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第三章
若者たちよ、大志をいだけ(2)
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普段は飄々とし、柔和な友義の言葉にしては意外な口調だ。その場に少し沈黙が流れたが、それをやんわりと破ったのも友義だ。
「ここは俺の代でたたむよ」
「へえ......」
穏やかだが断定的な言い方に、岩本は間抜けな相槌しか打てない。侑哉も黙ったままだが、以前友義は、自分が本棚の整理ができなくなったらたたむというようなことを言っていた。それは頑ならしい。だが、頑なすぎる友義の態度に、侑哉は複雑な気持ちだ。
それからしばらく、四人は段ボールの開封作業と書物の整理を黙々とこなしていた。時折訪れる常連客も興味津々で話しかけてきたり、大学からは教授も見に来た。
ペストマスクを友義に渡したという教授は、侑哉も一般教養で講義を受けた教授である。
「新野とはさ、文芸サークルで一緒だったんだよ」
教授は、友義のサークル仲間だったらしい。そう考えると、友義は一般企業としても教員としてもそれなりのキャリアと地位を持っていてもおかしくないのだ。
「じゃあ、新野。掘り出し物があったら教えてくれ」
いいなあ、と古書を眺めて羨ましそうに言った教授は、しばし友義と談笑し、徒歩で大学へと帰っていく。親の古書店を継ぎ、旧知の友人とも気軽に交流している友義の生活は、女性からは「野心がない」と思われるかもしれないが、社会の歯車として生きている人たちからは羨ましく見えるのかもしれなかった。
岩本の腹時計がなり、それを合図にその日の作業は終了となった。友義は「はいこれ」と、静音と岩本に封筒を渡す。バイト代だ。
「ありがとうございます。いやあ、ライブ続きで出費がかさんで、実家帰る電車賃どうしようかと思ってたんっすよ」
正式にバイトとして呼ばれていない岩本は侑哉からボランティアと聞かされていたため、尚更嬉しそうだ。
若旦那よろしく頭を何度もさげて友義に礼を言う。
静音は封筒に入っているのが予想以上の金額だったのか、おどろいているが、「レンタカーを借りたと思えばこのくらいは」という友義の言葉に、恐縮しながらも嬉しそうだ。
「私、今、資格取ろうと思ってて......足しにします。ありがとうございます」
静音が頭を下げると、艶やかな黒髪が揺れた。
「え? 静音さんもカフェ辞めちゃうの? 実家の関係?」
岩本は驚く。侑哉も初耳だ。
「実家は別に......女だし整備工場を継ぐなんて考えなくていいって親には言われてるから。私、体を動かしたり人の役に立つことが好きなので、福祉関係の学校に通おうかと考えているんです。運転も生かせるかもしれないし」
静音は丁寧に説明をした。
うんうん、と友義はうなずく。
「いいね、おおいに頑張ったらいい。それでも、もし悩んだらうちに寄るといいよ。本を読んでる間は余計なことを忘れられるからね」
その後、岩本と静音は帰っていった。なんだかんだでハイエースの助手席に乗せてもらえている岩本は、静音にとって疎ましくはないのだろう。侑哉も、友義に挨拶をして店を出る。侑哉は歩きながら考えた。祖父母、伯父、そして自分と、古書店を継ぐのは悪い考えではないはずだ。実際、友義は古書店を継いだことを親孝行と感じているふしもある。
なぜ、それがいけないのだろう。なぜ、侑哉にはその選択肢を与えてくれないのだろう。なんとなくすっきりしない気持ちのまま、侑哉は立ち止まりスマホを取り出した。
日本は夕飯どきだが、時差もあまりないシンガポールも同じころだ。花子に電話をかけたら一度不在になった が、すぐに折り返しかかってきた。
「どうしたの? あ、ともさんの件? ちゃんと本引き取ってこれたんだねー。よかったぁ」
花子は変わらず明るく喋り続ける。侑哉はしばし、うん、うんと相槌をうちながら、海の向こうにいる花子の声に耳を傾けていた。
「ここは俺の代でたたむよ」
「へえ......」
穏やかだが断定的な言い方に、岩本は間抜けな相槌しか打てない。侑哉も黙ったままだが、以前友義は、自分が本棚の整理ができなくなったらたたむというようなことを言っていた。それは頑ならしい。だが、頑なすぎる友義の態度に、侑哉は複雑な気持ちだ。
それからしばらく、四人は段ボールの開封作業と書物の整理を黙々とこなしていた。時折訪れる常連客も興味津々で話しかけてきたり、大学からは教授も見に来た。
ペストマスクを友義に渡したという教授は、侑哉も一般教養で講義を受けた教授である。
「新野とはさ、文芸サークルで一緒だったんだよ」
教授は、友義のサークル仲間だったらしい。そう考えると、友義は一般企業としても教員としてもそれなりのキャリアと地位を持っていてもおかしくないのだ。
「じゃあ、新野。掘り出し物があったら教えてくれ」
いいなあ、と古書を眺めて羨ましそうに言った教授は、しばし友義と談笑し、徒歩で大学へと帰っていく。親の古書店を継ぎ、旧知の友人とも気軽に交流している友義の生活は、女性からは「野心がない」と思われるかもしれないが、社会の歯車として生きている人たちからは羨ましく見えるのかもしれなかった。
岩本の腹時計がなり、それを合図にその日の作業は終了となった。友義は「はいこれ」と、静音と岩本に封筒を渡す。バイト代だ。
「ありがとうございます。いやあ、ライブ続きで出費がかさんで、実家帰る電車賃どうしようかと思ってたんっすよ」
正式にバイトとして呼ばれていない岩本は侑哉からボランティアと聞かされていたため、尚更嬉しそうだ。
若旦那よろしく頭を何度もさげて友義に礼を言う。
静音は封筒に入っているのが予想以上の金額だったのか、おどろいているが、「レンタカーを借りたと思えばこのくらいは」という友義の言葉に、恐縮しながらも嬉しそうだ。
「私、今、資格取ろうと思ってて......足しにします。ありがとうございます」
静音が頭を下げると、艶やかな黒髪が揺れた。
「え? 静音さんもカフェ辞めちゃうの? 実家の関係?」
岩本は驚く。侑哉も初耳だ。
「実家は別に......女だし整備工場を継ぐなんて考えなくていいって親には言われてるから。私、体を動かしたり人の役に立つことが好きなので、福祉関係の学校に通おうかと考えているんです。運転も生かせるかもしれないし」
静音は丁寧に説明をした。
うんうん、と友義はうなずく。
「いいね、おおいに頑張ったらいい。それでも、もし悩んだらうちに寄るといいよ。本を読んでる間は余計なことを忘れられるからね」
その後、岩本と静音は帰っていった。なんだかんだでハイエースの助手席に乗せてもらえている岩本は、静音にとって疎ましくはないのだろう。侑哉も、友義に挨拶をして店を出る。侑哉は歩きながら考えた。祖父母、伯父、そして自分と、古書店を継ぐのは悪い考えではないはずだ。実際、友義は古書店を継いだことを親孝行と感じているふしもある。
なぜ、それがいけないのだろう。なぜ、侑哉にはその選択肢を与えてくれないのだろう。なんとなくすっきりしない気持ちのまま、侑哉は立ち止まりスマホを取り出した。
日本は夕飯どきだが、時差もあまりないシンガポールも同じころだ。花子に電話をかけたら一度不在になった が、すぐに折り返しかかってきた。
「どうしたの? あ、ともさんの件? ちゃんと本引き取ってこれたんだねー。よかったぁ」
花子は変わらず明るく喋り続ける。侑哉はしばし、うん、うんと相槌をうちながら、海の向こうにいる花子の声に耳を傾けていた。
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