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序章

序章:少年

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 一人の少年がいた。
 少年は生まれながらにして多くの不幸と戦っていた。
 両親は若くして死に、身寄りのない彼を引き取った孤児院は例にも漏れず貧乏だった。
 毎日の暮らしに余裕はなく、普通の子供が当たり前に受けられるような些細な楽しみなども我慢して生きてきた。

 学校には行けず、本を買うお金もない。
 他の子供が駆け回って遊んでいる間、孤児院の子は簡単な仕事をしながら小遣いを稼いでいた。

 しかし少年は諦めなかった。
 裕福な家庭の子供が伸び伸び暮らしている間にも、強く逞しく成長を続けていた。
 独学みようみまねで剣術を学び、名も知らぬ老人から社会常識と魔術の基礎を教わった。
 道場に忍び込んで稽古を受け、入門者でないことが露見して叩き出されたこともあった。
 最後には道場主も諦めて、少年が門下生に混じって剣を振る様子を見て見ぬ振りをするようになったほどだ。

 少年はやがて賢者になることを目指すようになる。
 賢者とは国が認めた資格の一つで、保有者には莫大な富と財産が与えられる。
 それは少年のような身寄りのない孤児が成り上がるための数少ない選択肢だった。
 もちろん道のりは険しいものとなる。
 賢者への登竜門とされる魔術学園への入学には、年に一度しか行われない入学試験に合格する必要がある。
 ただでさえ合格の倍率は100倍を超える上、少年のように専門の教育を受けているわけでもなく、しかも完全無償の奨学金を目指すとなると、ハードルはさらに高くなる。
 試験官は人を見て贔屓をしない。
 ゆえに少年の不遇は武器にはならなかった。
 だが同時にそれは、その資格に出自は関係ないということを意味していた。

 努力に努力、さらに2度の挑戦を重ねてようやく魔術学園への入学を叶えた少年はついに入学式の日を迎え、夢にまで見続けてきた憧れの学園の前で感動に打ちひしがれていた。

「ここが魔術学院か! やっぱりでっけーなー」

 この学園への入学が決まった瞬間に「夢が叶った」と勘違いする人も多いが、それは違う。むしろ真逆と言っても良い。
 この学編への入学は確かに入学前の時点では最初にして最大の試練だが、入学後してしまえばありきたりな、そしてすでに終わった試練の一つに過ぎないのだ。
 大事なことは常に未来にある。過去に囚われる者は、この学園では早々に置いていかれてしまうだろう。

 少年は、己の中で不安と期待が膨れ上がるのを感じながら、一歩踏み出して魔術学院の敷居を跨いだのだった。
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