マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

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第三章

弟の言葉に身を任せ

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 侑哉の弟、涼介は中三。受験生だ。十二月ともなると、家族もなんとなく落ち着かない。
 けれども当の本人はわりとあっさりしている。模試の結果は確実といえるものではないが、本番が近づいてくるとかえって落ち着くのは、テニスの大会で場慣れをしているからかもしれない。

「兄ちゃん、クリスマスは彼女と過ごせなくて残念だねー」
 涼介は、いつものように侑哉のベッドを占領し 、寝ながら用語集をめくっている。花子がシンガポールに行ってしまったことは、友義経由で母と涼介にすぐ知られているのだ。
「だからさ、彼女じゃないから」
 平静を装いながらもさみしいことに変わりない侑哉は、猫背をさらに丸めながら体育すわりでベッドによりかかり、漫画を読んでいる。
「それより受験生、息抜きが長すぎるんじゃねーの?」
「僕はオンとオフをしっかりしてるんだよ。それに、いま読んでるこれ、見えない?」
「見えてる。なつかしーな」
 涼介が手にしているのは、社会の用語集だ。
「年明けすぐ、滑り止めの私立だろ? そっちは大丈夫か? 面接......に関しては心配してないけどさ」
「うーん、まあ、なんとかなるっしょ。てか兄ちゃん、お父さんみたいだよ。むしろ、お父さんよりうるさいね。それが原因で、はなちゃんに愛想つかされたんじゃないよね?」
 ぐはっ......と侑哉は胸をおさえて傷ついたふりをする。が、涼介はいまいち乗ってこないので、諦めた侑哉は元の猫背の姿勢に戻った。
「愛想はつかされて......ないと思う。あと、はなちゃんのお父さんも、猫背らしい」
「なんそれ」
 いらない情報を突然だされたからか、涼介は興味なさそうにまた用語集に視線を戻した。
「あー、でも。俺も後期試験だ。だるいなー」
 侑哉は、両腕を上げて伸びをする。
「兄ちゃん、僕の受験本番前には春休みになるんだし、いいじゃん。せっかくだからどっか行きなよ」
「どこだよ」
 うーん、と涼介は腕を組んだ。
「どっか。なんかさあ、こっちが受験なのにのんびりされると、目障りなんだよね」
 涼介は、ジト目で侑哉を見る。昨年侑哉が大学受験の とき、そしてさらに遡り、高校受験のときは涼介こそ気楽に過ごしていたのに、ひどい言い分だ。
 けれども、大学生の長い長い春休みに何もしないのも勿体ない、とは侑哉も考える。すると涼介が、いいことを思い付いた、という風に手を叩いた。
「はなちゃんとこ行けば?」
「はあ?」
 夏休みに岩本の実家へ行ったことを思い出しているのか、涼介は簡単に言う。
「あのなあ、シンガポールだぞ? 海外だぞ? そんな急に」
「行けるっしょ。一ヶ月あるし」
「パスポートが」
「一週間でとれるから」
「......海外に行ったことないお前が、なんで微妙に詳しいんだ」
 侑哉が不審がると、涼介は「じゃじゃんっ」、と社会の用語集の隣に置いていたスマホを取り出した。
「なんかさあ、勉強に行き詰まったとき、あーこの国行きたいなーとか、いくらで行けんのかな、とか調べるのが結構楽しいんだよね。ストリートビューで現地も見られるし」
 涼介はスマホを駆使し、息抜きでバーチャル旅行を楽しんでいるらしい。侑哉は弟の順応性の高さと若さを羨ましくなったが、友義が以前似たようなことを言っていたのを思い出した。
 ラノベを読んでいたら、モデルになった国や地域に興味を持って調べないのは勿体ない、という言葉だ。なるほど、と侑哉は感心した。確かにきっかけがあれば知識は広がるし、違う楽しみかたができる。
「というわけでさ、兄ちゃん、いってきなよ。そうだなー、二月の真ん中くらいがいいんじゃん?」
「......なんだその具体的なスケジュール」
「僕、本命校の受験なんだよね」
 弟はしたたかである。そして、なぜか弟・涼介主導のもと、侑哉のシンガポール行きが着々と決まりつつあった。だが目的が特にない侑哉は困惑する。
「そんなの、はなちゃんに会いに行く、でいいじゃん」これは涼介だ。
「うーん、今のスマホってそのまま海外で使えるんだっけ?」
 これは母の美弥。
「ああ、ポケット Wi-Fi でもレンタルしていけばいいんじゃないかな」
 これは友義である。母がラインで質問したのだ。
「お土産、よろしく」
 これは父。土産代にとさりげにお金をくれるあたり、さすが大黒柱だ。
「えー! 侑哉、シンガポールくるの? じゃあさ、うち泊まりなよ。部屋はあるし親いるからむしろ大丈夫」
 これは花子である。
 ラインのトークで会話はしていたが、これは直接話したほうが、と侑哉が電話をすると、花子はあっさり出てくれた。実に二週間ぶりの会話だったが、要件が決まっていたせいもあり、意外に普段通りで無駄な緊張もせずに会話ができ侑哉はほっとした。
 そしてシンガポールと日本との時差が一時間なのは侑哉にとって発見だった。初めての海外で時差に苦しむのはいやだと気が引けていたのであるが、これを言ったら弟には「経度があんま変わんないんだから時差もそんなにないの、すぐわかるじゃん」と言われてしまったが。

 ともかく、花子は侑哉がシンガポールに行くことを歓迎してくれているようだ。
「ええと......でも、家に泊めてもらうって、悪いんじゃない?」
「ううん。その時期、旧正月になるからあまりお店も開いてないと思うんだよね。うちに泊まってもらったほうが案内しやすいし、お祭りは楽しめるからおいでよ。来てくれたら私もうれしい!」
 親しい女子から、会えるのがうれしい、と言われると舞い上がるのは男子万国共通だ。
 自室のドアの向こうでは家族が聞き耳を立てていると思うと侑哉は小声になるが、実際はそれほど甘い会話がなされているわけではない。
「とりあえずパスポートだね。あ、写真は五年残るからちゃんとして。猫背にならないで。あれでうちのお父さんなんか免許の写真も角度悪くて指名手配写真みたいになったことあるし」
 ひどい言われようだ。そしてやはり、猫背=お父さん=侑哉らしい。なんにせよ、急遽決まった初海外旅行に向け、侑哉の中では不安と期待がない交ぜになっている。
 考えてみたら侑哉は一人旅すらしたことがないので、大学生の頃に国内外をよく旅をしていた友義にアドバイスを求めたが、あっさり「アドバイスなんて無いよ」と言われてしまった。
「昔より便利だしね。翻訳はスマホがしてくれるし、まあなんとかなるから」
 そして、店番は気にしなくていいと言ってくれる。身内とはいえ、友義の心遣いは侑哉には有り難かった。 しかし、出来上がったパスポートの写真を花子に送っ たら、「......お父さんみたい」という返事が返ってきてしまった。鎖骨から上しか写らず、顔は正面向きなため猫背感はないはずだ。どの辺がお父さんなのか、侑哉にとっては謎である。

  「......この謎はシンガポールにいけば解けるんだろうか......」
 こうして侑哉の旅行に「ヒロインの父との共通点を探す」という新たなミッションが加わったのであった。
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