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第三章
去る者は追う間もなく(2)
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「はなちゃん、行こう。岩本たちが待ってる」
女子たちには、招待側の大学生らしく、しかしかなりぶっきらぼうに「高校生は遅くならないようにね」と言い残し、侑哉はそのまま花子の手を引いて早足で中庭を出て、学外の人が入り込まない場所へ向かって移動する。 人波にもまれながらやっと普段休憩しているベンチに着くと、ふう、と深いため息をついて腰をおろした。花子も侑哉の隣に座る。
「ごめん、はなちゃん......俺、女子高生に慣れてなくて」
侑哉は眉をさげて笑った。花子はその頭をそっと撫でる。
「なに......?」
「髪が......ぼさぼさになってるから......」
そう言って花子も、自分が被っているニット帽を外す。
まとめていたはずのピンクの髪も乱れて、帽子を取ったと同時にはらりと落ちた。
そうして少しの時間、侑哉と花子はベンチに座っていた。日がだんだん落ちてきて薄暗くなってきたところで、大学から出ようということになり、二人は歩き出す。自然と、足は侑哉の伯父、友義がいるニイノ古書店へ向かった。
「おう、ライブはどうだった?」
友義は客のいない店の中で、一人くつろぎながら粘土でフィギュアを作っている。「ボケ防止」と友義は言う
が、たまにお客から欲しいと言われて譲ることもあるらしい。侑哉は、カウンターに飾られている花子そっくりのお手製フィギュアを手にしながら答える。
「ライブは楽しかったよ。盛況でさ」
「うんうん、それはよかった。はなちゃんも楽しめた?」
「うん」
花子は笑顔を作って返事をする。だが友義にはすぐ、様子が違うことがわかったらしく、何かあったのかと二人
に向かってやんわりと聞いた。侑哉は躊躇ったが、花子は静かに笑い、定位置の椅子に腰かけると、自分から話し出した。
「私ね、海外にいたって言ったでしょ。父親の仕事の都合で」
うん、と侑哉は相槌をうつ。
「小さいころは母親と私も一緒に行ってたんだけど、高校受験前の中二のとき、母親と二人で戻ってきたんだ。でも馴染めなくて」
侑哉も、花子が高校を中退したのは聞いていたが、中学ですでに不登校気味になったらしいのは初耳だ。侑哉は黙って続きを待った。
「さっき会った子たちは、中学の同級生なの」
「うん......」
女子たちの話が「高校辞めたらしい」という伝聞だったため予想はしていたが、違う高校に進学したのに噂というものは面白おかしく伝わっていくのか、と侑哉は不快になる。
侑哉の表情が険しいのを見て花子は「女子は噂好きだから」と笑ったが、侑哉はふと、気になったことを思い出した。
「あの子たち、ティナって呼んでたけど」
バイトをする前の知り合いなら、その名前は知らないのではないかと侑哉は思ったのだ。そういうことすら噂になるならと更に嫌な気持ちになるが、花子の説明は意外なものだった。
「うーんと、私、生まれも向こうで。いわゆる二重国籍ってやつ......で、名前も現地のミドルネームがあるの。それがティナ」
「......あー......」
花子は、順序だてて侑哉に説明する。生まれて少ししてから帰国したが、幼児の頃にまた親の赴任に付いていったらしい。そして中学で帰国した際に、聞かれるままに海外生活や国籍、「ティナ」という名前を話したのだという。けれども、帰国子女の美少女ティナ、というだけで無駄に注目を浴びてしまい、同性からはやっかまれ、海外でおおらかに育った花子は次第に学校へ行かなくなったのだ。
侑哉は、初対面のときに花子に言った言葉を思い出す。
女子は可愛いだけで得をするよな、と。しかし中学生の花子は外見だけで不快な思いをしたのだ。
「なんか......ごめんな」
「なにが?」
花子は笑うが、侑哉は再度謝る。
「真面目だねー。うん、いいよ。私も同じようなこと言ったんだし」
花子が言ったのは、侑哉に向かって発した「黙っていればイケメン」という言葉である。比較にならないと侑哉は落ち込んだが、友義が「まあまあ」と宥めた。
「そういうのはね、謝るのは一回でいいんだよ。大事なのは、相手を思いやって気に留めることかな」
友義の言葉に、うん、と花子も笑顔で頷く。
侑哉の気持ちも落ち着いたところで、友義が時計を指した。気付けば日はすっかり暮れており、花子がスマホを見ると、親から帰宅時間を確認するラインが入っていた。侑哉は駅まで花子を送ることにして友義の店をあとにする。大学祭は外部向けのイベントが終了し、各団体 が一日目の打ち上げをしているようで賑やかだ。花子は侑哉の隣を歩きながら、ちょっと恥ずかしそうに言った。 「でも、さっき手を引いて、あの子たちの前から連れ出してくれたのは......嬉しかったよ」
ありがとう、と言う花子は、いつもと違ってしおらしく、侑哉はなんだか花子の顔をまともに見られない。
「日本に帰ってきて大変なこともあったけど、バイトの皆と旅行したこととか、古書店祭も、大学祭も、なんだか最近すごく楽しかった」
花子はちょっとだけ侑哉の先を歩くと、くるりと振り向き、そのタレ気味の大きな目で侑哉を見つめる。
「侑哉に会えて、本当に良かった。本当に楽しかったよ」
侑哉は足を止めた。花子は侑哉の一メートルほど前に立ち、笑顔を作る。
「来月から、父親がいるシンガポールに母親と行くんだ。しばらく会えないけど、元気でね」
シンガポール、と侑哉は小さく復唱する。だがその間に、いつものように慣れた様子でタクシーに乗り、花子は風のように去って行ってしまった。
女子たちには、招待側の大学生らしく、しかしかなりぶっきらぼうに「高校生は遅くならないようにね」と言い残し、侑哉はそのまま花子の手を引いて早足で中庭を出て、学外の人が入り込まない場所へ向かって移動する。 人波にもまれながらやっと普段休憩しているベンチに着くと、ふう、と深いため息をついて腰をおろした。花子も侑哉の隣に座る。
「ごめん、はなちゃん......俺、女子高生に慣れてなくて」
侑哉は眉をさげて笑った。花子はその頭をそっと撫でる。
「なに......?」
「髪が......ぼさぼさになってるから......」
そう言って花子も、自分が被っているニット帽を外す。
まとめていたはずのピンクの髪も乱れて、帽子を取ったと同時にはらりと落ちた。
そうして少しの時間、侑哉と花子はベンチに座っていた。日がだんだん落ちてきて薄暗くなってきたところで、大学から出ようということになり、二人は歩き出す。自然と、足は侑哉の伯父、友義がいるニイノ古書店へ向かった。
「おう、ライブはどうだった?」
友義は客のいない店の中で、一人くつろぎながら粘土でフィギュアを作っている。「ボケ防止」と友義は言う
が、たまにお客から欲しいと言われて譲ることもあるらしい。侑哉は、カウンターに飾られている花子そっくりのお手製フィギュアを手にしながら答える。
「ライブは楽しかったよ。盛況でさ」
「うんうん、それはよかった。はなちゃんも楽しめた?」
「うん」
花子は笑顔を作って返事をする。だが友義にはすぐ、様子が違うことがわかったらしく、何かあったのかと二人
に向かってやんわりと聞いた。侑哉は躊躇ったが、花子は静かに笑い、定位置の椅子に腰かけると、自分から話し出した。
「私ね、海外にいたって言ったでしょ。父親の仕事の都合で」
うん、と侑哉は相槌をうつ。
「小さいころは母親と私も一緒に行ってたんだけど、高校受験前の中二のとき、母親と二人で戻ってきたんだ。でも馴染めなくて」
侑哉も、花子が高校を中退したのは聞いていたが、中学ですでに不登校気味になったらしいのは初耳だ。侑哉は黙って続きを待った。
「さっき会った子たちは、中学の同級生なの」
「うん......」
女子たちの話が「高校辞めたらしい」という伝聞だったため予想はしていたが、違う高校に進学したのに噂というものは面白おかしく伝わっていくのか、と侑哉は不快になる。
侑哉の表情が険しいのを見て花子は「女子は噂好きだから」と笑ったが、侑哉はふと、気になったことを思い出した。
「あの子たち、ティナって呼んでたけど」
バイトをする前の知り合いなら、その名前は知らないのではないかと侑哉は思ったのだ。そういうことすら噂になるならと更に嫌な気持ちになるが、花子の説明は意外なものだった。
「うーんと、私、生まれも向こうで。いわゆる二重国籍ってやつ......で、名前も現地のミドルネームがあるの。それがティナ」
「......あー......」
花子は、順序だてて侑哉に説明する。生まれて少ししてから帰国したが、幼児の頃にまた親の赴任に付いていったらしい。そして中学で帰国した際に、聞かれるままに海外生活や国籍、「ティナ」という名前を話したのだという。けれども、帰国子女の美少女ティナ、というだけで無駄に注目を浴びてしまい、同性からはやっかまれ、海外でおおらかに育った花子は次第に学校へ行かなくなったのだ。
侑哉は、初対面のときに花子に言った言葉を思い出す。
女子は可愛いだけで得をするよな、と。しかし中学生の花子は外見だけで不快な思いをしたのだ。
「なんか......ごめんな」
「なにが?」
花子は笑うが、侑哉は再度謝る。
「真面目だねー。うん、いいよ。私も同じようなこと言ったんだし」
花子が言ったのは、侑哉に向かって発した「黙っていればイケメン」という言葉である。比較にならないと侑哉は落ち込んだが、友義が「まあまあ」と宥めた。
「そういうのはね、謝るのは一回でいいんだよ。大事なのは、相手を思いやって気に留めることかな」
友義の言葉に、うん、と花子も笑顔で頷く。
侑哉の気持ちも落ち着いたところで、友義が時計を指した。気付けば日はすっかり暮れており、花子がスマホを見ると、親から帰宅時間を確認するラインが入っていた。侑哉は駅まで花子を送ることにして友義の店をあとにする。大学祭は外部向けのイベントが終了し、各団体 が一日目の打ち上げをしているようで賑やかだ。花子は侑哉の隣を歩きながら、ちょっと恥ずかしそうに言った。 「でも、さっき手を引いて、あの子たちの前から連れ出してくれたのは......嬉しかったよ」
ありがとう、と言う花子は、いつもと違ってしおらしく、侑哉はなんだか花子の顔をまともに見られない。
「日本に帰ってきて大変なこともあったけど、バイトの皆と旅行したこととか、古書店祭も、大学祭も、なんだか最近すごく楽しかった」
花子はちょっとだけ侑哉の先を歩くと、くるりと振り向き、そのタレ気味の大きな目で侑哉を見つめる。
「侑哉に会えて、本当に良かった。本当に楽しかったよ」
侑哉は足を止めた。花子は侑哉の一メートルほど前に立ち、笑顔を作る。
「来月から、父親がいるシンガポールに母親と行くんだ。しばらく会えないけど、元気でね」
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