顔は、典弘に似ているなと侑哉は思った。
「若い頃、公園でスケッチしてるときに子供が寄ってきても、ちょっとイラスト風な絵より、風景の方がウケがよくてね。まあ結局、絵で食べていけるような環境でもなかったから、すっぱり諦めたんだがね。本は好きだから、親父の店継いだあとに絵本を多めに扱うようにして」
「それで、絵本専門の古書店に......」
侑哉の言葉に、そうそう、と修次は言う。
「典弘が生まれて、読み聞かせて。児童書も増やしたのは、あとから息子も読むから一石二鳥だし、本好きになればいいなと。それだけだったから、典弘が絵本作家になるって言い出したときはびっくりしたな。まあ俺よりはるかに絵本向けの絵柄だし、とやかく言える立場でもないんだが」
侑哉は、典弘の自著を思い浮かべる。確かに画風は全く違うのだ。
「侑哉くんだっけ? 君も新野さんの甥っ子だし、本は好きか?」
修次に聞かれ、本に詳しくない侑哉はあいまいに頷いて目を逸らす。そして、典弘に児童書をまだ返してないことを思い出し、慌てて袋から取り出した。
「ありがとうございました。すごく良かったです。自分でシリーズをちゃんと読もうと思って買ったので、これはお返しします」
典弘は照れ臭そうに「いいのに」と言いながらも、自分がすすめた本を気にいってもらえたのが嬉しいようだ。
「山に行ったとき、その本に出て来た挿し絵を思い出すねって、はなちゃんとも話してたんです」
「うん、僕もこれを読むと、父さんと山に登った時を思い出すんだ。でも、僕が自分の気持ちを絵本にしようと
思っても、なかなか上手く描けないんだけどね......」
修次は何も言わない。息子が悩んでいるのをずっと傍で見ているのだろう。侑哉はそんな親子を見て、素直に思ったことを口にした。
「典弘さんの絵に、お父さんの文章をつけたら、合いそうですよね」
修次と典弘は、虚をつかれたような顔で侑哉を見た。
「さっきお父さんのお話聞いていたら、典弘さんの絵本にでてくる男の子が浮かんだんで......あの、動物たちと冒険に向かうシーン......」
典弘の自著では、文章が絵に追い付いていない印象を受けた侑哉だったが、先ほど修次が語る思い出話を聞いていたとき、頭に浮かんだのはまさに典弘の絵本の主人公の姿だ。冒険に胸膨らませる少年は、典弘自身なのだろう。そして聞き終えたときには、典弘が貸してくれた児童書を読んだ時のような満足感があった。
修次は確かに、作家としての才はあるのだ。
少しの間、安田親子は互いをちらちら見ていたが、その時、カラン、と店のドアベルが鳴った。夏の熱気が店に流れ込む。
「あら、いらっしゃいませ」
入ってきた側なのに店員のような挨拶をする女性は、侑哉の予想通り安田書房の奥さんだ。年齢のわりに背が高く、茶色に染めた肩までの髪が若々しい。
息子の接客業向けの明るさは母譲りか、気を使わせない雰囲気の奥さんと簡単な自己紹介をかわし、侑哉は今しがた話していた『息子の絵と父の文は合うのではないか』という意見を言ってみた。
すると奥さんは笑う。
「そりゃそうよ。絵本の筋書きもお父さんが勝手に膨らませて典弘に読み聞かせてたんだから。典弘も、原作に出てこないお父さんの創作キャラばかり描いてたから、保育園の先生によく『これ誰ですか』とか聞かれて」
「なんだ、俺が悪いのか」
「悪いなんて一言もいってないでしょ」
夫婦の言い合いに驚く侑哉に、典弘は苦笑しながら帰るよう促す。
「いつもこんなだから、気にしなくていいよ。そうそう、新野さんにも宜しく伝えてね。本を受け取った連絡は、父からもすると思うけど」
はい、と言いながらドアを開けた侑哉は、日差しに目を細めつつ、典弘に向き直りながら挨拶をした。
「もし、親子で本を出される時は絶対教えてくださいね。一番最初に買いますから」
社交辞令ではなく、本心から侑哉は言った。典弘は一呼吸おいてから礼を言い、侑哉が少し店から離れたあとに、その後ろ姿にむけて頭をさげた。
数日後、ニイノ古書店で侑哉から話を聞いた花子は、頬を膨らませて拗ねている。
「あー、いいな! 私も安田さんとこ行きたかった!」
「いつでも行けばいいじゃん」
「違うのー! お父さんの話を聞きたかったのー!」
レジ前の椅子に座り足をバタつかせる花子に、カウンター内に猫背で座る侑哉は「子供かよ」と呆れる。
「まあまあ、ひょっとしたら違うとこで聞けるかもよ?」
本の整理を終えた友義が、侑哉と花子のもとにやってくる。きょとんとした二人の目の前に、レジュメのような紙束を広げた。地域で開催している文化展の企画書だ。
「これに、絵本読み聞かせコーナーを作る話があってね。せっかく絵本作家がいるんだから頼めないかという話が 出て、どうせなら新作を出してもらえないかと意見を出した人がいてねえ。予算もあるしさあ」
侑哉はペラペラと紙をめくる。
「おじさん」
「ん?」
「おじさんでしょ、企画を出したの」
にやり、と友義は笑う。
やっぱり、と侑哉は肩をすくめたが、元から伯父は食えない人なので今さらだ。
「だけどな、いくら周りが担ぎ上げても、本人達が腰を上げてくんなきゃどうしようもないんだよ」
「まあね」
侑哉が相づちを打つと、友義がその頭をカウンターごしに軽く撫でながら言った。
「侑哉の言葉が、効いたんじゃないかな。響いたんだよ。うん」
侑哉は典弘の笑顔を思い出す。絵が好きですと伝えたときの顔が、ちょっと複雑そうだったのは、ストーリーが良くない自覚があるからだろう。しかし父が書いた文章に絵をつけるなら、きっと満足のいく絵本ができるはずだ。
「お父さん、よく了承したね」
「奥さんに説得されたんじゃないかな。まあ子供の助けになるなら、親は一肌でも二肌でも脱ぐだろうしね」
「うん、楽しみ!」
花子は嬉しそうに、企画書を読んでいる。
侑哉は、写メを取らせてもらった修次の絵を眺めた。子供のころ父に誘われ山を登った少年は、今度は父の手を引いて山を登ろうとしている。
山頂から見る景色は、修次が描いた絵のように、きっと素晴らしいだろうと、侑哉はなんだか温かい気持ちになった。
「若い頃、公園でスケッチしてるときに子供が寄ってきても、ちょっとイラスト風な絵より、風景の方がウケがよくてね。まあ結局、絵で食べていけるような環境でもなかったから、すっぱり諦めたんだがね。本は好きだから、親父の店継いだあとに絵本を多めに扱うようにして」
「それで、絵本専門の古書店に......」
侑哉の言葉に、そうそう、と修次は言う。
「典弘が生まれて、読み聞かせて。児童書も増やしたのは、あとから息子も読むから一石二鳥だし、本好きになればいいなと。それだけだったから、典弘が絵本作家になるって言い出したときはびっくりしたな。まあ俺よりはるかに絵本向けの絵柄だし、とやかく言える立場でもないんだが」
侑哉は、典弘の自著を思い浮かべる。確かに画風は全く違うのだ。
「侑哉くんだっけ? 君も新野さんの甥っ子だし、本は好きか?」
修次に聞かれ、本に詳しくない侑哉はあいまいに頷いて目を逸らす。そして、典弘に児童書をまだ返してないことを思い出し、慌てて袋から取り出した。
「ありがとうございました。すごく良かったです。自分でシリーズをちゃんと読もうと思って買ったので、これはお返しします」
典弘は照れ臭そうに「いいのに」と言いながらも、自分がすすめた本を気にいってもらえたのが嬉しいようだ。
「山に行ったとき、その本に出て来た挿し絵を思い出すねって、はなちゃんとも話してたんです」
「うん、僕もこれを読むと、父さんと山に登った時を思い出すんだ。でも、僕が自分の気持ちを絵本にしようと
思っても、なかなか上手く描けないんだけどね......」
修次は何も言わない。息子が悩んでいるのをずっと傍で見ているのだろう。侑哉はそんな親子を見て、素直に思ったことを口にした。
「典弘さんの絵に、お父さんの文章をつけたら、合いそうですよね」
修次と典弘は、虚をつかれたような顔で侑哉を見た。
「さっきお父さんのお話聞いていたら、典弘さんの絵本にでてくる男の子が浮かんだんで......あの、動物たちと冒険に向かうシーン......」
典弘の自著では、文章が絵に追い付いていない印象を受けた侑哉だったが、先ほど修次が語る思い出話を聞いていたとき、頭に浮かんだのはまさに典弘の絵本の主人公の姿だ。冒険に胸膨らませる少年は、典弘自身なのだろう。そして聞き終えたときには、典弘が貸してくれた児童書を読んだ時のような満足感があった。
修次は確かに、作家としての才はあるのだ。
少しの間、安田親子は互いをちらちら見ていたが、その時、カラン、と店のドアベルが鳴った。夏の熱気が店に流れ込む。
「あら、いらっしゃいませ」
入ってきた側なのに店員のような挨拶をする女性は、侑哉の予想通り安田書房の奥さんだ。年齢のわりに背が高く、茶色に染めた肩までの髪が若々しい。
息子の接客業向けの明るさは母譲りか、気を使わせない雰囲気の奥さんと簡単な自己紹介をかわし、侑哉は今しがた話していた『息子の絵と父の文は合うのではないか』という意見を言ってみた。
すると奥さんは笑う。
「そりゃそうよ。絵本の筋書きもお父さんが勝手に膨らませて典弘に読み聞かせてたんだから。典弘も、原作に出てこないお父さんの創作キャラばかり描いてたから、保育園の先生によく『これ誰ですか』とか聞かれて」
「なんだ、俺が悪いのか」
「悪いなんて一言もいってないでしょ」
夫婦の言い合いに驚く侑哉に、典弘は苦笑しながら帰るよう促す。
「いつもこんなだから、気にしなくていいよ。そうそう、新野さんにも宜しく伝えてね。本を受け取った連絡は、父からもすると思うけど」
はい、と言いながらドアを開けた侑哉は、日差しに目を細めつつ、典弘に向き直りながら挨拶をした。
「もし、親子で本を出される時は絶対教えてくださいね。一番最初に買いますから」
社交辞令ではなく、本心から侑哉は言った。典弘は一呼吸おいてから礼を言い、侑哉が少し店から離れたあとに、その後ろ姿にむけて頭をさげた。
数日後、ニイノ古書店で侑哉から話を聞いた花子は、頬を膨らませて拗ねている。
「あー、いいな! 私も安田さんとこ行きたかった!」
「いつでも行けばいいじゃん」
「違うのー! お父さんの話を聞きたかったのー!」
レジ前の椅子に座り足をバタつかせる花子に、カウンター内に猫背で座る侑哉は「子供かよ」と呆れる。
「まあまあ、ひょっとしたら違うとこで聞けるかもよ?」
本の整理を終えた友義が、侑哉と花子のもとにやってくる。きょとんとした二人の目の前に、レジュメのような紙束を広げた。地域で開催している文化展の企画書だ。
「これに、絵本読み聞かせコーナーを作る話があってね。せっかく絵本作家がいるんだから頼めないかという話が 出て、どうせなら新作を出してもらえないかと意見を出した人がいてねえ。予算もあるしさあ」
侑哉はペラペラと紙をめくる。
「おじさん」
「ん?」
「おじさんでしょ、企画を出したの」
にやり、と友義は笑う。
やっぱり、と侑哉は肩をすくめたが、元から伯父は食えない人なので今さらだ。
「だけどな、いくら周りが担ぎ上げても、本人達が腰を上げてくんなきゃどうしようもないんだよ」
「まあね」
侑哉が相づちを打つと、友義がその頭をカウンターごしに軽く撫でながら言った。
「侑哉の言葉が、効いたんじゃないかな。響いたんだよ。うん」
侑哉は典弘の笑顔を思い出す。絵が好きですと伝えたときの顔が、ちょっと複雑そうだったのは、ストーリーが良くない自覚があるからだろう。しかし父が書いた文章に絵をつけるなら、きっと満足のいく絵本ができるはずだ。
「お父さん、よく了承したね」
「奥さんに説得されたんじゃないかな。まあ子供の助けになるなら、親は一肌でも二肌でも脱ぐだろうしね」
「うん、楽しみ!」
花子は嬉しそうに、企画書を読んでいる。
侑哉は、写メを取らせてもらった修次の絵を眺めた。子供のころ父に誘われ山を登った少年は、今度は父の手を引いて山を登ろうとしている。
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