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第三章
人にも本にも歴史あり(2)
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そして飛び込んだ店に、「ではニイノ古書店はどうか」と言われたらしいのだ。大学に知り合いも多い友義なら、学術的価値のある本をおろそかにしない、ということなのだろう。とはいえ、友義もすべてに詳しいわけではない。その客の父親の職業は不明だが、趣味で集めていた全集のようなものも含め、蔵書は大きめの本棚二つ分くらいあるらしい。なるほど、と友義は言うと、男性にある提案をした。
「車で日帰りで行ける距離なら、引き取りに伺いましょう。その前に写真でおおまかに全容がわかれば、どこの機関に引き取ってもらうか調べておけるので......」
男性は友義に言われるままに、差し出された台帳のようなものに連絡先を記入する。そうしてその場でラインを交換すると、安堵のため息をついた。
「相続のため、家を取り壊すんです。家族は本なんか古いし捨てようとしたんですけど、どうも父が和室で読んでいた姿が思い出されまして......それで」
うんうん、と友義は笑みを浮かべなが頷いている。やり取りを終えた客が帰ったあと、侑哉はあることを思い出していた。今は、別の伯父家族と栃木で一緒に暮らしている祖父母のことだ。
元々この古書店は、持ちビルで祖父母が経営していたのだ。侑哉が物心ついたとき、既に店主は友義に変わっており、祖父母が店にいるのを見たことはない。それどころか、栃木に遊びに行った際に見た祖父母の部屋には、背の低い小さな本棚しかなかった。
友義もそれを連想したのだろう、客がいない静かな店内で、本棚を眺めながらのんびりと話し始めた。
「栃木の弟が二世帯を新築して同居するってとき、おやじの私物の本はあらかた俺が図書館に寄贈したり、ここで売ったりしたんだよねえ。捨てるよりはいいと思って。売れないけど絶版になってる本は今、俺のアパートにおいてある。むやみに処分するよりは、多少なりとも誰かの手にとってもらう機会があればね、本も、古書店主だったおやじも嬉しいだろう、と。まあ、その処理をきちんとできただけでも、俺はこの仕事をしていて良かったと思ってるよ」
侑哉は思う。実家が古書店なら、きっともう一人の伯父家族も、親の蔵書をむやみに処分したりはしなかったろう。だが子世帯と同居し、孫もいる。さらに、背の高い本棚が老人の部屋にあると災害時の危険も増す。年齢や環境とともにやむを得ずものを処分することになるときは、生活に直接関係ないものが真っ先に対象になるのだ。
「本はさ、映画とかと同じ、娯楽なんだ。そして娯楽を楽しめるというのは、人生が豊かである証拠だと俺は思う。おやじは実家を壊すとき、もう年だしそんなに読まないから、と区切りをつけてた。だから、若い人たちには、読めるうちにどんどん読んでほしい。そしたらちょっと辛いことがあったときも、心のよりどころになる」
侑哉は友義の話を黙って聞いている。それはまるで、友義が自分自身に言い聞かせていることのようにも聞こえたからだ。
話がちょうど一区切りしたとき、ラインの着信音が鳴った。侑哉は自分かと思ったが、友義のスマホだ。確認すると先ほどの客で、すぐに家族に連絡をし、とりあえずは処分しないよう説得したとのことだった。
この店の本も誰かの手に渡っていくのだろう。そして誰かの人生の糧になるのだ。祖父の本が、店が、息子である友義の手に残されたように。
「俺ちょっと銀行に行ってくるけど、留守番頼めるか?」
侑哉は友義の頼みを二つ返事で了承し、ついでにコーヒー休憩をすすめると、友義もにやりと笑って出ていく。
友義が不在の間、客は三人来て、うち二人は数冊ずつ買っていった。古書店で掘り出し物に出会うとまとめ買いをする人が多い。レジで応対をしたあと、侑哉も自分で、だいぶ店番が板についてきたと実感する。
そのうちに客は誰もいなくなったので、侑哉はカウンターに頬杖をつき、一人物思いにふけった。自然と、店内で本を読むピンクのツインテールの姿が脳裏に浮かぶ。
本の知識では侑哉は到底花子に敵わなかったが、そんな古書店のバイトを馬鹿にするでもなく、むしろ知らない世界に迷い混んだ侑哉に、花子はいろいろなことを優しく教えてくれた。
侑哉は棚に陳列された、ラノベキャラをかたどった友義のお手製フィギュアを見る。
ラノベの主人公は異世界でヒロインと出会うが、誰とも会わない異世界生活というのは、ストーリーが成り立たないのだろう。そして、もし出会いがあったとしても、異世界から帰ってきたら、主人公の話も終わるのだ。
侑哉は、ヒロインがいない古書店という世界の中で、ひっそりと溜め息をついた。
「車で日帰りで行ける距離なら、引き取りに伺いましょう。その前に写真でおおまかに全容がわかれば、どこの機関に引き取ってもらうか調べておけるので......」
男性は友義に言われるままに、差し出された台帳のようなものに連絡先を記入する。そうしてその場でラインを交換すると、安堵のため息をついた。
「相続のため、家を取り壊すんです。家族は本なんか古いし捨てようとしたんですけど、どうも父が和室で読んでいた姿が思い出されまして......それで」
うんうん、と友義は笑みを浮かべなが頷いている。やり取りを終えた客が帰ったあと、侑哉はあることを思い出していた。今は、別の伯父家族と栃木で一緒に暮らしている祖父母のことだ。
元々この古書店は、持ちビルで祖父母が経営していたのだ。侑哉が物心ついたとき、既に店主は友義に変わっており、祖父母が店にいるのを見たことはない。それどころか、栃木に遊びに行った際に見た祖父母の部屋には、背の低い小さな本棚しかなかった。
友義もそれを連想したのだろう、客がいない静かな店内で、本棚を眺めながらのんびりと話し始めた。
「栃木の弟が二世帯を新築して同居するってとき、おやじの私物の本はあらかた俺が図書館に寄贈したり、ここで売ったりしたんだよねえ。捨てるよりはいいと思って。売れないけど絶版になってる本は今、俺のアパートにおいてある。むやみに処分するよりは、多少なりとも誰かの手にとってもらう機会があればね、本も、古書店主だったおやじも嬉しいだろう、と。まあ、その処理をきちんとできただけでも、俺はこの仕事をしていて良かったと思ってるよ」
侑哉は思う。実家が古書店なら、きっともう一人の伯父家族も、親の蔵書をむやみに処分したりはしなかったろう。だが子世帯と同居し、孫もいる。さらに、背の高い本棚が老人の部屋にあると災害時の危険も増す。年齢や環境とともにやむを得ずものを処分することになるときは、生活に直接関係ないものが真っ先に対象になるのだ。
「本はさ、映画とかと同じ、娯楽なんだ。そして娯楽を楽しめるというのは、人生が豊かである証拠だと俺は思う。おやじは実家を壊すとき、もう年だしそんなに読まないから、と区切りをつけてた。だから、若い人たちには、読めるうちにどんどん読んでほしい。そしたらちょっと辛いことがあったときも、心のよりどころになる」
侑哉は友義の話を黙って聞いている。それはまるで、友義が自分自身に言い聞かせていることのようにも聞こえたからだ。
話がちょうど一区切りしたとき、ラインの着信音が鳴った。侑哉は自分かと思ったが、友義のスマホだ。確認すると先ほどの客で、すぐに家族に連絡をし、とりあえずは処分しないよう説得したとのことだった。
この店の本も誰かの手に渡っていくのだろう。そして誰かの人生の糧になるのだ。祖父の本が、店が、息子である友義の手に残されたように。
「俺ちょっと銀行に行ってくるけど、留守番頼めるか?」
侑哉は友義の頼みを二つ返事で了承し、ついでにコーヒー休憩をすすめると、友義もにやりと笑って出ていく。
友義が不在の間、客は三人来て、うち二人は数冊ずつ買っていった。古書店で掘り出し物に出会うとまとめ買いをする人が多い。レジで応対をしたあと、侑哉も自分で、だいぶ店番が板についてきたと実感する。
そのうちに客は誰もいなくなったので、侑哉はカウンターに頬杖をつき、一人物思いにふけった。自然と、店内で本を読むピンクのツインテールの姿が脳裏に浮かぶ。
本の知識では侑哉は到底花子に敵わなかったが、そんな古書店のバイトを馬鹿にするでもなく、むしろ知らない世界に迷い混んだ侑哉に、花子はいろいろなことを優しく教えてくれた。
侑哉は棚に陳列された、ラノベキャラをかたどった友義のお手製フィギュアを見る。
ラノベの主人公は異世界でヒロインと出会うが、誰とも会わない異世界生活というのは、ストーリーが成り立たないのだろう。そして、もし出会いがあったとしても、異世界から帰ってきたら、主人公の話も終わるのだ。
侑哉は、ヒロインがいない古書店という世界の中で、ひっそりと溜め息をついた。
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