38 / 42
第四章
縁というのは切ないもの(1)
しおりを挟む
翌朝、朝食に呼ばれた侑哉は、Tシャツ、Gパンに着替え、軽く身支度を整えて沖家族が待つリビングへ向かった。侑哉もたまに忘れそうになるが、花子の苗字は「沖」である。
朝食メニューは、パンやスープ、サラダといったシンプルなもので、侑哉が普段食べてるものとそう変わらない。味はおいしくて、そう感想を言うと花子の母が嬉しそうに笑った。花子は父親に向かって話しかける。
「うーんと、とりあえずドライブしようか? ね、パパ」
「そうだね」
花子の母も賛成しており、この時点で既に多数決の結果は出ている。宿も借りて、旅程もお任せの侑哉は従うしかない。というか任せられるのは幸運なのだ。まさに、異世界に迷い混んだらすぐ可愛いヒロインに拾われ、至れり尽くせりな生活を最初から送ってるようなものだ。
侑哉は今朝はやく、母の美弥と友義には連絡をした。
母は涼介の受験が心配だが、長男の初海外旅行ももちろん気にかけている。なので、その行き先が信頼のおける人のところというのは、やはり安心らしい。友義はというと、シンガポールの旧正月は経験がないらしく、とりあえずなにか土産を、とのことだ。また古書店には合わないような変わった飾りを増やすつもりだろうか、と侑哉は心の中で苦笑した。
旧正月の飾りが翻る大通りを、車はスムーズに走っていく。
「あの、親と伯父が宜しくお伝えください、と」 侑哉は車の後部座席から、運転している花子の父親に言った。
「こちらこそ、花子が日本で大変お世話になって。ありがとう。旧正月期間で会社が休みなんだ。観光の案内ならできるから、いる間は楽しんでいったらいいよ」
花子の父から、きびきびとした返事が返ってくる。助手席の母親はうしろを見て侑哉に微笑んだ。
普通は、年頃の娘が異性の友人を連れてくるというのは、男親にとっては不穏なイベントで、ひと悶着起こるのではないかと侑哉は警戒していたのだが、そういう負の感情とは無縁の歓待だ。花子の父は、一人海外に残っている間、日本に帰した一人娘が高校を辞めたことに心を痛めていたのかもしれない。
しかしそんな娘にも、海外の自宅に呼べるほどの友人ができたのは、親として嬉しいのだろう。そう考えると、花子の家族にこうして甘えるのも自分のためだけではないのかもな、と侑哉は思う。
そして、隣に座る黒髪の花子もなかなかかわいく、侑哉はじっと観察した。服装も、ピンクの髪の時には見たことのない、ピンクのノースリーブワンピースだ。侑哉の健全な視線を感じ、花子は隣を見る。
「なあに? 」
「ううん、ピンクの服を初めて見たと思ってさ」
花子はおかしそうに笑う。
「さすがに日本で全身ピンクは悪目立ちしすぎちゃうもん」
他愛ない世間話をしながら、車はさらに通りを走る。
すると前方に、テレビなどでよく見るマーライオンが見えてきた。
「うわっ......」
上半身はライオン、下半身は魚をかたどった大きな白い像が口から勢いよく水を吐いている姿は、想像以上にかわいらしい、というのが侑哉の印象だ。
「夜はまたライトアップされるから、来てみようか」
花子の父親は、侑哉が喜んでいるのが嬉しいようだ。そのあと車はチャイナタウンに向かう。駐車場に車を止めて歩くと、屋台のような雑然とした通りに、干支のオブジェや、祭り用の飾りやお菓子が大量に売られている。
大通りも赤を中心とした飾りが多かったが、ここは特に店そのものが鮮やかに染まっているようだ。
「中華系の人が多いからね。パレードもあって賑やかだよ」
侑哉は花子たちとはぐれないようにしながらも、周囲の飾りに目を奪われる。
「デカいアメ横みたいですね......」
口をあんぐりと間抜けに開けながら歩いていたら、「侑哉!」と花子の声がした。
侑哉の隣にいたはずの花子がいない。花子は今、黒髪で、しかも小柄なので雑踏に紛れたのだ。
「侑哉」
今度は耳元で声がした。そして花子は侑哉の手を握る。そのままするっと人混みを抜ける花子に、侑哉は慌てて付いていった。花子の手は小さいが、力強い。これはタックルが強烈なのも納得だな、と侑哉は花子の握力がいくつかなどと想像し、そんなことを考える自分がおかしくなった。
握った手からは、安心感が伝わってくる。
「はなちゃん」
今度は侑哉が花子に聞いた。
「はぐれないようにしよう」
こくりと頷く気配がした。侑哉と違って英語をネイティブ並みに喋れる花子でも、雑踏に取り残されるのは不安だろう。侑哉は握った手に、少しばかり力を込める。
はぐれないように。守ってあげられるように。
朝食メニューは、パンやスープ、サラダといったシンプルなもので、侑哉が普段食べてるものとそう変わらない。味はおいしくて、そう感想を言うと花子の母が嬉しそうに笑った。花子は父親に向かって話しかける。
「うーんと、とりあえずドライブしようか? ね、パパ」
「そうだね」
花子の母も賛成しており、この時点で既に多数決の結果は出ている。宿も借りて、旅程もお任せの侑哉は従うしかない。というか任せられるのは幸運なのだ。まさに、異世界に迷い混んだらすぐ可愛いヒロインに拾われ、至れり尽くせりな生活を最初から送ってるようなものだ。
侑哉は今朝はやく、母の美弥と友義には連絡をした。
母は涼介の受験が心配だが、長男の初海外旅行ももちろん気にかけている。なので、その行き先が信頼のおける人のところというのは、やはり安心らしい。友義はというと、シンガポールの旧正月は経験がないらしく、とりあえずなにか土産を、とのことだ。また古書店には合わないような変わった飾りを増やすつもりだろうか、と侑哉は心の中で苦笑した。
旧正月の飾りが翻る大通りを、車はスムーズに走っていく。
「あの、親と伯父が宜しくお伝えください、と」 侑哉は車の後部座席から、運転している花子の父親に言った。
「こちらこそ、花子が日本で大変お世話になって。ありがとう。旧正月期間で会社が休みなんだ。観光の案内ならできるから、いる間は楽しんでいったらいいよ」
花子の父から、きびきびとした返事が返ってくる。助手席の母親はうしろを見て侑哉に微笑んだ。
普通は、年頃の娘が異性の友人を連れてくるというのは、男親にとっては不穏なイベントで、ひと悶着起こるのではないかと侑哉は警戒していたのだが、そういう負の感情とは無縁の歓待だ。花子の父は、一人海外に残っている間、日本に帰した一人娘が高校を辞めたことに心を痛めていたのかもしれない。
しかしそんな娘にも、海外の自宅に呼べるほどの友人ができたのは、親として嬉しいのだろう。そう考えると、花子の家族にこうして甘えるのも自分のためだけではないのかもな、と侑哉は思う。
そして、隣に座る黒髪の花子もなかなかかわいく、侑哉はじっと観察した。服装も、ピンクの髪の時には見たことのない、ピンクのノースリーブワンピースだ。侑哉の健全な視線を感じ、花子は隣を見る。
「なあに? 」
「ううん、ピンクの服を初めて見たと思ってさ」
花子はおかしそうに笑う。
「さすがに日本で全身ピンクは悪目立ちしすぎちゃうもん」
他愛ない世間話をしながら、車はさらに通りを走る。
すると前方に、テレビなどでよく見るマーライオンが見えてきた。
「うわっ......」
上半身はライオン、下半身は魚をかたどった大きな白い像が口から勢いよく水を吐いている姿は、想像以上にかわいらしい、というのが侑哉の印象だ。
「夜はまたライトアップされるから、来てみようか」
花子の父親は、侑哉が喜んでいるのが嬉しいようだ。そのあと車はチャイナタウンに向かう。駐車場に車を止めて歩くと、屋台のような雑然とした通りに、干支のオブジェや、祭り用の飾りやお菓子が大量に売られている。
大通りも赤を中心とした飾りが多かったが、ここは特に店そのものが鮮やかに染まっているようだ。
「中華系の人が多いからね。パレードもあって賑やかだよ」
侑哉は花子たちとはぐれないようにしながらも、周囲の飾りに目を奪われる。
「デカいアメ横みたいですね......」
口をあんぐりと間抜けに開けながら歩いていたら、「侑哉!」と花子の声がした。
侑哉の隣にいたはずの花子がいない。花子は今、黒髪で、しかも小柄なので雑踏に紛れたのだ。
「侑哉」
今度は耳元で声がした。そして花子は侑哉の手を握る。そのままするっと人混みを抜ける花子に、侑哉は慌てて付いていった。花子の手は小さいが、力強い。これはタックルが強烈なのも納得だな、と侑哉は花子の握力がいくつかなどと想像し、そんなことを考える自分がおかしくなった。
握った手からは、安心感が伝わってくる。
「はなちゃん」
今度は侑哉が花子に聞いた。
「はぐれないようにしよう」
こくりと頷く気配がした。侑哉と違って英語をネイティブ並みに喋れる花子でも、雑踏に取り残されるのは不安だろう。侑哉は握った手に、少しばかり力を込める。
はぐれないように。守ってあげられるように。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる