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第三章
若者たちよ、大志をいだけ(1)
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花子がシンガポールに行き、寂しがっていたのは侑哉や友義たちだけではない。
「え! 侑哉くん、ティナに会いにいくの? 告白?」
大袈裟に驚いて、わざとらしく告白ミッションを付け足したのは、静音だ。先日実家に残った蔵書の処分についてニイノ古書店まで相談にきた男性の自宅へ、なんとか年内には行きたいと言っていた友義だったが、いい具合に予定の調整がついた。千葉まで車で行くことになり、その運転手が静音に任されたのである。
事前に送ってもらった蔵書の写真を見ると、昔の小説の初版や地域の文化資料まで多岐に渡り、ひとまず友義が一度全部引き取ることになった。
「知り合いの教授が詳しいから、まあのんびり確認するよ。処分されずに済んだし、そんなに急がないからね」
古書の大量買い取りの場合、査定にも時間がかかると言うと「待てないから捨てる」という人もいるが、今回はどうやらそんな心配はないらしい。
そして、いま心配......というか、侑哉が気になるのは、静音の同行者である。
「で、なんで岩本が?」
運転モードで動きやすい格好をした静音の愛車・ハイエースの助手席には、ちゃっかり岩本が座っていた。今日もまた、作為的な無造作ヘアである。
「いや、ほら。力仕事なら男手が必要かなと思って」
「男なら俺がいるし、先方にも人は何人かいるみたいだし、足りてるけど。第一そんなに人が乗ったら本が乗らないんじゃね?」
侑哉はあからさまに迷惑な顔をしてみた。
大学祭で静音と距離を縮めたらしき岩本は、アピールできる貴重な機会を無駄にしないよう、ちょくちょく侑哉に探りをいれてきていた。
侑哉はスルーしていたのだが、いつの間にか岩本は花 子の連絡先もゲットしており、花子~友義ラインの流れから、今回静音に運転手の依頼があったことを知ったらしい。
「てか。なんでお前も静音さんのライン知ってんだよ」
岩本が逆に、侑哉へ噛みついてくるが、侑哉はわざとうんざりした顔をして返答した。
「俺じゃない、おじさんだ」
そう、友義のほうが花子とよくラインをしており、花子がシンガポールへ行ってからは近況報告を兼ねて以前より他愛ないことも伝えるようになったようだ。とはいえ、ほぼ古書店に関してのことなので、今回大口引き取りに車で行く話になった際に「静ねえに聞いてみようか」と花子が言ったのは自然な流れである。
「ほんと、助かるよ。俺も運転できなくはないけどさ、普段乗ってるのは軽ばかりだからねえ。段ボールの数を
確認したら軽に載るか微妙だったし」
「いえ、運転好きなのでいつでも言って下さい。日当も頂いて有り難いです」
静音は嬉しそうに頭を下げる。知り合いの頼みというと双方気を遣うこともあるが、店からのバイト依頼という形なら受けやすいのだろう。
「こういうのも、縁っていうのかな」
侑哉はふと花子の言葉を思い出して呟いた。
「ん? なに? 侑哉くん」
静音は聞き返したが、侑哉はなんとなく恥ずかしくなり、なんでもないよう取り繕う。
結局、千葉へは静音が運転し、助手席に友義が乗って行くことになった。侑哉は店番である。そして岩本は、せっかく来たのに静音の隣は奪われてしまったので、仕方なしに侑哉と一緒にニイノ古書店に残ることになった。
「まあ、こっちも人手は欲しかったから助かるよ。ボランティアだけど」
侑哉の言葉に、岩本も渋々ながら店内の整理を手伝う。散らかっているわけではないが、大量の書物を一時的とはいえ運び入れるスペースを作らなければならないのだ。
「......なんか、変なのもあるのな」
骨董品のような箱や、どこぞの民族のお面など、岩本は物珍しそうに手に取ってはこねくりまわしていた。友義が趣味で作ったフィギュアたちを、興味津々で見たりしている。
「これ、花子ちゃん?」
「いや、まりんちゃんかな」
ツインテールにセーラー服姿の人形のことだ。まりん ちゃんは、花子がカフェの仕事でコスプレをするラノベ、「非モテ」のヒロインである。
「花子ちゃん、元気そうだな。静音さんも安心してた」
岩本は静音と、少し込み入った話をする程度には仲良くなったらしい。
「帰国子女なんだよな」
「ん」
侑哉からは花子の個人的なことを話すつもりはなかったが、岩本も不躾な詮索をするタイプではない。それでも友人として花子の不在をさみしがる岩本が、ぽつりと呟いた。
「このままずっと海外に住むのかな」
「どうかな......」
それに関しては、侑哉もはっきりとはわからない。ラインで話す分には、花子は以前と変わらなくて、まるで「また明日、ともさんのお店で」と言いそうな雰囲気だ。
だけどそんな気軽に会える距離ではないことを、侑哉は花子と離れて会話するにつれひしひしと実感してきた。
たとえビデオ通話で顔を見ることができても、顔を合わせて他愛ない会話ができるというのは、実はとても幸せなことなのだ。
「ていうかさ。これ、まんま遠距離恋愛じゃん、秋月と花子ちゃんて」
侑哉がぼーっと考えていると、岩本がしびれを切らしたように言った。
「告白するんだろ?」
「しないよ、そんなの」
なんでだよ! と岩本は叫ぶ。
「なんかさ、そういうんじゃない気がするんだよ」
「ふうん......」
岩本も返事のしようがないらしく、そのまま会話は途切れた。二人はたまにくる客をさばいたり、店の本を読みながら時間をつぶす。午後四時頃にようやく友義がハイエースで帰ってくると、荷おろしに取りかかった。
「いやあ、思っていたより大収穫でね。まずは目録を作るところから始めないといけないかもなあ」
言っていることは大変そうでも、友義の口調は嬉しそうだ。当然、侑哉も手伝い出す。まだ古書の扱いに詳しくはないが、それでも半年以上仕事を手伝っているので、見よう見まねで作業をする。
「なんかさ、侑哉くん。さまになってるね。このお店継ぐの? もとはおじいちゃんのお店なんでしょう?」
感心したように静音が言った。岩本も「あ、なるほどな。修行をかねてたのか」などという。
だが侑哉はそんなことは考えたことはなかった。一瞬 困惑したが、確かに祖父母の代から続く古書店を継ぐという道はなかなか悪くない。
「じゃあ......秋月は三代目になるのか?」
岩本の言葉に、「そうかな」などと気軽に答えてみた 侑哉だが、そこに友義のきっぱりした声が響いた。
「ならないよ」
「え! 侑哉くん、ティナに会いにいくの? 告白?」
大袈裟に驚いて、わざとらしく告白ミッションを付け足したのは、静音だ。先日実家に残った蔵書の処分についてニイノ古書店まで相談にきた男性の自宅へ、なんとか年内には行きたいと言っていた友義だったが、いい具合に予定の調整がついた。千葉まで車で行くことになり、その運転手が静音に任されたのである。
事前に送ってもらった蔵書の写真を見ると、昔の小説の初版や地域の文化資料まで多岐に渡り、ひとまず友義が一度全部引き取ることになった。
「知り合いの教授が詳しいから、まあのんびり確認するよ。処分されずに済んだし、そんなに急がないからね」
古書の大量買い取りの場合、査定にも時間がかかると言うと「待てないから捨てる」という人もいるが、今回はどうやらそんな心配はないらしい。
そして、いま心配......というか、侑哉が気になるのは、静音の同行者である。
「で、なんで岩本が?」
運転モードで動きやすい格好をした静音の愛車・ハイエースの助手席には、ちゃっかり岩本が座っていた。今日もまた、作為的な無造作ヘアである。
「いや、ほら。力仕事なら男手が必要かなと思って」
「男なら俺がいるし、先方にも人は何人かいるみたいだし、足りてるけど。第一そんなに人が乗ったら本が乗らないんじゃね?」
侑哉はあからさまに迷惑な顔をしてみた。
大学祭で静音と距離を縮めたらしき岩本は、アピールできる貴重な機会を無駄にしないよう、ちょくちょく侑哉に探りをいれてきていた。
侑哉はスルーしていたのだが、いつの間にか岩本は花 子の連絡先もゲットしており、花子~友義ラインの流れから、今回静音に運転手の依頼があったことを知ったらしい。
「てか。なんでお前も静音さんのライン知ってんだよ」
岩本が逆に、侑哉へ噛みついてくるが、侑哉はわざとうんざりした顔をして返答した。
「俺じゃない、おじさんだ」
そう、友義のほうが花子とよくラインをしており、花子がシンガポールへ行ってからは近況報告を兼ねて以前より他愛ないことも伝えるようになったようだ。とはいえ、ほぼ古書店に関してのことなので、今回大口引き取りに車で行く話になった際に「静ねえに聞いてみようか」と花子が言ったのは自然な流れである。
「ほんと、助かるよ。俺も運転できなくはないけどさ、普段乗ってるのは軽ばかりだからねえ。段ボールの数を
確認したら軽に載るか微妙だったし」
「いえ、運転好きなのでいつでも言って下さい。日当も頂いて有り難いです」
静音は嬉しそうに頭を下げる。知り合いの頼みというと双方気を遣うこともあるが、店からのバイト依頼という形なら受けやすいのだろう。
「こういうのも、縁っていうのかな」
侑哉はふと花子の言葉を思い出して呟いた。
「ん? なに? 侑哉くん」
静音は聞き返したが、侑哉はなんとなく恥ずかしくなり、なんでもないよう取り繕う。
結局、千葉へは静音が運転し、助手席に友義が乗って行くことになった。侑哉は店番である。そして岩本は、せっかく来たのに静音の隣は奪われてしまったので、仕方なしに侑哉と一緒にニイノ古書店に残ることになった。
「まあ、こっちも人手は欲しかったから助かるよ。ボランティアだけど」
侑哉の言葉に、岩本も渋々ながら店内の整理を手伝う。散らかっているわけではないが、大量の書物を一時的とはいえ運び入れるスペースを作らなければならないのだ。
「......なんか、変なのもあるのな」
骨董品のような箱や、どこぞの民族のお面など、岩本は物珍しそうに手に取ってはこねくりまわしていた。友義が趣味で作ったフィギュアたちを、興味津々で見たりしている。
「これ、花子ちゃん?」
「いや、まりんちゃんかな」
ツインテールにセーラー服姿の人形のことだ。まりん ちゃんは、花子がカフェの仕事でコスプレをするラノベ、「非モテ」のヒロインである。
「花子ちゃん、元気そうだな。静音さんも安心してた」
岩本は静音と、少し込み入った話をする程度には仲良くなったらしい。
「帰国子女なんだよな」
「ん」
侑哉からは花子の個人的なことを話すつもりはなかったが、岩本も不躾な詮索をするタイプではない。それでも友人として花子の不在をさみしがる岩本が、ぽつりと呟いた。
「このままずっと海外に住むのかな」
「どうかな......」
それに関しては、侑哉もはっきりとはわからない。ラインで話す分には、花子は以前と変わらなくて、まるで「また明日、ともさんのお店で」と言いそうな雰囲気だ。
だけどそんな気軽に会える距離ではないことを、侑哉は花子と離れて会話するにつれひしひしと実感してきた。
たとえビデオ通話で顔を見ることができても、顔を合わせて他愛ない会話ができるというのは、実はとても幸せなことなのだ。
「ていうかさ。これ、まんま遠距離恋愛じゃん、秋月と花子ちゃんて」
侑哉がぼーっと考えていると、岩本がしびれを切らしたように言った。
「告白するんだろ?」
「しないよ、そんなの」
なんでだよ! と岩本は叫ぶ。
「なんかさ、そういうんじゃない気がするんだよ」
「ふうん......」
岩本も返事のしようがないらしく、そのまま会話は途切れた。二人はたまにくる客をさばいたり、店の本を読みながら時間をつぶす。午後四時頃にようやく友義がハイエースで帰ってくると、荷おろしに取りかかった。
「いやあ、思っていたより大収穫でね。まずは目録を作るところから始めないといけないかもなあ」
言っていることは大変そうでも、友義の口調は嬉しそうだ。当然、侑哉も手伝い出す。まだ古書の扱いに詳しくはないが、それでも半年以上仕事を手伝っているので、見よう見まねで作業をする。
「なんかさ、侑哉くん。さまになってるね。このお店継ぐの? もとはおじいちゃんのお店なんでしょう?」
感心したように静音が言った。岩本も「あ、なるほどな。修行をかねてたのか」などという。
だが侑哉はそんなことは考えたことはなかった。一瞬 困惑したが、確かに祖父母の代から続く古書店を継ぐという道はなかなか悪くない。
「じゃあ......秋月は三代目になるのか?」
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