マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

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第四章

こたつで練るヒロイン奪還計画(1)

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 年末年始は、どこも忙しい。岩本は実家の温泉旅館で手伝いに精を出しており、合間に侑哉へラインを送ってくる。主に愚痴のような、そうでもないような。とりあえず誰かに話したいらしい。
「カップルがさあ、楽しそうにしてるわけよ。まあ喧嘩されるよりよっぽどいいけどな」
 侑哉は同意のスタンプを返した。家業が儲かるのは何よりだろう。
 静音やいずみは正月もバイトらしく、侑哉が電気街の初売りを覗いた帰りにコスプレカフェに寄ると、店員たちが艶やかな着物姿で歓待してくれた。早速写メを岩本に送ると「羨ましい」と返事が来たが、そんな岩本からもすぐに着物姿の写真が送られてきた。こちらも仕事中の、本物の若旦那スタイルである。
「似合うね」
 侑哉が静音の言葉を伝えると、舞い上がったスタンプが送られてきた。平和である。
「私、支援教室でアルバイトを始めたんですよ」
 侑哉が一人、カウンターで新年特別メニューの甘酒を飲んでいると、いずみが寄ってきて話しかけてきた。普段のSFコスプレとは真逆だが、こちらも和装がよく似合う。
「へえ! バイト始めたのは最近? 読み聞かせ、すごい上手かったもんね」
 侑哉は、古書店祭りを思い出す。安田書店の絵本読み聞かせコーナーが盛況に終わったのは、保育士資格を持つ、いずみの朗読のおかげも多分にあるだろう。
「はい、やっぱり子供の相手をするのが、楽しいんです」
「そっか......」
 侑哉はいずみから、新しく始めたという仕事について聞いていたが、その後客が殺到してきて店が混雑してきたため、早々に退散した。
 古書店街は組合で決めているのか、全店休みだ。当然、 ニイノ古書店も休みで、友義も自宅か、あるいは旅行にでも行っているのかもしれない。侑哉は弟・涼介の受験 祈願のため、混雑した湯島に寄ったり、正月でいつもよりは閑散とした東京の街を一人ぶらついていた。
「髪、切っていこうかな......」
 年始で休業している店のガラスに映った自分の姿を見て、侑哉は独り言をいう。
 茶色く染めてゆるくパーマをかけた侑哉の今の髪型は、すでに大学で知り合った友人たちには馴染のスタイルだ。
 けれどもシンガポールは暑いと聞いて、切ろうか迷っている。さらに、今の日本は真冬なのでダウンを羽織っているが、服装はやはり夏仕様だろう。あれこれ考え、考えすぎで訳がわからなくなり、侑哉はそのまま帰宅することにした。電車で旅行のガイドブックを読もうと、いつも行く書店に立ち寄る。

 大型書店は正月も開店しているが、やはり普段と比べ閑散としている。侑哉が雑誌コーナーに行くと、町情報
雑誌が平積みされていた。特集がこの地域ということで、特に目立つようにおいてあるのだろう。ぺらぺらとめく
 ると、学生やサラリーマン御用達の定食屋や喫茶店が載っている。侑哉もよく行く店ばかりだ。
 身近な店が、大勢の人が目にする雑誌にのるのは、なんとも恥ずかしいような嬉しい気持ちになる。
 古書店の特集ページには、先日行われた古書店街祭の様子が記事になっていた。安田書房の読み聞かせの写真もあったが、息子の典弘の隣にいるのは、店主の修次ではなくいずみであった。
 さすがに写真映えがするほうを使われたのか、そう思うと侑哉はちょっとおかしくなった。違うページには、修次、典弘、そして奥さんの三ショットと簡単な店の紹介文もあったので、きちんと取材を受けたらしい。典弘と修次の共作絵本はイベント用に製本したものだったが、その後どうなったか侑哉は気になっていたのだ。
 出版までこぎつけるのは簡単なことではないが、こういった媒体に乗ることが後押しになればいい、と、侑哉はそのまま雑誌も買っていく。

 本屋をあとにして、人の少ない正月の都内を、侑哉は一人歩いていく。
「みんなすごいな......」
 侑哉は、静音やいずみ、そして岩本との会話を思い出す。正月という雰囲気もあるが、出会った人、話した人はみな、希望に満ち溢れているよう侑哉には思えた。侑哉も大学受験まではがむしゃらに頑張った覚えがあるが、いざ入学してみると、講義やバイトでは受験よりも覚え ることが多い。当たり前だが受験はゴールではないのである。それでも古書店でバイトをするようになってから、 侑哉は本屋でもラノベや漫画以外のコーナーにも以前と違って積極的に立ち寄るようになったり、自覚できる変化もある。
 小説も、新刊・古書問わず読んでみると、なかなか面白いし、知識が増えるのは確かに楽しい。 けれども、侑哉は不意にさみしくなる時がある。
 物語の主人公は現実にはおらず、読者である自分はなんの取柄もない平凡な大学生なのだ、と。空想と現実をごちゃまぜにするほど幼くはないが、花子と知り合い、友人も増え、未知の世界を体験することはフィクションのように侑哉を高揚させ、充足感を与えてくれた。しかし、もしそれが異世界だとしても、ヒロインがいなくても、その世界で暮らす人々は地に足をつけて生きている。
 花子というヒロインに去られた自分には何の取柄もないような気がして、侑哉は猫背をさらに丸くしてとぼとぼと帰路についたのである
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